第六話☆鉄男、冷や汗をかく
第六話 ☆ 鉄男、冷や汗をかく
田中金属加工店の夕方は、まだ熱を持っていた。
鉄男は工房の隅で、銀粘土の道具を片づけながら、何度もあの指輪のことを思い出していた。
磁石にくっついた偽物の指輪。
銀そっくりに見せかけた、あの贋作。
「……まさか」
鉄男の手が止まる。
金属加工店なら、銀に似せた指輪くらい作れるんじゃないか。
そう思ったとたん、背中にいやな汗がにじんだ。
「うちみたいな工房に、誰かが作らせた……なんてこと、ないよな」
鉄男は立ち上がると、作業台の向こうで帳面をつけている父親に声をかけた。
「おやじ」
「なんだ」
「取引先の記録、見せて」
父親は顔を上げた。
「はあ?」
「いいから。最近、どこからどんな注文が来たか見せてくれよ」
父親は眉をひそめた。
「急にどうした」
鉄男は少しためらったが、思いきって言った。
「この前の銀の指輪の事件だよ。ああいう偽物、金属加工店なら作れそうだろ。もし、うちに変な注文が来てたら……」
そこまで言うと、父親の顔色が変わった。
「鉄男」
低い声だった。
「うちは、人をだます仕事はしねえ」
鉄男はぎくっとした。
「わ、わかってるよ! でも、もし知らないうちに――」
「知らないうちも何もあるか」
と父親は立ち上がった。
「うちで受けた仕事は、ちゃんと帳面に残してある。見たきゃ見ろ」
父親は棚から分厚い帳面を出して、どん、と作業台の上に置いた。
鉄男は急いでページをめくった。
金具。看板の部品。時計台の修理用の小さなねじ。学校の備品。農具の留め具。
指輪の注文なんて、どこにもない。
そのときだった。
工房の戸が開いて、ひとりの男が入ってきた。
「こんばんは。田中金属加工店はこちらですね」
向井誠巡査だった。
鉄男は思わずびくっとした。
「向井巡査……!」
父親が会釈する。
「どうも。何かありましたか」
「少し、おたずねしたいことがありまして」
と向井巡査は言った。
「先日の銀製品盗難事件の件です。念のため、このあたりの金属加工店にも確認しているところでして」
鉄男の顔から、さっと血の気が引いた。
やっぱり来た。
疑われてるんだ。
向井巡査は鉄男の顔を見て、少しやわらかい声になった。
「そう身構えないでください。確認です」
父親は作業台の帳面を軽くたたいた。
「ちょうど今、せがれにも見せていたところです。うちの取引先の記録です」
向井巡査は帳面を見せてもらい、静かに目を通した。
「指輪や装飾品の注文は……ありませんね」
「うちは細かい金具仕事はやるが、指輪みたいなものを店売り用に量産したりはしません」
と父親。
「それに、銀の贋作なんて、まっぴらごめんです」
鉄男はほっとしたような、でもまだ胸の奥がざわざわするような気持ちで帳面を見つめていた。
向井巡査が、ふと作業台の上の小さな銀のバッジに目を留めた。
「これは」
「銀粘土で作った探偵団のバッジだよ」
と鉄男が言った。
「焼くとちゃんと銀になる」
向井巡査はうなずいた。
「なるほど。では、あの事件の偽物とは、だいぶ違うわけですね」
鉄男ははっと顔を上げた。
「そうだよ」
向井巡査が見る。
鉄男は、今度は自分の言葉がはっきりしているのを感じた。
「あの指輪は、見た目だけ銀っぽくしてあった。でも、磁石にくっついた。銀じゃない。たぶんニッケルか、別の合金だ」
「ええ」
「それに、作りが雑なんだ」
と鉄男は続けた。
「ほんとに銀細工をやってるやつなら、あんなごまかしかたしない。もっと重さも、色も、ちゃんと似せるはずだ」
父親が腕を組んで、うむ、と小さくうなずいた。
鉄男は言葉をつないだ。
「だから、たぶん本職じゃない。店の事情を知ってるやつと、半端に金属細工のできるやつが組んだんだ」
向井巡査の目が少し鋭くなった。
「……元店員の女と、その共犯者、というわけですか」
「うん」
と鉄男。
「店の品の数は知ってた。でも、新しく入った品のことまでは知らなかった。だから数が合わなくなった」
向井巡査はしばらく黙っていたが、やがてふっと息をついた。
「なるほど。君の見立ては筋が通っていますね」
鉄男は目を見開いた。
「ほんとに?」
「ええ」
と向井巡査は言った。
「私たちも、店の事情を知る者の関与を疑っていました。ただ、贋作を作った人間については、まだはっきりしていなかった。今の話は参考になります」
鉄男の胸のつかえが、少しずつ下りていく。
父親が、口の端をわずかに上げた。
「どうだ、鉄男。うちは人をだます仕事はしねえだろう」
鉄男は耳まで赤くなった。
「……うん」
「心配したんなら、最初からそう言え」
「だって、もしほんとにそうだったらって思ったら……」
父親は鉄男の頭をぐしゃっとなでた。
「ばかだな。うちの看板、そんなに軽くねえよ」
向井巡査が少し笑った。
「いい工房ですね」
鉄男は、作業台の上の銀のバッジを見た。
小さな星が、夕方の光の中でかすかに光っている。
冷や汗はかいた。けれど、そのぶん、わかったこともあった。
金属のこと。
家の仕事のこと。
そして、自分が何を信じたいのかということ。
「向井巡査」
と鉄男は言った。
「犯人、見つかるよな」
「ええ」
と向井誠巡査は答えた。
「君たちが見つけた手がかりも、ちゃんと役に立っています」
鉄男は胸を張った。
「そりゃそうだ。暁少年探偵団だからな」
向井巡査が帰ったあと、父親はまた帳面を棚にしまった。
工房には、いつもの金属の匂いが戻ってきていた。
鉄男は小さく息をついた。
「……よかった」
「なんだ」
「なんでもない」
でもその声は、さっきまでより少しだけ晴れていた。




