表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵鏡花は今日も今日とて霊をみる  作者: 月本むう
case1 トイレの鏡花さん
1/25

『トイレの鏡花さん』①

車田市の通勤ラッシュはいつも億劫になる。岩山は渋滞できた長い列をぼんやりと眺めてそう思った。電柱に背中を預けた姿勢になりながらもその長い手足がスラリと伸びる。それだけでも彼は絵になっていた。まるで、ファッションモデルを思わせる岩山の姿に何人かの通行人は振り返る。

中には露骨に目配せしてくる人もいた。この様な事態も岩山から言わせれば日常茶飯事だった。そう言った手合いには適当に愛想笑いを振りあしらっていく。


いい加減待ち人がさっさと来てくれればいいものを。と岩山は愚痴を吐き出しそうになる。


岩山の職場は今彼自身の目の前にある。少し古びた雑居ビル。車田市駅周辺の開発エリアからギリギリ逃れた建物の二階。歩道側から見えるガラス張りの窓には探偵事務所とだけ書かれたウィンドウサインが覗いている。普通は○○探偵事務所とか名前を付けるものだが、彼の雇用主はそれをしなかったようだ。一度、その事に関して聞いてみたこともあったが返答は「え?あー。岩山君、私のような名探偵に名前を売る行為など不要さ。事件が自らやってくるのだからね」などと得意げな顔をしていた事を思い出す。確かに事件は暇を持て余さない程度にくるが、それは名探偵様の望んでいるものとはいささか趣向が異なっているのは明白だ。


岩山は、ふと自身の腕時計を見やる。時刻は午前の七時三十分を指していた。普段なら事務所は空いているが当の名探偵様が遅れているのでこうして時間を弄んでいた。


「やあ、岩山君。今日も早いねぇ。そんなに私の顔がみたかったの?」


声をする方へと視線をやる。そこには、なんともだらしない格好をした雇用主であり名探偵様である鏡花の姿があった。上下はオーバーサイズの黒いスウェット。よくわからないキャラクタが描かれた無駄にゴチャついているサンダル。手にはコンビニ袋をぶら下げている。一見すると非行少女にしか見えない。美しいブロンド色の髪も寝ぐせで台無しだった。


「違います。出勤時間なのに上司が遅刻して職場が閉まっていたらどうしようもないので」


「はぁ。朝から冷たいなー。君と違って私は働き者だよ?もっとこう爽やかに振舞えないかな?」


「鏡花さんじゃなかったらそれなりの対応してますよ」


「なにそれ。はい、さべつー」


「違います。区別です」


「それ、へりくつ。はい、ツーアウトー」


他愛のないやり取りをしながら二人は雑居ビルの階段を上っていく。見慣れた事務所の扉が顔を覗かせた。扉には悪徳勧誘セールお断りなどといったシールが満遍なく貼られている。それと同じ数の「心霊依頼お断り」のシールも貼られていた。扉にある郵便受けに詰まった広告類をみてどちらも効果はなさそうだと、岩山は苦笑した。


鏡花が事務所の扉を開けた。過剰に取り付けられたドアベルがジャラジャラと音を鳴らす。後に続いて岩山は少し屈んで扉をくぐる。そうしないと頭をぶつけてしまうからだった。


「背が高いってのも不便だねぇ」


振り向きもせず鏡花が背中越しに話しかけてきた。


「まぁ鏡花さんは小さいですからね」


「―――は?」


自称美少女と名乗る人から出るとは思えない低い声と共に岩山は睨まれた。一見すると非行少女にメンチを切られたような気もしておかしくなり岩山は鼻で笑った。


「岩山君。今日は意地悪だね」


「え?そんなことないですよ」


急にしおらしくなった鏡花をみて岩山もつい声のトーンが下がる。


事務所の空気も元々殺風景なせいか冷たくなった気がした。部屋の中央には木製のローテーブルがあり、それを挟むようにしてソファが二つ設置してある。窓際に無駄に高級なデスクと革張りのチェア。当然、あそこは鏡花専用の神聖領域。岩山は机より向こうには立入禁止を厳命されていた。そういった意味では事務所内で岩山が立ち入りを禁止されている箇所が多い。


扉を入ってすぐの左隣には出っ張ったスペースがあるのだがカーテンで仕切られている。


人が一人。しかも、少女が一人入れるスペースの高さしかない。岩山が入ろうとするなら背骨を真二つにして折りたたむしかなさそうだ。


当然ここも鏡花専用のスペースになっている。暇なときよくここに入って本を読んでいるのを岩山も知っているからだ。


「よくこんなとこに入れるよな」


「なに、文句あんの?」


つい零した愚痴は鏡花に聞かれてしまい、大きな背中を丸めて「なんでもないです」と岩山は平謝りをした。


そんな彼に許されているスペース。部屋の中央にある二つのソファ。それから専用のデスクのみだ。ソファの裏はパーテーションが設置されており、二つのこじんまりとしたデスクが向かい合わせになっている。室内の壁とパーテーションに挟まれて一人分のスペースが辛うじてある狭さ。そこが岩山のデスクだ。対面。つまり窓側を背にしているデスクは事務員の「ちょうちょさん」専用となっている。


