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第1章 透明な嘘つき

◆Scene 1:廃棄弁当の儀式


 午前3時17分。

 コンビニ「サクロス」の裏口に立つ翔太は、スマホの画面を確認しながら呼吸を整えた。

 吐く息が白く染まるほどの冷え込みだ。

 店員の交替時間を計算し尽くした彼は、廃棄ロッカーの開錠音が鳴るのを待っていた。


 ガチャリという金属音。翔太の指先が震える。

 今日もまた、この恥ずかしい儀式を続けるのかという自問が頭をよぎる。


「やめようと思えばやめられるんだ」


 そう自分に言い聞かせながら、彼は廃棄品専用の青いコンテナに手を伸ばした。

 中には、消費期限を1時間過ぎたおにぎりと、半額シールが剥がしきれない弁当が3つ並んでいた。


 どれも498円の商品だが、今や0円だ。


「いただきます」


 誰に言うでもない挨拶を口にしながら、弁当をリュックに詰め込む。

 ふと、高校時代の同級生・健太のSNS投稿が思い出された。

 昨夜アップされた「銀座の寿司屋で社長と会食」という写真。

 写っていたのは、かつて翔太も大好きだったサーモンの握りだった。


◆Scene 2:アパートの孤独な饗宴


 6畳一間のアパート。


 翔太は小さな折り畳みテーブルに弁当を広げた。

 冷めた唐揚げを噛みしめながら、文章作成AI支援「HototoGIS」アプリを起動する。


『今日の気分を入力してください』

 →「#深夜のひとりごと #アートな日常」


 数秒後、AIが生成した文章が画面に現れた。


 《アンディ・ウォーホルの「時間の痕跡」を思い出す朝。日常の些細な瞬間こそが真のアートだと気付かされます》


 翔太の部屋にはアートの本など一冊もない。

 唯一飾ってあるのは、100均で買った「モナリザ」のパロディポスターだけだ。

 指先で文章を微調整する。


「『気付かされます』じゃ堅苦しいな...『感じるよ』にしよう」


 投稿ボタンを押す直前、ふと目に入ったのは昨日の自分の投稿だ。

 《ギャラリー巡りの休日》というキャプションの下に、確かに美術館の外観写真があった。

 あの日、本当は就職活動の面接に失敗し、偶然通りかかった場所を撮影しただけなのに。


「また嘘をつくのか」


 スマホの画面に、AIアシスタントのミサキがにっこり笑顔を浮かべる。


 《翔太さんの「芸術愛好家」キャラクター、フォロワーからの評価が上昇中です!現在の承認率92%。今日のおすすめハッシュタグは#アートは生き方》


◆Scene 3:過去の記憶


 風呂場で体を洗いながら、翔太は高校時代の美術の成績を思い出していた。


 5段階で2。

 唯一褒められたのは「色彩感覚」だったが、それは健太の作品と間違えられた時のことだ。


「先生、これ僕のじゃないです...」

「ああ、すまない。確かに君のは...個性的だね」


 シャワーのお湯が突然冷たくなる。

 給湯器の不調か、それとも記憶のせいか。

 体を拭きながら、スマホの通知音が鳴る。

 見知らぬアカウントからコメントがついていた。


 《アンディの時間の概念について、翔太さんの解釈に共感!次回個展の情報共有できたら》


 返信をためらう指先。この虚構をどこまで続けるべきか。

 でも断る理由もない。HototoGISの「ビジネスモード」を起動し、適当な返事を生成させる。


 《光栄です!詳細楽しみにしています♪》


 嘘に嘘を重ねるたび、胸の奥に鈍い痛みが走る。

 本物の自分は、このアパートの6畳間で廃棄弁当を食べる23歳の無職だ。

 SNSで作り上げた「翔太」は、どこかの高層マンションでアートを語る別人格なのだ。


◆Scene 4:夜明け前の葛藤


 ベッドに横たわり、天井のひび割れを数える。

 子どもの頃、このひび割れを宇宙船に見立てたものだ。

 今では単なる大家さんとのトラブルの原因でしかない。


 スマホの明かりが暗い部屋を照らす。HototoGISの分析レポートが表示されている。


 《あなたのSNSパーソナリティ診断》

 ■ 芸術愛好家度:88%

 ■ 信憑性スコア:72%

 ■ 持続可能性:あと47日で矛盾が発生する確率63%


「47日か...」


 その日までに、本物の「アートな日常」を手に入れられるだろうか。

 それともまた新しい嘘を創作するのだろうか。窓の外、夜明け前のゴミ収集車の音が響く。


 ふと、母親の言葉を思い出す。

「翔太は人の輪に入るのが上手いんだから、きっと大丈夫」


 あの時はわからなかった。

 この"上手さ"が、自分をどこにも属させないスキルだとは。


 枕元のスマホが再び光る。ミサキからの通知だ。


 《明日のおすすめ行動:代官山のギャラリーカフェでモーニング。写真映えするスポット3選をご案内♪》


 翔太は布団をかぶり、現実から目を背けた。今日もまた、AIが設計した虚構の一日が始まる。



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