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第1話 開演ベルは突然に

その日、舞台の神は、あまりにも気まぐれで、そして残酷だった。


宝塚大劇団、星組。その絶対的頂点に君臨する男役トップスター、たちばな れいは、今、その人生の全てを、一つの役に懸けていた。

彼女が挑むのは、社会現象を巻き起こした乙女ゲーム『クリスタル・ラビリンス』を原作とした、次期公演の王子役。

観客の熱狂、煌めくスポットライト、そして胸を焦がすほどの役への情熱。その全てが、彼女の輝かしい未来を照らしているはずだった。

しかし、運命の歯車は、舞台の袖で静かに、そして無慈悲に、軋みを上げていたのだ。


パァン、と小気味よい革靴のタップ音が、薄暗い稽古場に高く響き渡る。

汗と、微かに香る制汗スプレー、そして役者たちの放つ尋常ならざる熱気が渦を巻く空間で、ただ一人、彼女だけが真冬の夜空のように澄み切った涼やかな空気を纏っていた。


たちばな れい


女性だけで構成された、日本で最も華麗にして荘厳なレビュー劇団『宝塚大劇団』。

その中でも、一際強い輝きを放つ星組の頂点に、弱冠二十八歳にして君臨する、舞台の神に愛された男役トップスターである。


一七五センチの長身に、少年のようなしなやかな線と、長年の鍛錬で研ぎ澄まされた筋肉が同居する奇跡の肉体。

憂いを帯びた大きな瞳が、ひとたび観客を射抜けば、老若男女問わず魂ごと奪い去ってしまう。

入団以来、彼女が歩んできた道は常に伝説だった。

新人公演で主役に抜擢されれば、その年の新人賞を総なめに。若くしてトップに就任してからは、彼女が主演を務める公演のチケットは発売と同時に秒殺され、「手に入れた者は来世までの運を使い果たす」とまで囁かれるプラチナチケットと化した。

ファンは彼女をこう呼んだ。『令和に現れた、生きたオスカル』、と。


その麗が今、全身全霊をかけて挑んでいるのが、次期公演、舞台『クリスタル・ラビリンス』だった。メイン攻略対象である王子アレクサンダー役の、最有力候補として。


「――心配いらないさ、お嬢さん。君の曇った瞳は、この私が輝かせてみせる……!」


甘く、それでいて芯のある魅惑のアルトが、ゲーム屈指の名台詞を紡ぎ出す。

ヒロインが初めて王子と出会う、運命のワンシーンだ。完璧なターンから流れるように片膝をつき、そこにいるはずのないヒロインの手を取るように、優雅に空間をなぞる。

その指先の先まで神経が行き届いた完璧すぎる所作に、稽古場を取り囲んでいた演出家やスタッフ、そして日々切磋琢磨する後輩の団員たちまでもが、呼吸を忘れて見惚れていた。


「……っ、完璧だ、橘! アレクサンダーが、今そこに『いる』ぞ!」

「麗さん、今日も仕上がりすぎてます! 存在がファンサービス!」

「まさに王子様……! 私、今、麗様の視線だけで妊娠しました……!」


熱に浮かされたような賞賛の声に、麗は汗一つ見せずすっと立ち上がり、悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。

「――おっと。君たちの熱い視線で、火傷してしまいそうだ」

瞬間、悲鳴に近い歓声が稽古場に響き渡った。ファンサービスもまた、トップスターの重要な仕事である。


しかし、麗の内心は、そんなクールで完璧なスターの姿とは百八十度かけ離れていた。


『――キタァァァァァ! このセリフ! このシーン! ゲームで五億回は見たやつぅぅぅ! この角度、この間の取り方、脳内再生余裕すぎる! 私、天才か!?』


そう、橘 麗は、トップスターである以前に、ただの重度のオタクだった。

それも、『クリスタル・ラビリンス』、通称『クリラビ』をこよなく愛する、ガチ勢中のガチ勢なのである。

限定版パッケージはもちろん、各店舗の特典ドラマCDをコンプリートするために同じソフトを五本購入。設定資料集は熟読用、観賞用、布教用、保存用の四冊を揃え、キャラクターの誕生日には祭壇を組み、手作りケーキで祝うほどの熱狂ぶりだった。

