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夢見る乙女の恋

いつもと同じ生活が続いた。

あれから上原北斗は仕事以外で莉子に話しかけることが無くなった。

莉子はそれを寂しく思った。


莉子35歳、北斗38歳。

別れた時は莉子25歳、北斗28歳だった。

出逢いは前の会社の支社だった。

莉子も北斗も、それから同期の皆も同じ支社に勤務していた。

27歳の時に北斗が本社に転勤した。

その頃の莉子はアメリカに憧れていた。

北斗にも何度も話していた。

莉子は今になって思う。

⦅バカだったと……北斗よりも自分がバカだったのだ。⦆と思う。

莉子の前の会社では海外に赴任する時、それは大型の公共事業の工事を担う時だった。

アメリカへの赴任など、あの時の北斗ではありえなかったのだ。

行き先はアフリカ大陸のどこかの国、か若しくはアジアの国、これから開発して発展を促す国なのだ。

今なら分かるけれども、あの頃の莉子は単なる夢見る乙女だったのだ。

莉子は北斗が海外へ赴任した時に付いて行っても話せるくらいに英会話を上達したいと思っていた。

そう、夢見る乙女の莉子は北斗にアメリカに連れて行って欲しいと、知らぬ間に願っていたのかもしれない。

妻として北斗の赴任先に行きたいと……。

北斗はもしかしたら絶望してしまったのかもしれない――と、あの日の話を聞いてから思うようになった。

だから、「一緒に」と言えなかったのではないか――と、思ったりする。

でも、どこでも付いて行きたかった――のも偽らざる莉子の心だ。


莉子は頓服薬を今も手放せない。

まだ、恋の残り火が消えていないからかもしれない。



あの日以来、会社で北斗が仕事を頼むのは、莉子ではなくなって久しい。

いつも山下穂香に北斗は仕事を頼んでいる。

隣の穂香に頼んでいる。


「じゃあ、頼みます。」

「はい。承知しました。」


北斗が遠ざかると、穂香が莉子に話し掛けた。


「上原さん、私にだけ仕事の話をするような気が……

 私、認められたのかなぁ~だとしたら嬉しいなぁ。」

「穂香ちゃん、いつまでも新人じゃないってことよね。」

「まぁ、年月だけは経ってます!」

「でも、もうすぐ帰られるんですよね。上原さん。

 寂しくなるなぁ~。」

「あっ……そんなこと言っていいのかなぁ~。

 ご主人様に言っちゃおうかなぁ~。」

「もう! 止めて下さいよ。あの人、結構ヤキモチ焼くんですから。」

「うふっ……可愛いわぁ~。」

「何がですかっ!」

「その、ちょっと脹れた頬。可愛い!

 拗ねた様子が可愛いわぁ~。」

「もう、先輩!」

「そんなところに惹かれたのかなぁ~。」

「……ま……可愛いって言ってはくれてますけど、何か?」

「ご馳走様でした。」


「そこ、仕事中!」

「はい!」

「申し訳ありません。」


莉子は穂香と二人顔を見合わせて吹き出しそうになった。


穂香に仕事を頼んだ後、遠ざかって行く北斗の後姿を見るのが莉子の日常になった。

北斗への夢見る乙女の恋からは脱却出来たのではないか――と莉子は思えるようになった。

北斗の出向は、莉子に自分の気持ちに向き合える時間を与えてくれたのかもしれない。

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