表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5章 エラーメッセージの真実

 ◆Scene 1:データの渦(午前2:18・藍のアパート)


 ブルーライトに照らされた藍の顔に、ディスプレイからのエラー通知が反射していた。


「また...データ容量オーバー?」


 Magic Canvasが突然のシャットダウンを繰り返す。

 過去3ヶ月分の生成データを解析しようとしたのが原因らしい。藍は冷えたコーヒーカップを傾けながら、消えかけた画面を必死に見つめた。


 《警告:感情分析モジュールに矛盾が検出されました》


「感情分析...?」


 指先でスクロールを続けると、突然見慣れないグラフが表示された。

 最近1週間の感情変動を可視化したものだ。

 通常の「創作活動時」の波形とは明らかに違うパターンが、ある特定の時間帯だけに記録されている。


「これは...翔太さんと会ってる時間...?」


 グラフのピーク部分を拡大すると、小さな注釈が現れた。

 《非典型的な感情パターン:AI生成コンテンツへの依存度低下と関連》


 ベッドの端に置いたスケッチブックが目に入る。先週の自助会以来、少しずつではあるが手描きの絵が増えていた。

 どれも未完成で、AIの作品と比べれば明らかに拙い。それでも...


 藍はタブレットを閉じ、スケッチブックを開いた。

 最後のページには、廃工場で描きかけた翔太の横顔があった。

 線は何度も描き直した跡で汚れている。


「私...本当は」


 胸の奥で何かが熱く疼いた。


 ◆Scene 2:故障の予兆(午前10:42・コンビニ前)


 翔太のスマホ画面が突然真っ赤に染まった。


 《HototoGISシステムエラー:感情偽装モードが機能しません》


「は? 何言ってんだよ」


 彼はコンビニの壁にもたれながら、再起動を試みる。

 就活の面接予定が入った今日だけに、HototoGISの「面接モード」は欠かせない。


「くそ...まさかに」


 再起動した画面に表示されたのは、昨日書いて消した下書き文書だった。


 《藍さんの絵について:線の震えがいい。特に左頬の影の部分が》


「なんでこれが...!」


 慌てて削除しようとする指が止まる。

 なぜ消す必要があるのか、自分でもわからなくなった。

 結局その文章を残したまま、翔太は面接会場に向かった。


 電車の中で、彼はあることに気づいた。

HototoGISが故障している今、自分で考えなければならないのだ。


「自己PRか...」


 窓ガラスに映る自分の顔が、妙に幼く見えた。

大学時代の就活講座で教わった「正解」は全部HototoGISに任せきりで、自分では何も考えてこなかった。


(AIがいないと、俺は何も言えないのか?)


◆Scene 3:分析結果(午後7:55・廃工場)


 藍のタブレットから、奇妙な音が響く。


「聞いて! この分析結果」


 翔太が近づくと、画面には二人の会話データを可視化した複雑なネットワーク図が表示されていた。


「え...これ全部俺らの会話?」


「うん。Magic Canvasの感情解析エンジンで処理したの」


 藍の指が画面の一点を指す。


「ここ見て。AIを使わない会話の時だけ、特別なパターンが出てる」


 複雑な線が織りなす模様の中心に、小さな赤い点が浮かんでいる。

 拡大すると、そこには《非AI媒介的共感》というラベルが付いていた。


「なんだそれ...」


「つまり」藍の声が少し高くなる。「AIを通さずに、直接...理解し合えてる瞬間があるってこと」


 廃工場の天井から、夕日が差し込んでくる。埃っぽい空気中で、二人の影が長く伸びた。


 翔太はふと口を開いた。


「藍さん...俺、今日面接受けたんだ」


「えっ、そうなの? どうだった?」


「最悪だったよ」翔太は床に座り込む。「HototoGISが使えなくて、めちゃくちゃなこと言っちゃって」


「でも...」


「でも、面接官の一人が最後に『君らしい答えだった』って笑ってた」


 藍の目が細くなる。


「それ、褒め言葉じゃない?」


「わかんない。でも...」翔太はスマホを握りしめる。

「今までで初めて、『俺らしい』って言われた気がする」


 ◆Scene 4:真実のエラー(午後11:20・藍のアパート)


 藍はベッドの上でタブレットを開き、ある実験を始めた。


「Magic Canvas、『私が描きたい絵』を生成して」


 AIはいつものように作品を提案してくるが、藍は次々に却下する。


「違う。もっと...」


 五作目で突然、エラーメッセージが表示された。


 《エラー:入力意図を解析できません。手描きスケッチをアップロードしてください》


「...え?」


 指示に従い、先日の翔太の横顔スケッチをアップロードする。すると今度は別のメッセージが。


 《解析完了:この作品にはAI生成にはない特徴が確認されました。続きを描きますか?》


「いや...私が描く」


 藍はタブレットを置き、鉛筆を手に取った。震える線が、少しずつ翔太の笑顔を形作っていく。


「これが...私の絵」


 涙がスケッチブックに落ち、紙が波打つ。でも藍は描き続けた。

 AIには決して真似できない、不完全で温かい線で。


◆Scene 5:夜明けのメッセージ(午前4:30・翔太のアパート)


 眠れない夜を過ごした翔太のスマホに、通知が届く。


 藍からだった。


 《Magic Canvasが故障したみたい。

 でも...それでわかったことがある。会いたい》


 メッセージには画像が添付されていた。

 藍が描いた翔太の肖像画。下手だけど、確かに「彼」だった。


 翔太はHototoGISを開かずに返信を打った。


 《俺も会いたい。今すぐに》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