全キャラクターのルートをクリアし、全てのエンディングを回収済み。

推しはもちろん王子アレクサンダーだが、寡黙な騎士ガブリエルの不器用な優しさも捨てがたいし、天才魔術師フェリクスの年下ツンデレルートも最高オブ最高。

箱推し、という言葉は彼女のためにあるのかもしれない。


そんな、人生を捧げたと言っても過言ではないゲームの舞台化。そして、最推しであるアレクサンダーを自分が演じられるかもしれないという、夢のような現実。

興奮しない方が、無理な話だった。


(この役、絶対に誰にも渡さない……! 私が、私の愛するアレクサンダーを、この世で最も完璧に、解釈一致で演じてみせる!)


燃え盛るオタク魂を、プロフェッショナルの仮面の下に隠し、麗は誰よりも真摯に、そして貪欲に稽古に打ち込んだ。


夜。

稽古を終え、楽屋口から劇場を出ると、ひんやりとした夜気の中に、ファンの熱気が渦を巻いていた。整然と並んだ幾重もの人の波。その数、ざっと二百人は超えているだろうか。

「麗様ー!」

「今日もお疲れ様でした!」

その一人ひとりに、麗はトップスターの微笑みを浮かべて手を振り、時には言葉を交わす。

「風が冷たいから、暖かくして帰るんだよ」

「君の笑顔に会えて、今日の疲れも吹き飛んだよ」

宝塚に全てを捧げた人生。青春も、恋も、何もかも。後悔はない。むしろ、この上ない幸福感に満たされていた。ファンの笑顔が、彼女のエネルギーであり、存在意義そのものだった。


最後の一人まで完璧な「橘 麗」でいることに集中するあまり、ほんの一瞬、現実の道路への注意が逸れた。ファンに夢を見せるプロとして、その一瞬の隙が命取りだった。

新たな役への情熱を胸に、大通りへ一歩踏み出した、その瞬間。


キィィィィィッ!


鼓膜を突き破るような甲高いブレーキ音。振り向く暇さえなかった。猛烈な衝撃が、麗の意識を背後からいとも容易く奪い去っていく。

人々の悲鳴が、まるで水の中にいるかのように遠くに聞こえる。

アスファルトに叩きつけられた体の痛みより、ただ一つの無念が、彼女の心を支配した。


薄れゆく意識の中、脳裏をよぎるのは、熱狂的なファンの笑顔でも、仲間との輝かしい日々でもない。

ただ一つ。

まだ自分が立っていない、あの『クリスタル・ラビリンス』の華やかな舞台の光景だけだった。


「まだ……私、アレクサンダーとして、あの舞台に、立てていないのに……」


それが、トップスター橘 麗の、最後の言葉となった。



次に目覚めた時、視界に飛び込んできたのは、豪奢な刺繍が施された天蓋てんがいだった。

ふかふかと羽毛が詰まった枕、肌を滑る極上のシルクの寝間着。嗅いだこともない、薔薇のような甘い香りが部屋を満たしている。

(……どこだ、ここ……病院、じゃない……? セット……? にしては、リアルすぎる……)

混乱する頭でゆっくりと体を起こす。打撲の痛みも、衝撃の痕跡もどこにもない。それどころか、今まで感じたこともないほど体が軽く、しなやかだった。

よろよろとベッドを降り、近くにあったロココ調の豪奢な姿見の前へ。

そして、鏡に映った自分の姿を見て、完全に思考が停止した。


そこにいたのは、橘 麗ではなかった。


豊かに波打つゴージャスな金髪の縦ロール。宝石のアメジストを嵌め込んだような、気の強そうな紫色の瞳。そして、西洋人形のように完璧に整ってはいるが、いかにも意地の悪そうにキュッと吊り上がった眉。

見間違えるはずもなかった。

自分が寝る間も惜しんでプレイし、その人生の全てを把握している、あのキャラクター。

乙女ゲーム『クリスタル・ラビリンス』の、悪役令嬢セレスティア・ローゼンベルクそのひとだった。


「……え?」


呆然と、自分のものとは思えない可憐なソプラノの声が唇から漏れた。

その瞬間、脳内に奔流のような他人の記憶が流れ込んでくる。

――ローゼンベルク公爵家の令嬢として生まれた十六年間。蝶よ花よと育てられ、望むものは全て与えられた結果、身についたのは傲慢で自己中心的な性格。気に入らない令嬢への陰湿ないやがらせの記憶に、思わず眉を顰める。


セレスティアとしての記憶と、橘 麗が持つ『クリラビ』のゲームの中のセレスティアの情報が、パズルのピースのようにピタリと一致する。


そして今日は、王立魔術学園の入学式。まさにゲームが開始するタイミングだった。


(冗談じゃないわよ!)


