第8話「高級宿屋シジュへようこそ!……え、高すぎ?」
「ここが……シジュ……」
フェリオさんに教えてもらった通りに歩いてきた私の目の前に、それはあった。
でかい。
とにかくでかい。
テンパレスの他の建物が三階建てくらいなのに対して、シジュは優に五階はある。外壁は白い石で造られていて、入り口のアーチには金の装飾が施されている。扉の前には制服をびしっと着た見張りが二人立っていて、その佇まいが「庶民、お断り」とでも言いたそうだった。
「……高い宿屋って聞いてたけど、これは……」
思わず足が止まった。
いや、でも。今日泊まれなかったら本当に野宿だ。魔物に食べられるか凍死か。選択肢はここしかない。
「よし……!」
頬を叩いて気合いを入れる。気合いを入れすぎないように気をつけながら。さっきギルドで学んだ。
「……失礼します」
見張りに会釈して中に入ると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
ロビーは広くて、床には深紅の絨毯が敷かれている。天井から下がるシャンデリアは魔法なのか何なのか、炎ではない淡い光を放っていた。カウンターには金色の髪を丁寧にまとめた女性が、品のある笑顔でこちらを見ている。
「……テンプレ……!高級宿屋のテンプレ……!」
「いらっしゃいませ、お客様。ご宿泊でしょうか?」
「あ、はい!一泊お願いしたいんですけど……」
「かしこまりました。一泊でしたら銀貨三十枚になります」
「……………え?」
「銀貨三十枚でございます」
私はそっとティックお婆ちゃんから受け取った金貨を見た。
ティックお婆ちゃんに制服の買い取りをしてもらったとき、「制服の素材が珍しいから」という理由でかなり奮発してもらった。でも金貨一枚の価値が銀貨何枚分なのかを、私は全然知らない。
「……あの、すみません。金貨一枚って銀貨何枚分になりますか?」
「金貨一枚は銀貨百枚分でございますよ」
「……! じゃあ余裕で……!」
「ただしこちら、素泊まりのお値段でして。夕食・朝食付きですと銀貨五十枚になります」
「……夕食付きでお願いします」
財布代わりに使っている布の袋を取り出しながら、私は心の中で「まあ贅沢は最初だけ!」と言い聞かせた。明日からは安宿を探すんだ。
「ありがとうございます。お部屋はこちらになります」
案内された部屋は三階にあった。扉を開けた瞬間、思わず声が漏れた。
「……すごい」
大きなベッド。ふかふかそうな枕。クローゼット。ちゃんとした洗面台まである。窓からはテンパレスの夜景が見えて、石畳の通りに点々と灯る街明かりがとても綺麗だった。
「本当に異世界に来たんだなぁ……」
ベッドに倒れ込む。フカフカどころか、今まで生きてきた中で一番柔らかいかもしれない。
「あー……疲れた……」
転移して、森を抜けて、街に着いて、服を売って、ギルドカードを作って、宿を三件断られて……。
一日でこんなに色々あったのか。
目を閉じる前に、今日出会った人たちの顔を思い浮かべた。犬耳のハイルさん、ティックお婆ちゃん、受付のお姉さん、金髪のカイト……。
「明日は……初めての依頼、かな」
冒険者ギルドカードはある。お金も少しある。
あとは一歩踏み出すだけだ。
「……よし、寝よう」
こうして転移一日目の夜は、高級宿屋のふかふかベッドの上で静かに幕を閉じた。




