会社
その日は突然やって来た。
社長が全社員を集めた。
全社員と言っても30人ほどの会社だ。
社屋の中にある大きな部屋。
新入社員の入社式で使われてきた部屋に集められた。
社長がマイクの前に立ち話し始めた。
「私は、予てより社の今後を思案していました。
後継者を育てられなかった私には……君たち社員の生活を守るために方策は一つ
しか見つかりませんでした。
この会社を株式会社大東の傘下に入らせて頂くことです。
社員の削減などありません。
皆さんは、そのまま株式会社大東の社員になります。
私は社を去りますが、どうか……みんな……
元気で頑張って下さい。
お願いします。」
社長は深々と頭を下げたまま身動きしなかった。
涙が溢れ出た。
溢れ出た涙を拭うことなく、莉子は「社長……。」と声に出していた。
嗚咽が聞こえて来た。
隣で山下穂香が泣いていた。
莉子は穂香を抱き締めて泣いた。
「社長、頭を上げて下さい。」
「そうだ。上げて下さいよ。社長!」
「ありがとう……ありがとう……みんな……。」
社長の周りに社員が集まった。
まるで何かのスポーツで勝って、集まったみたいだった。
莉子はそう思った。
涙でその光景を見ていた莉子の耳に、懐かしい声が聞こえて来た。
「社長、どうかお座りください。」
その声がする方を社員一同が一斉に見た。
そこに居るのは、上原北斗だった。
「上原さん!」
「あんた……。」
「待ってくれ! 待ってくれ! 私が願い出たことなんだ。」
「社長、本当ですか?」
「ああ、本当だ。会社はこのままでは駄目になると思った。」
「社長……。」
「分かりました。社長、兎に角、座って下さいよ。
あの椅子に……。」
部長に支えられるようにして社長は椅子に座った。
椅子はこちらを向いて置いてあった。
部長たちは知っていたはずだ。
社長一人の判断ではない。
誰もがそのことくらいは分かっている。
ただ、どうしても社長の苗字が社名から消えることを悔しいと思う社員も居るのだ。
上原北斗が座った社長と一言二言言葉を交わした後、社員の方を向いた。
⦅痩せた?⦆と莉子は思った。
「皆さん、皆さんにとっては急な話で驚かれたことと思います。
この話は1年半前から協議され決まったことです。
皆さんの待遇はそのままです。
退職者ゼロがこの吸収合併で決められました。
社長はこの社から離れられますが、どうか皆さんのお力をそのまま発揮して頂き
たい!」
莉子は手を挙げていた。
何故か分からなかった。
北斗に「足立さん、何かご質問ですか?」と聞かれた時、挙手したことに気付いたくらいだった。
「……はい。
社長が去られることは悲しいですが、理解しました。
ただ、その後は、何方がお見えになられるのでしょうか?
御社から………。」
「我が社の別の部署ですが、部長がやって来ます。」
「貴方じゃない……。」
「はい。私ではありません。
ご質問はそれで終わりですか?」
「……はい。以上でございます。」
「他にご質問はございますでしょうか?」
後は耳に入らなかった。
北斗は二度と来ないであろうことが分かっただけだった。