内心で絶叫した、その時。

あまりの衝撃によろめいた体が、ぐらりと傾いだ。

(きゃっ!)

床に倒れ込む、と思った瞬間――。

体に染み付いたトップスターの体幹が、無意識に、しかし完璧な反応を見せた。

トン、と床に手をつき、くるりとバレエのように一回転。衝撃を完全に殺し、少しも乱れることなく、まるで振り付けられたかのように優雅なポーズでスッと立ち上がる。

そして、鏡の中の自分――セレスティアと、ばっちり目が合ってしまった。

その美しくも悪辣な顔が、ふっと口の片端を上げて、ニヒルに微笑む。


(――しまった、体が勝手に…! っていうか、何この顔、この体! 仕上がりすぎてるじゃないのよぉぉぉっ!)


悪役令嬢セレスティアに転生しても、宝塚トップスター橘 麗の時の動きは完全に再現されたことに、思わず内心絶叫するも、その声が豪華すぎる部屋の誰かに届くことはなかった。


こうして、宝塚男役トップスター橘 麗の、前途多難すぎる異世界ライフの幕は、最悪の形で上がったのである。


自室の豪華なソファに沈み込み、セレスティアは頭を抱えた。

(どう考えても、詰んでる…! 初手から詰んでるわ!)


橘 麗の記憶によれば、ゲームのセレスティア・ローゼンベルクの末路は悲惨の一言に尽きる。

婚約者である王子アレクサンダーへのストーカーまがいの執着心から、平民出身のヒロイン、リリア・スチュアートを徹底的にいじめ抜く。その罪状の全てが、三年後の卒業パーティーで王子本人から突きつけられ、公開断罪。結果は、家名剥奪、国外追放――。


(冗談じゃない! よりによって、そんな救いのない破滅ルートを辿る悪役令嬢になるなんて!)


橘 麗として生きてきた二十八年間、舞台の上で演じた役は数あれど、まさか人生そのものが「悪役令嬢」という配役になるとは夢にも思わなかった。

しかも、その役は、観客から総スカンを食らい、舞台から引きずり降ろされることが確定している、救いのないバッドエンド役だ。


「冗談じゃないわよ! 私の人生という舞台に、バッドエンドなんて文字はないんだから!」


ガバッと顔を上げたセレスティアは、アンティークの机に向かうと、上質な羊皮紙にペンを走らせた。

カリカリと、羽根ペンが紙を擦る音が、静かな部屋に響く。その手つきは、まるで舞台の構成を練る演出家のように真剣そのものだった。


【脱・破滅計画 ~空気のように生き、平穏に卒業する~】


一、ヒロイン・リリアには、決して近づかない。半径五メートル以内、接近禁止!

(だって、近づいたら最後、いじめフラグが立つに決まってるじゃない! 彼女は聖女様、私は悪役令嬢。水と油、いや、光と闇よ! 接触厳禁!)


二、王子アレクサンダーとは、決して目を合わせない。会話も極力避ける!

(婚約者? 知らないわよそんなもの! 彼の隣に立つのはヒロインの役目。私はモブ、モブ中のモブ! 視線が合ったら、自分がどうなっちゃうかわからないし、危険すぎる!)


三、その他イケメンは、道端の石ころか、背景の書き割りと思うこと!

(ガブリエル? フェリクス? 悪いけど、あなたたちも私にとっては地雷原よ! 攻略対象なんて、私には毒でしかない。触らぬ神に祟りなし! むしろ、石ころの方がまだ安全だわ!)


