偶然の再会
莉子が勤める会社が北斗の会社によって子会社化されてから、北斗と本社で偶然、再会した。
莉子は40歳、北斗は43歳になっていた。
北斗の薬指に指輪はなかった。
莉子は何故だか、北斗の指を見てしまった。
「り……あ…だちさん。
……久し振り、元気だった?」
「……ありがとう。元気よ。
貴方は? あれから、どう?」
「うん、ありがとう。」
「足立さんですね。お待ちしていました。こちらです。」
「はい。」
振り返った莉子に北斗が話し掛けた。
「今日! 終わったら連絡して。」
そう言って名刺を渡した。
莉子は受け取って、「分かった。」とだけ告げて、迎えに来てくれた畑田の後を付いて行った。
仕事を終えて、北斗に貰った名刺を見つめた。
⦅名刺の電話番号とメールアドレス、どちらにしようか?⦆と考えていると、⦅連絡しないのも………。⦆とも思い出したり、⦅あ……「分かった。」って答えたんだった。⦆と思い直したり……。
全く嫌じゃなかった。
嫌どころか………莉子はメールを出すことにした。
⦅そうよ。このメールアドレス、会社のアドレスだもん。個人のアドレスじゃないものね。⦆そう思って、メールを北斗に送った。
暫くすると、北斗からメールが送られてきた。
「足立さん、会えますか?
今日、会えますか?
会えるのなら、このHPの店で待って下さい。
必ず行きます。
だから、待って下さい。」
「分かりました。」
莉子は何も考えずに「待つ」という選択をしていた。
店に着いて座って待っていると、まるで昔に戻ったようだった。
⦅いつも待ってたわ。
彼が残業して来てくれるのが遅くなっても、コーヒーを何杯も飲んで待ってた
わ。
あの頃、幸せだった。
ずっと傍に居てくれると思ってた。
あの頃の私はキラキラ……今の私から見たら、キラキラしてるわ。
若かっただけじゃないわ。
恋が……彼を想う恋心が……煌めいていたんだわ。
煌めかせてくれたのは、彼。
忘れられないのは、何故?
今、胸ときめかせて待っているのは、何故?
執着?……恋の残り火?
今日、それが分かるのか?⦆
北斗がやって来るまで、莉子は⦅この恋の決着が、今日付く。⦆と思った。
北斗の姿を窓越しに見た。
急いで走って来る北斗の姿を見た。
年を重ねたけれども、北斗だった。
涙が流れた。
座っている莉子を見つけた北斗の笑顔が嬉しかった。
「足立さん、ありがとう。」
「アメリカンでいいのよね。」
「……覚えていてくれたんだ。」
「………迷惑だった?」
「迷惑なんか……足立さんは?」
「今日はモカを飲んで、それからモカを飲んで……。」
「好きなんだな。」
「うふふ………。」
「元気そうで良かったよ。」
「貴方も………。」
「………結婚………しないのか?」
「もう、そんな年じゃないわ。」
「年は関係ないよ。」
「あるわ。第一、出会っても既婚者よ。
一般的に若い頃の方が出逢いはあるけど、私は若い頃さえも無かった。
出逢いが無いのに結婚なんて無理。」
「そんなこと……ほんとかな?」
「ほんとよ。貴方は? 再婚しないの?」
⦅したい相手に……愛されないだろうから……。⦆「出来ないかな。」
「きっと綺麗で素敵な女性だったんでしょうね。」
「?」
「奥様……。」
「………そんなでも、なかった。普通だよ。」
「絶望したのよ………私。
あのメッセージの後も、私、待ってたの。」
「莉子……。」
「だから、羨ましかったわ。奥様が……。
私は諦めるために言い聞かせたの。自分に………。
きっと私とは違って……お似合いなんだ……って……。
私じゃ駄目だったんだって……。」
「莉子! 俺は………。」
「だから! 教えて、どんな女性だったの?
貴方は……どんなに愛したの?
私より……愛したんでしょう。そうよね。」
「結婚したのは、愛したからか分からない。
……あの頃、俺は部族長に気に入られてた。
そのお嬢さんと結婚するという話が出たんだ。」
「じゃあ、そのお嬢さんと結婚したの?」
「違う。あの、ケニアの言語の事情なんだけど……
公用語はスワヒリ語と英語で、国語はスワヒリ語。
部族長の話す言葉はキクエ語。
ケニアは都市部で英語を話す人は多いんだけど、地方に行くと英語は通じない。
スワヒリ語も無理でね。
俺が話す英語をスワヒリ語に通訳して貰って、そのスワヒリ語をキクエ語に通訳
して貰うんだ。
妻は……。」
北斗の口から「妻は……。」という言葉が出た時、莉子の心は千々に乱れた。
北斗の口からだけは、聞きたくない言葉だったのだ。
「妻は英語をスワヒリ語に通訳してくれてた。
そのスワヒリ語をキクエ語に通訳してくれてた青年が慣れてなくてね。」
「未熟だったってこと?」
「うん、そうだな。そんな所……。
それで、結婚の話が進んだんだ。俺は断ったんだけどね。
上手く伝わらなかった。」
「そうなのね。それで、結婚したの?」
「違う! その話を上手く断ってくれた通訳が、俺が結婚した女性。」
「そう……助けてくれた方なのね。」
「うん、それから距離が縮まって……。
俺は忙しく仕事をしている時はいいんだけど、寂しかった。
自分で莉子にあんなメッセージを送ったくせに……会いたくて堪らなかった。
寂しくて誰かに傍に居て欲しかった。
彼女が、いつの間にか……それで、結婚したんだ。」
「……そう。」
「けど……妻は気付いてたんだ。
俺が恋の上書き、出来てないことを気付いてた。
俺よりも気づいてたんだ。
だから彼女から離婚の話が出て……その時に言われたよ。
『最初から北斗の心はいつも遠くだった。』って、ね。」
「結婚したら振り向いてくれるって思われたのね。
奥様の祈りに似た願いだったんだわ。
その後、奥様は? お幸せなのかしら……。」
「再婚したよ。とっくに……。
彼女が行きたい国の一つ、イギリスの人と結婚したようだ。」
「そうなのね。」
「ホッとした。俺の本音だ。酷いだろ。
済まない。莉子に酷いこと↓俺が……こんなこと言って……。」
「もう………終わったの。」
「終わった、そうだ……な。
……莉子は? 俺がケニアに居た年月、誰かに告られたりした?」
「何も無かったわ。」
「嘘だろ!」
「本当に何も無かったの。
だって、私、入院したのよ。」
「どこか悪かったのか?」
「精神科に入院。鬱病で……貴方の結婚を知ってから精神的に駄目になった。
だから、ずっと精神科に通ってたのよ。」
「俺のせいだな。俺のせいだ。俺が悪い。」
「もう、いい。謝られても時間が戻る訳じゃなし……。」
「……けど、人生を滅茶苦茶にして申し訳なかった。」
「もう、いいって……。」
「今は?」
「今は通ってないわ。」
「そっか……良かった。」
「何か食べる?」
「そうだな。別の店に行く?」
「そうね。」
この日、二人はゆっくり話し合った。