「よっこいしょ」


おじさんみたいな事をいいながらスウェットの袖をまくった鏡花が「ちょうちょさん」の席に座りデスクに置いてあるパソコンを起動させた。異様な光景に岩山は直立したまま鏡花を見つめる。軽快なキーボードの打鍵音が事務所に響いた。


「突っ立ってないで仕事してくんなーい」


「え、いやその机」


「みりゃーわかるじゃん。ちょうちょは今日休みなの」


「みてもわからないですよ。というか、鏡花さんパソコン出来たんですね」


「岩山君って私の事絶対なめてるよね?もう今日スリーアウトね。昼は岩山君のおごりだから」


今日は機嫌がやはり悪いと思いながら岩山も席に着いた。彼の背丈から考えるとデスクは少し低い。背中を丸めながらノートパソコンを起動させた。


「何してるんですか?」


「だから事務処理。なに。岩山君がやってくれるの?」


「やり方教えてくださいよ」


「あーこれだから最近の若者は。大体なんで普段から、ちょうちょに教えてもらってないの?」


「いや、それ無理ですよ。だって、ちょうちょさん―――」


言い訳じみた言葉を吐き出そうとした時、事務所のドアベルがまたジャラジャラと音を立てた。この間からやけに音に敏感になった気がする。


岩山は反射的にそちらを見やる。


「すいません」


扉の端から小さな頭がひょこりと覗いた。


「岩山君。対応して」


「はいはい」


「はい。は一回」


美少女おじさんの指摘を無視して岩山は扉へと向かった。そこには、学生と思しき少女が一人。挙動不審に目を泳がせ困惑した表情を浮かべていた。


彼女の緊張をほぐそうと岩山はなるべく落ち着いた声で言った。


「うちは探偵事務所だけど何かあった?それとも、間違えちゃったのかな?」


岩山は膝を折り、少女と目線を合わせた。見た目だけで言えば今もパソコンの前で険しい顔をしている雇用主の自称美少女名探偵おじさんと同じくらいだ。服装もどこかの学校の制服を纏っていることから学生に相違ないだろう。岩山は一瞬、鏡花の学生服姿を想像したが直ぐに頭を振り目の前の少女へと視線を戻した。


「あ、あの。私、夜中って言います。あの依頼にきまして」


夜中と名乗った目の前の少女が頬を赤く染めてモジモジと体をくねらせる。「そうなんだ。せっかくだから入って」と岩山は夜中の手を引き事務所内へ招き入れた。彼女の手はやけに汗ばんでいる。握りしめられた小さな手から熱が困るのを感じた。きっと、緊張しているのだろう。岩山はそう思い夜中を来客用のソファに座らせた。岩山はテーブルを挟みパーテーションがある側のソファに座る。


「今日はどうしたの?」


「えっと。その、あの」


夜中と目線があった。直ぐに彼女は俯いてしまう。膝の上では両手の拳を握りしめたままだった。何か言いにくい事柄なのだろうか。雰囲気から霊がらみの話でもなさそうだ。と岩山は顎先に手をやり思案する。家庭の複雑な事情とか学校での案件だろうか。


「大丈夫だよ。話してごらん」


「えっ」


岩山は出来る限り温和な笑みを浮かべた。それに対して夜中は、ばっと顔をあげ目を見開き口元を微かに震わせたかと思うとすぐに俯いてしまう。


どうしたものかと岩山は腕を組む。とりあえず、飲み物でも出してみるかとソファから立ち上がった瞬間、猛々しくキーボードを叩く音が鳴った。


何事かと岩山が振り返ると眉間にしわを寄せ苦い顔をした鏡花がいた。


「あーのーさー」


「えーっと鏡花さん?」


「岩山君って天然性のすけこましかなんか?」


「すけこ?え?」


「あーもういいよ。私が聞くから」


ソファに腰を落とした鏡花から物凄い眼つきで睨まれる。彼女は空いているソファのスペースを片手で二度叩いた。意図を察した岩山は鏡花の隣に借りてきた猫のように座った。


「ごめんね。夜中明美さん。だよね?」


「えと。はい、そうです」


「うちの助手あんま使えないから。びっくりしたよね」


「あ、あのはい。それで依頼の件なのですが」


聞き手が鏡花に変わったからか夜中の口調はやや軽やかになる。何が悪かったのか分からず岩山は思わず口を尖らせて二人の話を黙って聞く。使えないからびっくりした部分は否定して欲しかった。そもそも、なぜ鏡花は夜中のフルネームを知っているのだろうか?岩山は頭を捻るも答えは出てこなかった。