四、とにかく目立たない。貴族の令嬢として、空気のように、気配を消して学園生活を全うする。

(これ、一番重要! トップスターとして生きてきた私にとって、目立たないなんて不慣れだけど、破滅を回避するためなら何だってやってやるわ! 舞台の端っこで、ひっそりと息を潜めるエキストラに徹するのよ!)


「これよ…! これしかないわ!」


完璧な計画に満足し、セレスティアは「ふふん」と鼻を鳴らす。まずは基本の所作からだ。淑女らしく、か弱く、守ってあげたくなるようなお辞儀をマスターしなくては。元トップスターの華麗な所作は、この際、全て封印である。


再び姿見の前に立ち、息を吸う。鏡に映る金髪縦ロールの悪役令嬢は、いかにも高飛車で、プライドが高そうな顔をしている。この顔で「か弱く」なんて、無理ゲーにもほどがあるが、やるしかない。


「ご、ごきげんよう……」


そう呟きながら、淑やかに腰を折って頭を下げようとした、その瞬間。


カッ、と背筋が鋼のように伸びた。

片手は優雅に胸の前に添えられ、もう片方の手は自然に後ろへ。

完璧な角度で腰が折られ、それは貴族の令嬢のか弱さとは程遠い、舞台の王子様が姫をエスコートする時のような、完璧すぎるレヴェランス(お辞儀)だった。

指先の角度一つに至るまで、神経の行き届いたポージングが次々と繰り出される。


(違う違う違う! もっとこう、か弱く! 可憐に! なんで体が勝手にこんなキザな動きを…! 宝塚の舞台じゃないんだから!)


内心の焦りが最高潮に達した時、セレスティアの体は、意思とは無関係に、体に染みついたものが流れるような動きを始めた。それは、まるで舞台の上の人形のようだった。

指先まで神経の通った優雅な手つきで髪をかき上げれば、それは観客を誘うような仕草。

くるりと振り返れば、そこには完璧なターンと、見る者を射抜くような流し目。そして、極めつけは、唇の端をわずかに持ち上げた、不敵な笑み。


「……ふっ、悪くない」


無意識に、口からキザなセリフがこぼれ落ちる。その声は、前世の橘麗が舞台で発していた、甘く響くアルトの声そのものだった。


鏡の中のセレスティアは、悪役令嬢の眉目秀麗な見た目で、完璧な男役の姿勢と仕草をしていて、余計にその格好が目立っていた。


コンコン、と控えめなノックの音。


「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました」


侍女のマリーが、銀の盆を手に静かに入室する。長年セレスティアに仕えるベテラン侍女で、その傲慢な振る舞いにも慣れっこだった。しかし、鏡の前で完璧な紳士ポーズを決めているセレスティアを見て、一瞬、困惑に目を見開いた。

だが、次の瞬間には、その瞳に憧れのような熱い光が宿る。


「まあ、セレスティアお嬢様……! 本日は、なんと凛々しく美しい……! 王子様のようでございます……!」


マリーの声は、心なしか上ずっていた。長年、気難しいお嬢様に仕えてきた彼女にとって、今日のセレスティアの纏うオーラは、まるで別人のように輝いて見えたのだ。

普段のヒステリックな傲慢さとは違う、どこか気品と憂いを纏ったその姿に、マリーの胸は高鳴る。


(違うのよマリー! これは事故なの! 私は今、人生のどん底で絶望の淵にいるのよ!)


心の叫びは、しかし声にはならない。長年、ファンの憧れの視線に応え続けてきたトップスターの悲しいさがが、セレスティアの口を勝手に動かした。


「……ありがとう、マリー。君のその言葉が、今の私には何よりの励みになるよ」


完璧な貴公子の微笑みと共に、スッとマリーの持つ盆からティーカップを手に取る。

その流れるような動作に、マリーは「も、もったいのうございます!」とさらに顔を赤らめた。彼女の脳内では、すでに白馬に跨ったセレスティア王子がファンファーレと共に駆け巡っていた。


(ああ、またやってしまった……)


内心で頭を抱えるセレスティアの絶望とは裏腹に、侍女の忠誠心と勘違いは、ますます深まっていくのだった。



乙女ゲームの舞台となる王立魔術学園に、馬車がついてしまった。

セレスティアは馬車から降り一歩を踏み出した。これから入学式とゲームがはじまる。


セレスティアは『脱・破滅計画』の最終条項を胸に刻み、固く決意していた。

(今日から私は壁になる…! 壁に徹するのよ!)

