LINEビデオ通話
同期とのグループLINEに想いを入力して送信した。
返信が届いた。
「莉子、大丈夫?」
「莉子、時間を決めてLINEビデオ通話で話そう。」
「そうしよう。」
「ありがとう。」
「莉子、今は辛いだろうけど、仕事があるんだよ。」
「うん。分かってる。仕事中にごめんね。」
「いいよ。」
「じゃ、時間、決めるからね。」
「今夜9時に!でいいかな?」
「オッケー!」
「皆、ほんとにありがとう。」
「じゃ、9時にね。」
莉子は両手で頬を挟むように叩いた。
⦅よし! 頑張ろう。頑張るんだ。⦆と言い聞かせて、席に戻った。
その日は莉子にとって幸いなことに上原北斗が総務部に来ることも会社内のどこかで偶然に出会うことも無かった。
莉子は安堵と、言葉にしてはいけない気持ちが少し……心の奥底から湧いて来た。
莉子は同期たちから話を聞きたくて、家路を急いだ。
帰宅すると、いつものように玄関で脱いだパンプスを揃えることなく、脱ぎっぱなしで上がっていた。
その事に気付くことなく莉子は小さなリビングで……暗いリビングで待っていた。
同期と約束したLINEビデオ通話の時間まで何も出来ずに待っていた。
待っている間、思い出したのは上原北斗の声だった、姿だった。
思い出して、心臓の鼓動が高鳴った。
また涙が流れた。
莉子にはどのくらい経ったのか分からなかった。
莉子はふと気付いて、ビデオ通話をするためにリビングの照明を点けた。
午後9時……時間がなかなか進まなくて、莉子の胸が苦しくなっていった。
莉子は慌てて頓服薬を飲んだ。
⦅大丈夫……お薬飲んだから……大丈夫……。⦆と自らに言い聞かせた。
午後9時……ノートパソコンを起動した。
LINEの画面でビデオ通話が開始されるのを待った。
全員が揃うのを莉子は待った。
一番最初に入った田島真麻が「莉子、皆揃ってからがいいよね。」と言ってくれたので、「うん。ごめんね。」と答えた莉子に真麻は「莉子、お願いだから謝らないで。お願いだから……。」と言った。
莉子は「ほんとに気を遣わせてごめんね。」と言うと、「ありがとう、が、いいな。」と真麻は言った。
莉子が「ありがとう。」と真麻に行った時、谷口陽菜が入って来た。
「遅れてごめん。」と陽菜が言った時、川村花怜が入って来た。
「ごめん。遅れちゃった……私が最後だったの?」
「うん。」
「うわぁ~っ、ごめんね。これでも早く終えたつもりだったんだけど……。」
「大丈夫、私も数秒前に入ったから!」
「み…んな……ありがと……ほんとに……ありがと。」
「莉子! 莉子、当たり前なんだからね。」
「そうよ。同期じゃない。」
「友達でしょう。」
「でも、私と違って、みんな……結婚してて、大変なのに……ほんとに、ほんと
ありがと………ありがと……ね。」
「莉子………。」
「………上原さんのことでしょ。」
「えっ? なんで分かるの?」
「莉子……ごめんね。上原さん、日本に帰って来て1年経ったの。」
「教えなくてゴメン。」
「1年……そうなんだ。」
「私達、皆で話すべきかどうか考えて、会うことが無いと思ったの。
だから、言う必要も無いと判断したの。」
「…………………。」
「ごめん、莉子。」
「謝らないで……私でも同じことしたわ。きっと……。」
「莉子から仕事中にLINEが届いたんだもん。
上原さんに会ったとしか考えられなかった。」
「私は、今日知ったの。
上原さんが出向で莉子の勤めている会社に行ったこと。
今日、社内メッセージで……。
社内メッセージ、確認してなかったのよ。昨日……。」
「莉子、今日から上原さん、そっちに勤務でしょ。
ごめんね。伝えなくって……ごめんね。」
「真麻は仕方ないわよ。みぃちゃん、お熱が出たんだから……。」
「みぃちゃん、お熱出たの?」
「うん、そうなの。」
「今、大丈夫なの?」
「今、パパが看てくれてるから…………ありがと……莉子。」
「ごめんね。知ってて時間もあったのに何も話さなかったのは私だけなのよ。
真麻はみぃちゃんの発熱で休んでいたし、陽菜は産休中で……。
私だけが話せたのに……会ったんでしょ。上原さんに……。」
「……うん、会った。というか、紹介された。」
「なんで? なんで上原さん、出向したの?
