第12話 断罪イベント、改めプロポーズ合戦
そして三年後、運命の日は来た。
王立魔術学園、卒業パーティー。
豪華絢爛な会場には、王侯貴族や名だたる魔術師たちが一堂に会し、華やかなドレスとタキシードが、きらびやかに彩りを添えている。
セレスティアは、胸元に深紅の薔薇のコサージュを飾った、シンプルな白いドレスに身を包んでいた。
(大丈夫…大丈夫よ、私…)
内心で、何度も自分に言い聞かせる。
この場所は、ゲームのシナリオにおいて、悪役令嬢セレスティアが、アレクサンダー王子によって断罪される、まさにその舞台なのだ。
しかし、もう何もないはずだ。
リリアとは親友になった。アレクサンダーも、ガブリエルも、フェリクスも、皆、私に好意を寄せてくれている。
破滅フラグは、全てへし折ったはずだ。
そう頭では理解していても、心臓は、警鐘を鳴らすように、激しく高鳴っていた。
どんなに大きな舞台でも、開演前はいつもこうだった。期待と不安で、心臓が張り裂けそうになる。
だが、今のこの高鳴りは、それとは違う。
これは、観客に評価される前の緊張ではない。
ただ、自分の人生が、終わってしまうかもしれないという、純粋な恐怖だ。
その時だった。
会場の中心に設置された壇上へ、一人の男が、ゆっくりと歩み出る。
アレクサンダー王子だ。彼が、壇上の中心で止まった。
会場の喧騒が、嘘のように、ピタリと止まる。
全ての視線が、アレクサンダーと、その隣に立つセレスティアへと注がれる。
アレクサンダーの、よく通る声が、会場に響き渡った。
「――セレスティア・ローゼンベルク!」
その声に、セレスティアの体は、ビクッと大きく跳ねた。
(来たーーー!やっぱり断罪されるの!?)
脳裏に、ゲームで見た断罪シーンがフラッシュバックする。
王子に指をさされ、悪行を糾弾され、婚約破棄を突きつけられる、あの屈辱的な場面が。
会場が静まり返る中、アレクサンダーは、ゆっくりとセレスティアの前に進み出た。
そして、彼女の目の前で、スッと、片膝をついた。
その行動の意味を、セレスティアは、まだ理解できていなかった。
◇
セレスティアの目の前で、アレクサンダーは、ゆっくりと指輪の小箱を開けた。
そこには、夜空の星を閉じ込めたかのような、美しいサファイアの指輪が輝いている。
「――セレスティア・ローゼンベルク」
彼の声は、会場の隅々にまで、はっきりと響き渡った。
「君こそが、私の唯一の光だ。政略ではない。私の心からの願いだ。どうか、私の妃になってほしい」
会場が、祝福の拍手に包まれようとした、その瞬間だった。
「「「お待ちください!」」」
二つの声が、会場の喧騒を切り裂くように、高らかに響き渡った。
一人は、ガブリエル・ナイトレイ。
彼は、アレクサンダーの隣に立つと、その完璧な王子スマイルを睨みつけた。
「殿下、それはあまりに性急では?セレス様は、俺が一生お護りすると誓ったのです!その誓いを、こんな形で反故にされては困ります!」
そして、もう一人。
フェリクス・アークライトは、セレスティアのもう片方の手を、そっと掴んだ。
その瞳は、アレクサンダーとガブリエルを、氷のように冷たい光で射抜いている。
「…セレス。僕を選んで。君がいない世界は、色を失う」
三人の男が、セレスティアを中央に、火花を散らす。
それは、まるで、舞台の上の演劇のようだった。
完璧な王子様、忠実な騎士、そして孤独な天才魔術師。
三人の「王子様」たちが、一人の「姫(?)」を奪い合う、最高のクライマックス。
(私の平穏な人生計画が、木っ端微塵…!)
セレスティアの脳内は、再びパニックに陥っていた。
三人の、あまりにも真っ直ぐな、熱い想い。
その時、セレスティアの口元に、ふっ、と笑みが浮かんだ。
それは、数々の舞台を乗り越えてきたトップスターだけが浮かべられる、不敵で、最高に美しい笑みだった。
「――ふふっ、面白いじゃないか」
彼女の声が、会場に響き渡る。その声には、迷いも、戸惑いも、一切含まれていなかった。
「君たちのその熱い想い、この私が見極めてあげよう」
セレスティアは、三人を交互に見つめる。
「…さて、誰の挑戦、受けて立とうか?」
彼女の新たなラブコメディという「舞台」の幕は、今、まさに上がったばかりだった。
これで完結となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。