悪夢
莉子の目の前に忘れられない男性が居た。
名前を呼びたいのに声が出ない。
ふと手にしたスマホが光った。
通知画面に彼の名前が出ていた。
「俺は海外で働くことが決まった。
いつ日本に帰ることが出来るか分からない。
帰って来ないかもしれない。
別れよう。」
声を聞きたくて電話をしたが、架からない。
前を見ると、つい先ほどまで、そこに居た彼が……彼の姿が遠ざかって消えた。
必死になって「行かないで!」と言おうとしても声が出ない。
⦅………なんで………。⦆
そう思うと同時に頬を涙が伝わり落ちた。
⦅未だに……こんな夢を……何時まで見ないといけないの………。⦆
あれは、莉子にとって悪夢のような日だった。
莉子が恋した男性は遥か彼方へと飛んで行った。
その前に、莉子に別れのメッセージだけを彼は残して飛び去ったのだ。
2年の交際だった。
その2年の日々が壊れて粉々に散った日だった。
LINEはブロックされていた。
電話も架からなかった。
拒否されていることが十二分に分かる別れ方だった。
莉子は食べられず、泣いてばかりだった。
会社に行き、仕事をしている時も涙が流れ落ちそうになった。
⦅もう終わらされてしまったんだ……必要ない人間だったんだ……。⦆と思う反面、彼がもしかしたら連絡をくれるのではないかという思いが消えなかった。
同じ会社だから彼の赴任先の国名も何もかも分かった。
辞めてしまえば彼との一筋の微かな繋がりが切れてしまう……それだけは辛かった。
そんな莉子の叶わない願いは打ち砕かれた。
彼が赴任先の国で結婚したからだった。
失意の莉子は会社を辞めた。
辞めてから両親、姉そして親友が支えてくれて、精神科に通った。
ようやく、就職出来たのが今の会社である。
精神科のデイケアで就労支援をして貰い、就活して今の生活になったのだ。
前の会社で出逢った彼を忘れる為にも辞めて良かったのだと、莉子は思っている。
でも……夢を見るのだ。
あの日の夢を……。
それが深い闇の底に突き落とされてしまうように思えるのが今の莉子だ。
⦅土曜日で良かった……。
土曜日で……本当に良かった。
………苦しい。………寂しい。
誰か……誰か助けて………。⦆
莉子は不安時に飲む頓服薬を飲んだ。




