祈りの日々
穏やかだった
朝の光はどの国でも変わらない
森に面した部屋に、柔らかな春の朝日が差し込んでくる
鳥の鳴き声と、早起きな使用人達が働く声、朝食の香りが漂ってくる
この国に売られてきて、もう7日が経つがエリュシオンは一度も訪ねてこなかった
毎日ヴィヴィアンが来ては甲斐甲斐しく世話をしてくれる
ヴィヴィアンは奴隷として売られてきたこの立場を知っているのかいないのか、少しも卑下したところはなく、心の底から親切に接してくれる
出される食事も豪華で、与えられた服も高価な物のようだ
それが、不思議だった
これでは客人扱いだ
とても金で買った奴隷にする対応ではない
意味がわからないが、ありがたいのは確かだった
「おはようございます、お食事をお持ちいたしましたよ」
今朝もヴィヴィアンが訪れる
「今朝は米の粥というものを用意いたしました。お国ではこういったものを召し上がっていらしたのではありませんか?」
ワゴンの上には、白く艶やかな粥と塩漬けにした野菜らしきものが乗せられている
確かに、祖国では米を主食とし、体調の優れないときなどに粥を食べる
しかし、手をつけることはせずにいつものように窓辺の椅子に腰をおろす
「一口でも召し上がっていただけませんか」
ヴィヴィアンの声はひどく切羽詰まった感じがする
視線をやれば、心底心配そうな瞳が向けられていた
小さく首を振って、視線を窓の外にやる
「お願いいたします、何か召し上がってくださいませ」
彼女の心配も当然かもしれない
おそらく、エリュシオンから身の回りの世話を任されている彼女には健康管理も仕事のうちだ
しかし、ここに来てから僅かな果物と水しか口にしていない
そして、一言も口をきいていない
全ては弔いの儀式のため
亡くなった親族を偲び、食を絶って口を閉ざす
ひたすらに死者への祈りを捧げるのだ
口を聞かないのは、悲惨な経験の為と勝手に解釈されたらしいが、食事の方はそうもいかない
毎日毎食、手を変え品を変え、なんとか食べられるものを探してくれる
その様はけして押し付けがましいものでもなく、心のそこから労りの情が感じられる
いっそ全てを説明してしまおうかと思うが、それもできない
ヴィヴィアンは肩を落として部屋を出ていった
彼女以外にこの部屋を訪れるものはいない
おかげで存分に祈りを捧げることができる
今、自分に出来ることはそれだけだから
突然、ドアが勢いよく開けられた
ヴィヴィアンはいつもノックのあとにそっと入ってくるのだから、別の人間が訪れたとすぐに理解した
そして、それが誰であるかも
「一体どういうつもりだ」
エリュシオンの声には、強い怒気がはらんでいた
足早にテーブルに近寄ると、手をつけた様子のない食事に眉を寄せる
「口に合わないのなら、食べられるものを言え。この城には様々な国から人が集まっている、ある程度のものは用意できる」
エリュシオンの後に、ヴィヴィアンがおろおろと成り行きを見守っているのがみえた
どうやら彼女が報告し、ここにいることを思い出したのだろう
大金を出して買った奴隷娘が、餓死しては大損だ
鼻白んで、視線をまた窓の外にうつす
近付いてくるのがわかったが、動かなかった
肩を掴まれ殴られるのを覚悟して目を閉じたが、予想もしない感覚に思わず目を開けた
唇に感じる柔らかな感触、近すぎる人の体温
驚いて開いた口に、スープが流し込まれた
首の後を押さえつけられ、飲み込むまで離してはくれない
仕方なく飲み下すと、ようやく唇が離され、間近に新緑の瞳が見えた
乾いた音が響き、右の掌に痛みが走る
思わず、エリュシオンの頬を打っていた
「エリュシオン様…いくらなんでもそれは…」
ヴィヴィアンの控え目な抗議の声に、エリュシオンはばつが悪そうに打たれた頬を撫でる
「とにかく、何か食え」
エリュシオンはそう言って部屋を出ていってしまった
「エリュシオン様なりにご心配されていらっしゃるのです。ああ見えてとてもお優しい方ですから」
ヴィヴィアンは困ったように笑いながら、出ていった君主の背中を見やる
「さあ、あなた様も少しだけでもお応えくださいませ」
そう言われても、出来ない事情もある
また祈りを捧げるために窓辺へ移るも、なんだか心が乱れたままだった
あと3日、それで弔いは終わる




