第5章 エラーメッセージの真実
◆Scene 1:データの渦(午前2:18・藍のアパート)
ブルーライトに照らされた藍の顔に、ディスプレイからのエラー通知が反射していた。
「また...データ容量オーバー?」
Magic Canvasが突然のシャットダウンを繰り返す。
過去3ヶ月分の生成データを解析しようとしたのが原因らしい。藍は冷えたコーヒーカップを傾けながら、消えかけた画面を必死に見つめた。
《警告:感情分析モジュールに矛盾が検出されました》
「感情分析...?」
指先でスクロールを続けると、突然見慣れないグラフが表示された。
最近1週間の感情変動を可視化したものだ。
通常の「創作活動時」の波形とは明らかに違うパターンが、ある特定の時間帯だけに記録されている。
「これは...翔太さんと会ってる時間...?」
グラフのピーク部分を拡大すると、小さな注釈が現れた。
《非典型的な感情パターン:AI生成コンテンツへの依存度低下と関連》
ベッドの端に置いたスケッチブックが目に入る。先週の自助会以来、少しずつではあるが手描きの絵が増えていた。
どれも未完成で、AIの作品と比べれば明らかに拙い。それでも...
藍はタブレットを閉じ、スケッチブックを開いた。
最後のページには、廃工場で描きかけた翔太の横顔があった。
線は何度も描き直した跡で汚れている。
「私...本当は」
胸の奥で何かが熱く疼いた。
◆Scene 2:故障の予兆(午前10:42・コンビニ前)
翔太のスマホ画面が突然真っ赤に染まった。
《HototoGISシステムエラー:感情偽装モードが機能しません》
「は? 何言ってんだよ」
彼はコンビニの壁にもたれながら、再起動を試みる。
就活の面接予定が入った今日だけに、HototoGISの「面接モード」は欠かせない。
「くそ...まさかに」
再起動した画面に表示されたのは、昨日書いて消した下書き文書だった。
《藍さんの絵について:線の震えがいい。特に左頬の影の部分が》
「なんでこれが...!」
慌てて削除しようとする指が止まる。
なぜ消す必要があるのか、自分でもわからなくなった。
結局その文章を残したまま、翔太は面接会場に向かった。
電車の中で、彼はあることに気づいた。
HototoGISが故障している今、自分で考えなければならないのだ。
「自己PRか...」
窓ガラスに映る自分の顔が、妙に幼く見えた。
大学時代の就活講座で教わった「正解」は全部HototoGISに任せきりで、自分では何も考えてこなかった。
(AIがいないと、俺は何も言えないのか?)
◆Scene 3:分析結果(午後7:55・廃工場)
藍のタブレットから、奇妙な音が響く。
「聞いて! この分析結果」
翔太が近づくと、画面には二人の会話データを可視化した複雑なネットワーク図が表示されていた。
「え...これ全部俺らの会話?」
「うん。Magic Canvasの感情解析エンジンで処理したの」
藍の指が画面の一点を指す。
「ここ見て。AIを使わない会話の時だけ、特別なパターンが出てる」
複雑な線が織りなす模様の中心に、小さな赤い点が浮かんでいる。
拡大すると、そこには《非AI媒介的共感》というラベルが付いていた。
「なんだそれ...」
「つまり」藍の声が少し高くなる。「AIを通さずに、直接...理解し合えてる瞬間があるってこと」
廃工場の天井から、夕日が差し込んでくる。埃っぽい空気中で、二人の影が長く伸びた。
翔太はふと口を開いた。
「藍さん...俺、今日面接受けたんだ」
「えっ、そうなの? どうだった?」
「最悪だったよ」翔太は床に座り込む。「HototoGISが使えなくて、めちゃくちゃなこと言っちゃって」
「でも...」
「でも、面接官の一人が最後に『君らしい答えだった』って笑ってた」
藍の目が細くなる。
「それ、褒め言葉じゃない?」
「わかんない。でも...」翔太はスマホを握りしめる。
「今までで初めて、『俺らしい』って言われた気がする」
◆Scene 4:真実のエラー(午後11:20・藍のアパート)
藍はベッドの上でタブレットを開き、ある実験を始めた。
「Magic Canvas、『私が描きたい絵』を生成して」
AIはいつものように作品を提案してくるが、藍は次々に却下する。
「違う。もっと...」
五作目で突然、エラーメッセージが表示された。
《エラー:入力意図を解析できません。手描きスケッチをアップロードしてください》
「...え?」
指示に従い、先日の翔太の横顔スケッチをアップロードする。すると今度は別のメッセージが。
《解析完了:この作品にはAI生成にはない特徴が確認されました。続きを描きますか?》
「いや...私が描く」
藍はタブレットを置き、鉛筆を手に取った。震える線が、少しずつ翔太の笑顔を形作っていく。
「これが...私の絵」
涙がスケッチブックに落ち、紙が波打つ。でも藍は描き続けた。
AIには決して真似できない、不完全で温かい線で。
◆Scene 5:夜明けのメッセージ(午前4:30・翔太のアパート)
眠れない夜を過ごした翔太のスマホに、通知が届く。
藍からだった。
《Magic Canvasが故障したみたい。
でも...それでわかったことがある。会いたい》
メッセージには画像が添付されていた。
藍が描いた翔太の肖像画。下手だけど、確かに「彼」だった。
翔太はHototoGISを開かずに返信を打った。
《俺も会いたい。今すぐに》