「あー。そっちの方が聞きたいかな」


「わ、わかりました。その最近誰かに視られている気がして。気のせいかと思ったんですけど何故か私物がなくなってたり」


「ふーん。失くしただけじゃなくて?」


「ち、違います。さ、最初はそう思っていましたけど。その、学校でしか無くならないんです。それも、生徒会室で」


「へぇ。夜中さんが虐められてるだけじゃなーい?」


「そ、そんな事ないと思います」


目に見えて落ち込む表情をして夜中は目を伏せ黙り込んでしまう。鏡花は足を組みソファに肘をついたまま夜中の言葉を待っているようだった。流石に見ていられない。と岩山は口をだすことにした。


「鏡花さん。そんな事言って夜中ちゃんが可哀そうじゃないですか」


「えぇ、なに急に」


「大体、座り方も失礼じゃないですか。だらしないですよ」


「うわぁ。めんどうくさいなぁ岩山君。今、私と夜中さん見比べて言ったよね?そっちの方が失礼じゃない?私、相対評価って嫌いなんだけど」


「鏡花さん単体でみてもだらしないですよ」


「なにそれ。私の格好みて非行少女だとか思ってるの?」


「え?」


「え?」


真紅の瞳が点滅するのが見て取れた。動揺なのか高速で瞬きを繰り返す鏡花を岩山は黙って見つめる。


「えっと、その」


「あ、あぁ。岩山君ってほんと酷いよね。もしかして、私の服装とか発言で心の中では美少女を自称する仕草はおじさんとか思っているわけ?」


「え?」


「―――え?」


数秒間。岩山は時が止まった気がした。飲み込んだ唾が喉を鳴らす。軽蔑するかのような鏡花の視線に耐え切れず、目を逸らして鼻の頭を指先でかいた。


気まずい空気が事務所内に立ち込める。隣から聞こえる殺意の籠った舌打ちの連打に岩山は長身の体を丸めた。


「あ、あの―――」


夜中がおずおずと手をあげた。岩山にとってはまさに助け船ともいえる。


「い、依頼を」


「あぁ。岩山君はとりあえず減給として。物がなくなる事情の方はわかったけど。それをどうしたいの?」


「そ、それも解決したいです」


目を泳がせながら夜中は小声で呟いた。


「ふーん。ところでゴリ村って本当にまだいるの?」


「えーっと。つ、月村先生の事ですよね?」


「あぁ。やっぱりいるんだねぇ。わかったわかった。後は、この名探偵鏡花様に任せておきたまえよ」


立ち上がった鏡花は小さい体でエッヘンと胸をはった。ソファに座っている岩山は改めて同じ目線の高さになった鏡花を見て小さいなと思った。


「あの。え、えっと、ありがとうございます」


夜中はもじもじと立ちあがると一礼し事務所を後にした。扉が閉まる直前「お金は解決した後でいいよー」と鏡花は付け加えていた。


「はー。早速、今日から張り込むかぁ」


「鏡花さん、ちょっとまってくださいよ」


欠伸をしながら読書スペースに潜り込もうとする鏡花を岩山は呼び止めた。「なにぃ?」と鏡花は心底嫌そうな顔をした。


「あの。今の夜中ちゃんの話。全然、中身伝わってこなかったですけど。俺にも説明してください」


岩山には確かに夜中が困っている風にはみえたが、何にどう困っているのか全く分からなかった。にもかかわらず鏡花は分かったような口ぶりで会話を進めていた。岩山の中ではいまいち「依頼内容」を整理できていなかった。


「岩山君ってうちで何社目だっけ?」


「ろ、六社目ですけど」


今それを聞くのかと岩山は唇を噛んだ。大学卒業後、それなりの企業に就職したものの特異体質の影響もあり会社に馴染めず半年たたず退職。会社を転々とし行きついたのがこの探偵事務所だった。


「岩山君って仕事できない人?」


「な、なんでそんな事聞くんですか?」


「夜中さんからの依頼もメールできてたじゃん」


既にカーテンに手をかけている鏡花にジト目で見つめられ、岩山は誤魔化すように「えーと」と古びた天井を見上げ鼻の頭をかく。


「はぁ。まぁいいけど。さっき、ちょうちょがまとめた資料をもっかい君に送っといたから昼までに見ておいて。あ、昼は蕎麦がいいな。出前で頼んどいて。いつものやつ。じゃ」


勢いよくカーテンが閉められる。この状態の鏡花には話しかける事すら許されない。一度カーテン越しに話しかけた事があるが、親の仇が如く怒り狂った鏡花に一週間は無視をされた事を思い出す。


「はぁ。メール確認するか」


岩山は体を丸めてノートパソコンと向き合う。

受信ボックスには未読メールが二百件ほどあった。決して、岩山が仕事を疎かにしているわけではない。一晩で毎日この量のメールが送られてくる。

その中のほぼ九割が悪戯や信ぴょう性のないオカルト的な依頼メール。

全てを真面目に見ていたらメール処理だけで一日が終わってしまう。

とはいえ、その一割のまともなメールを見落としたのは明確な自身のミスだと言い聞かせる。送り主が「ちょうちょ」になっている最新メールを開き、添付された資料に目を通すことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