誰か知ってる?」
「私だよね。ちょっと知ってるのは……。」
「花怜……。」
「ちょっとでも知ってたら教えてよ。」
「上原さん帰国してから新規開拓事業部に入ったのよ。」
「それは、莉子以外、知ってる。」
「うちって、大規模な公共工事ばかりでしょ。
ダムとか河川工事とか高速道路建設とか……。
上原さん、海外出張も大規模な土建。」
「うん、知ってる。」
「莉子………。」
「良く言ってたわ。砂漠の街で河川工事をして水が豊かな街にしたいって……。」
「そうだったのね。」
「河川工事だけじゃなくて川沿いに植樹して緑を増やしたいって……。」
「そうだったんだ。」
「ケニアへ行ったのよね。」
「うん。そうね。」
「夢が叶ったのよ。」
「莉子を捨てて夢を叶えた男よ。」
「最初から愛されてなかったの。それだけ……。」
「莉子………。」
「だって、ケニアで結婚したんだもんね。あっさり……。」
「……………。」
「でっ、なんで出向?
莉子が知りたいのは、そこだよね。」
「うん。」
「今、うちの会社、一般の顧客相手のお仕事を始めようとしてるのよ。」
「一般? 顧客?」
「それって、戸建住宅?」
「そう、戸建住宅建設事業を始める予定のよう。」
「それで、出向? 上原さんが?
上原さん、課長でしょう?」
「そだね。」
「平を行かせずに課長を行かせたの?」
「上原さんが手を挙げたみたい。」
「自分から? なんで?」
「上原さん、莉子の会社に行きたかったのかな?」
「えっ?」
「莉子に会いたかったのかな?」
「そんなはずない! ないから……。
第一、妻帯者なのに元カノに会いたいなんて……あり得ないでしょ。」
「もおっ! 真麻は!」
「真麻の頭の中は恋愛が大きく締めてるもんね。
若い頃から変わらないなぁ……。」
「済みませんね。恋愛脳で……。」
「ただ、ハッキリ分かるのは、全く分からない……ってこと。
何考えてるのかなぁ~。
頭のいい人の考えは分からないわ。
上原さんの頭は恋愛脳じゃないことだけは分かる。」
「うん、そう思う。」
「厳密に言えば、うちの会社ではエリートじゃないもんね。」
「そうだよね。」
「そうね……霞が関に多い東大、京大、大阪大卒がでないと、うちではエリートじ
ゃないもんね。」
「上原さんは、その三つの大学を出ていない。そうよね、莉子。」
「うん、奨学金で大学を卒業したって聞いたわ。
公立大学だけど、うちのエリートコースからは外れるのよね。」
「どこの大学?」
「大阪市立大学の工学部。」
「忘れてないのね。」
「………そうね。
大阪市立大学って、今はないの。」
「そうなの?」
「統合されたとか聞いた。」
「莉子……。まさか、上原さんの誕生日……。」
「3月22日。」
「覚えてるんだ。」
「うん、そうなの。」
「もう忘れて欲しいのに……また莉子の前に……。」
「………仕方ないわ。
……あのね……彼が出向した後のことなんだけど……。
その先は、何が待ってるの?」
「えっ?……何が……って。」
「その先の……うちの会社は? どうなるの?
吸収合併? されてしまうの?」
「……莉子、ごめんね。全く分からないの。」
「2年間、なの。2年間の出向だって言ってた。」
「上原さんは、2年間で莉子の会社の重要なことを知らないといけないの
か……。」
「莉子、莉子の気持ちとは全く別の気持ちだよ。上原さんは……。」
「……そだね。忘れ去られた女だもんね。」
「莉子………辛い時は何時でもLINEして。」
「うん。ありがと。」
莉子は同期と話しただけで少し楽になった。
上原北斗がケニアに行って結婚して、それが辛くて莉子は会社を辞めた。
連れて行って貰えなかった莉子。
ケニアで愛する女性と結婚出来た北斗。
鬱病になってから、今も抑うつ状態で通院している莉子。
愛する女性と結ばれて二人で日本に帰って来た北斗。
⦅違い過ぎる……。⦆と莉子は思った。
ケニアでの日本の企業が協力して建設したダムは一つあります。
ソンドゥ・ミリュ水力発電所(2008年3月運転開始)です。
日本の協力企業は下記の通りです。
土木→第一期 鴻池・ヴァィディカ・マリー&ロバ―JV
第二期 鴻池・大成JV
鉄鋼・鉄管→IHIコーポレーション
電気→三井・東芝コンソーシアム
送電→きんでんコーポレーション
コンサルタント→日本工営
資金リソース→ケニア電力会社
この水力発電所は、あくまでモデルです。
ケニアでのダム建設の実績がありましたので、モデルにしましたが、建設に際しての描写は今後も出て来ません。




