懐かしい声……姿……
莉子は顔を上げられないままだった。
声がした。
「総務部で経理を担当してる足立莉子さんと山下穂香さん。」
「よろしくお願いします。」
⦅はっ! いけない……。⦆
「……よろしく……お願いします。」⦅声……ちゃんと…出てた?⦆
「よろしくお願いします。」
「じゃあ、次に行こうか。」
「はい。」
声が莉子の頭の中に残った。
⦅変わってないわ……。後姿も声も……。
ううん。変わった。彼は妻帯者だもの。
……でも、なんで? なんで、出向?
なんで……うちの会社?⦆
「経理担当って……経理も担当ですよね。先輩。
………先輩、どうしました?
顔色が……大丈夫ですか?」
「えっ? そう……疲れかしら?
もう!……年を取ったのね。」
「何を言うんですか! まだ35歳じゃないですか。
無理……私がさせてしまったから……済みません。」
「そんなことないわ。さぁ、今日も頑張ろうね。」
「無理しないで下さいね。」
「ありがとう。」
莉子は今日は早く帰って友達に電話をしようと決めた。
前の会社の同期に電話しようと思った。
仕事をしていたら声が……懐かしくて辛い過去を引き出す声がした。
「済みません。足立さん。」
⦅えっ? 私?⦆「………は、はい。」
「これなんですが、経費で落ちますか?」
⦅しっかり……するのよ。⦆「……拝見します。」
「駄目ですか?」
⦅いつもと……同じに。⦆「……いいえ、経費で……。」
「ありがとうございます。」
「……いいえ………。」⦅ちゃんと出来た? 私……。⦆
書類を受け取った時、僅かに指先が触れた。
心臓の鼓動が激しくなった。
莉子はほとんど俯いたまま対応した。
そのような莉子の対応を見たことが無い穂香は驚いた。
そして、莉子の顔色が悪くなっているのを見た。
「先輩、無理してますよね。
もう早退されたら、どうですか?」
「足立さん、お具合悪いのですか?」
「いいえ! 大丈夫ですので……お構いなく……。」
「先輩?」
「穂香ちゃん、何とも無いからね。
心配かけて、ごめんなさいね。」
「いいえ……私は、本当に大丈夫なんですね。」
「ええ、大丈夫よ。」
「足立さん、早退されるのなら、僕、車を出しますよ。
駅まで送ります。」
「いいえ! 結構です!」
「そうですか……遠慮なさらないで下さいね。
営業ですから、出ることが多いので、車出せます。」
「………お気に掛けずに、どうぞ……お仕事なさってください。」
「そうですか……。」
莉子は、そのまま俯いて仕事を続けた。
「先輩、送って貰ったら良かったのに。」と隣で穂香が小さな声で言った。
莉子は「いいのよ。これで……。」と答えた。
莉子は心臓の激しい鼓動を感じていた。
「ごめん。ちょっと……。」
「先輩、更衣室のソファーで休んできてください。」
「ありがとう。」
「係長には言っておきますから、早く行って下さい。」
「ごめんね。お願い……。」
「はい。」
心配している穂香を背にして、莉子はお手洗いに向かった。
顔を洗った。
涙が出て止まらない。
顔を洗う時間が長く掛かった。
顔を洗った後、穂香が言った通りに更衣室へ行った莉子はスマホを手にしてLINEの画面を開けた。
前の会社の同期たちとのグループLINE。
莉子はメッセージを入力した。震える指で……。