誰とも視線を合わせず、会話もせず、ひたすら壁際を歩き、その存在感をゼロにする。名付けて「壁の花」ならぬ「壁そのもの」作戦だ。


しかし、その計画は開始五分で頓挫した。


(うぅ…もっとこう、猫背気味に…顔を伏せて…空気のように…)


セレスティアがどれだけ体を縮こまらせようとしても、長年の鍛錬で体に叩き込まれた完璧な体幹と姿勢が、それを頑なに拒否する。背筋はスッと天に伸び、歩けばまるで舞台を歩むかのように、優雅で気高いオーラが溢れ出てしまうのだ。


その異様なまでの存在感は、当然、新入生たちの注目を一身に集めた。

「おい、見たか?あのローゼンベルク公爵令嬢……」

「ええ、まるで歩く芸術品のようね……オーラが違うわ」

「悪役令嬢って聞いていたけど、噂と全然違うじゃない……!むしろ、気高すぎて近寄れないわ……!」


ひそひそ、と交わされる囁き声。

(ひそひそ話されてる…!やっぱりセレスティアって、みんなから嫌われてるのね…!)


セレスティアは完全に勘違いし、さらに気配を消そうと必死になる。だが、その謎めいた雰囲気が、逆に彼女をミステリアスに演出し、ますます注目を浴びるという悪循環に陥っていた。


講堂へ移動する、その時だった。雑踏の中で、一人の女子生徒がバランスを崩して大きくよろめく。

(まずい、人が倒れる…!舞台なら、パートナーを絶対に落とさないのが鉄則なのに…!)

思考よりも早く、デュエットダンスで相手を支えるように体が動いていた。

「危ない!」

咄嗟に伸ばされた手は、まるでデュエットダンスでパートナーを導くように生徒の腕を掴む。鍛え上げられた体幹がしなやかに、しかし力強く彼女の体を支え、セレスティアは寸分の狂いもなく、倒れかけた少女を自分の腕の中へと引き寄せていた。


その瞬間、ざわめきがピタリと止み、全ての視線が一点に集中する。

セレスティアが顔を上げると、その視線の先に、最も会ってはならない人物たちがいた。


一人は、陽の光を弾く金糸の髪に、冷たい光を宿すサファイアの瞳。この国の王子、アレクサンダー・アストレア。婚約者である自分を、値踏みするように、射抜くように見ている。


その隣には、黒曜石のような髪と瞳を持つ、屈強な体躯の青年。騎士団長の息子、ガブリエル・ナイトレイ。まるで害獣でも見るかのように、強い警戒心を剥き出しにしている。


そして、少し離れた柱の影から、銀髪の少年が二人を、いや、セレスティアをじっと観察していた。飛び級で入学したという天才魔術師、フェリクス・アークライトだ。無関心を装いながらも、その瞳には強い好奇の色が浮かんでいる。


ゲームの主要攻略対象、全員集合である。


三者三様の、しかし等しく強い視線が、セレスティアに突き刺さる。


(お、終わった……!)


セレスティアの頭は真っ白になった。

(計画初日にして、主要人物全員にガン見された…!もうダメだ、退学したい…!今すぐ実家に帰りたい!)


顔面蒼白になりながらも、彼女の体は、その視線から逃げることを知らなかった。長年の舞台経験が、観客の視線を真正面から受け止め、力に変えることを体に叩き込んでいる。

そして、無意識のうちに、口角がゆっくりと引き上げられた。


それは、挑戦的で、それでいてどこか憂いを帯びた、観る者全ての心を奪う、完璧な「トップスターの微笑み」。


その微笑みを見た三人の表情が、ほんのわずかに、しかし確かに変わったことを、パニック状態のセレスティアは知る由もなかった。


彼女の、波乱と困惑に満ちた学園生活の幕は、今まさに、最悪の形で上がろうとしていた。

平日の朝7時に1話ずつ投稿していきますので、よろしくお願いします。

一応12話で完結しようと思っていますが、ご好評いただけたらもっと続けていこうと思っているので、

リアクションをいただけると嬉しいです。

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