謎の階段を下りたら――
古代の大国、フェルバーンの王宮。
宴席の場は布を巻きつけたような服に金や宝石を飾り付けた貴族たちでごった返していた。
真ん中の人がいない場所には折りたたみではあるが、丁寧な装飾の施された椅子がある。
そこで、取っ手の長いフライパンに弦が張られているかのような金属の楽器を寧々子は奏でていた。
「ほう。なかなかの音色だな。
宮廷楽師にでも習ったのか。それとも旅の吟遊詩人にでも――」
とソファに横たわる金の巻き毛の麗しい王様のような人に言われる。
寧々子は深々と頭を下げ、言った。
「いえ、動画サイトで胡弓を少し」
一芸は大事だな、と寧々子は思う。
そうであるか、と言った王は、ふと思いついたように、
「お前との間に子どもなどいたかな」
と訊いてきた。
「……おりません」
「そうか。
側女が多すぎてわからなくてな」
「私も異世界に来たばかりなので、今、どういう状況なのか、さっぱりわからず……」
「そうか。
後宮に来たばかりか。
誰か。
この娘に部屋を用意してやれ」
周りに控えていた着飾った女たちや使用人たちがざわめいた。
「あの娘っ、入ったばかりでもう部屋を与えられるとはっ」
「見た目は確かに美しいが、小国の姫のくせに生意気なっ」
いや、ほんとは小国の姫ですらないんですけどね。
謎の階段を下りたら、異世界に出てしまっただけのその辺の女子高生なので、と思いながら、寧々子は自分に向けられた罵りの言葉を聞いていた。
まったく現実感がないので、なにを言われても平気だった。
高校の美術の時間。
「今日は外でスケッチだって」
「わあい。お菓子隠し持ってこうよ」
と友だちと話したのは覚えている。
絵はちゃっちゃと描き終わったので、友だちと浜を探検していたら、古い小屋とかあって。
なんかそこにあったのだ。
こう、どうやって立っているのかわからない支えの少ない白い螺旋階段が。
まるで天国に昇るがごとく――
いや、せいぜい十三段くらいしかないんだが。
階段は、ふつりと中空で終わっている。
夕暮れの空に向かい伸びたそれを不審に思い、
「ねえ、これ、なんだと思う?」
と振り向き言ったが、みんな波打ち際で、きゃっきゃと遊んでいて、こちらを見ていなかった。
――登ったら倒れるかな。
寧々子はそっと足をかけてみた。
大丈夫なようだ。
どういう構造なんだ、これ、と思いながら、階段を上がっていく。
すると、途中から自然に階段は下っていた。
最初の階段と交差するように、もうひとつの階段があったようだ。
さっき登ってきた階段の方は透けて見えていて、足を進めるのに邪魔にならない。
気がついたら、砂浜に下りていた。
だが、浜に友人たちの姿はなく、砂浜の色も形も違っていた。
普通の砂だったはずなのに、真っ白な砂になっていて、左端にさっきまでなかった半島のようなものが見える。
あと、決定的に違うのは、海に帆船が浮かんでいることだ。
あんな船いたっけ? と寧々子が思ったとき、何処からともなく、小汚いマントを頭から被った女が駆けてきた。
寧々子の細い腕をつかむと、ガチンッとなにかをはめる。
細かい細工のしてある木の腕輪だった。
「はまったっ」
とその女は甲高い声で言い、走り去る。
こちらに向かい、まだ走ってこようとしていた太った女に向かい、
「あの腕輪がはまる女がいたわっ、逃げるわよっ」
と叫ぶ。
ええっ? と言いながら、太った女は慌ててマントの女についていった。
……なにこれ。
すごい細い腕輪。
よく磨き込まれているのか、つるつるしてて痛くはないけど、ぴったりすぎるくらいぴったり。
「いたぞっ、あそこにっ。腕輪の姫がっ」
――は?
革の鎧を着た兵士のような者たちがわらわらやってくると、
「姫っ、失礼っ」
ガシッと寧々子の両腕を両サイドからつかんだ。
「えっ? なになになにっ?」
「ジル様っ」
「宰相様っ」
ジルと呼ばれた、一人だけ白銀色のマントを羽織っている、長身、銀髪のその男は黙って、寧々子の腕にはまった木の腕輪を見ていたが、
「まあ、これでよいか」
と呟いた。
「あの娘も別に逃げずともよかったのに」
ジルは振り返り、みなに言う。
「シャターンの姫が見つかった。
王宮に戻るぞ」
――ええっ?
どう見ても姫じゃないですけどっ?
寧々子はそのまま王宮に連れていかれ、湯浴みさせられ、着替えさせられて、今、ここにいる。
「なにかやってみよ」
と美々しい王様に言われたので、YouTub◯見ながら練習した胡弓の腕をいかし、それっぽい楽器を弾いてみたのだ。
ちなみに逃げ出したのは、シャターンという小国の姫、セゼリアだったらしい。
「後宮に入れられたのが嫌だったらしく、変装して逃げたのだ。
国に男でもいたのかもしれんな。
まあ、私以外、誰も姫の顔は見ていないから、お前でいいだろう」
アバウトすぎるっ。
ほんとうにいいのだろうか、と思っていたが、なんとかなったようだ。
廊下を歩きながら、ジルが言う。
「これでお前の役目は終わりだ。
王への目通りはかなった。
あとは後宮で菓子でも食って暮らせ」
「それでいいのですか?」
チラとジルは自分を見下ろし言う。
「この後宮には女たちがたくさんいる。
すみっこで、じっとしてれば大丈夫だ。
まあ、疲れただろうから、今日は美味い料理でも届けてやろう。
それにしても、部屋を賜るとはな。
よほどお前の奏でる曲が気に入ったのだろう」
「ビックリですよね~」
と語り合う二人には、寧々子を王が気に入った、という発想はなかった。
「でも、私にお姫様の真似なんてできますかね?」
「大丈夫だ。
誰もいちいち見てない」
とジルは寧々子の不安をサラッと流した。




