生きる理由
どれ程時間が経っただろうか、ようやくドアが開いた
しかし、エリュシオンが戻って来たのではなかった
入って来たのは色々な物を乗せたワゴンを押した若い女だった
この国でよく見かけた赤みかかった薄茶色の髪を綺麗にまとめ、黒い服に白いエプロンを着けた使用人らしい
「はじめまして、私ヴィヴィアンと申します。あなた様のお世話を申しつかりました、何でもご用をお申し付けくださいね」
専用のメイドをつけられたらしいが、この待遇に困惑するしかなかった
あのエリュシオンという青年は、一体なにを考えているのだろうか
「とりあえず、お体をお清めしましょう」
逆らう意味もないので、メイドに従って体を清めることにした
驚いたことに部屋には専用の湯殿までついており、たっぷりとしたお湯は温泉だった
花の香りのする石鹸は祖国では贅沢品で、祭りの夜に身を清める時位しか使えなかった
ゆっくりと湯に浸かり、柔らかなタオルに身を包むと、今までのことが夢だったのではないかと錯覚しそうになる
しかし、身体に残る枷の跡は現実を思い出させた
自分の置かれている立場も、同時に思いだす
ここには売られてきたのだ、この先自由などありえない
それでも、今はまだ生きる
自ら命を断つことはいつでもできる
実際、一緒に奴隷となった女達で、旅の途中で自ら命を断った者も少なくはない
生きて辱しめを受けるくらいなら、死を選ぶ
その気持ちはよくわかるし、すぐにでもそうしたいきもちもある
しかし、生きて、するべきことがある
少女は巫女だった
失った家は、代々神に仕える神官の家系だった
神官とはいえ、実際は医術の方が専門であり、祭事以外にその役目を負うことはない
祖国では神の存在よりも、現実的な医術の方が尊ばれていたのだ
それでも、人が亡くなれば祈りを捧げて弔うのも大切な役目だと教えられてきた
国を失って、家族も全て失った
弔えるのは、もう自分しかいない
弔いが済むまではこの命を捨てないと、誓ったのだ
「あと10日、最後の儀式までは死ねない」
鏡に写る暗い瞳に向かって呟いた




