◇97・それぞれの
「デイジー様、こちらもお願いします」
「また、ぜんぶ『マッテオのいうとおりにうごけ』ってめいれいすればいいのよね?」
「ええ、ええ、それでお願いします」
ズーク・デルゴリア様の命でアーメイア大陸のロンダン帝国に入り、マギリアの第四魔当主らと合流した私、マッテオ・マランゴーニは、聖女の系譜のご機嫌を取りつつ、この娘のスキルを確認しているところだ。
聖女とは異なる世界から現れる稀有な者のことだ。この娘は聖女の子孫であるらしい。我らにとって一番望ましいのは、やはり子孫ではなく、異世界人そのものを手に入れることだが、異世界人はそう易々と手には入らない。異世界人はいつ、どこに現れるか分からないからだ。
しかし、過去の文献を辿れば、聖女か聖女の血を引く者の血を使えば、異世界人を召喚することができるらしいということが分かったのである。
だが、必要なのは聖女の血だけではない。召喚の儀を行なうためには、膨大な魔力が必要となる。
どんなに多い魔力を持っていようとも、人間ひとりの魔力では、到底、賄えないほどの魔力が必要なのだ。隷属者や、人工魔石もあればあるだけ良い。
それを思えば、この娘のスキルは有用である。
数年前にマギリアから引き渡されるはずだったのは、二十歳くらいの女だと聞いていた。その女を見付けたのかと思ったが、マギリアの奴らが連れて来たのは、この五歳の小娘であった。
スキルの内容からして、マギリアから逃げた女の娘ではないだろうか。聞けば、この小娘の『おかあさん』とやらは死んだという。しかし、『おかあさま』がいるだとか、訳の分からないことも言っているが、まぁ、いい。
子供は嫌いだが、聞き分けの良い駒は好ましい。
ちょっとおだてて、「レギドールに行けば、お姫様のような生活ができる」と言ってやれば、得意気な顔をして、こちらの言うとおりにスキルを使いだした。
どの道、レギドールに戻り、準備が調えば、この小娘は贄にするだけだ。せいぜい、それまでの間は良い思いをさせてやろうではないか。
この娘のスキルは、当人の思考が対象者に浸食する類のものだ。触れずともスキルの効果を発揮することはできるようだが、その場合は時間が掛かる上に、効果も少々薄れるようだ。
特に、この娘の魔力より魔力保有量が多い者には、スキルの効果が発揮されるまでにそれなりの時間が掛かる。私のようにスキルを弾く魔道具を持っているか、アーティファクト持ちでもない限りは、使い方次第で意のままに操ることができるだろう。
対象は人間に限らず、魔獣にも効果があった。しかも、すでにテイムされた魔獣であっても服従させることができたのだ。このまま洗脳状態にした魔獣や人間どもを使い、人工魔石にするための贄の調達も進めるとしよう。
マギリアの奴らは帝国のとある侯爵とも手を組んだようだが、帝国でならいくらでも実験していいと言う。邪魔をしないのであれば、誰が増えても構わない。
実験が済めば、こいつらもまとめて魔石にしてやるつもりなのだからな――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「子供?」
協力者の下に来てみれば、教養の欠片も感じられないような子供がいた。
おまけに別大陸の者までいる始末だ。
このような場に、いや、この私の前に、こんな者たちを連れてくるなど、マギリアの者は本当に不愉快な奴らだ。
「まぁ、まぁ、モロニー殿、その娘のことは気にせず、こちらへどうぞ」
「…………」
目の前のこの男も本当に不愉快だ。
私を『殿』呼びするなど、一体何様であろうか。
ロンダン帝国の皇族であり、帝位継承権をも持つこの私が、モロニー侯爵家への婿入りなんぞという境遇に甘んじているのは、生まれてきた順番のせいだ。
それでも現皇帝である長兄が、帝国の皇帝らしくあれば、不満を持つことなどなかったであろう。
「なにが、『今は内政に力を入れるべき』だ!」
帝国とは! 領土を広げ、征服してこそ、『帝国』を名乗れるのだ!
だというのに――
長兄も次兄も、その息子どもも、どいつもこいつも軟弱者ばかり!
ならば! この私が立つしかないではないか!
しかし、現状、帝位継承の順位が最も低いのは私だ。全くもって遺憾ではあるが、邪魔な者が多過ぎる。だからこそ、マギリアの奴らを利用することにしたのだ。
便宜上、『協力者』ということになってはいるが、こ奴らなぞただの駒である。
不快感をぐっと呑み込み、寛容な態度を見せてやっているが、いずれ、この男も含めて邪魔な者は皆、処分してやる。
まずは手始めに、次兄であるデイル兄上から潰す算段だ。こちらはすでに、マギリアの奴らの協力でダロイス兵を洗脳し、皇族関係者への襲撃を命じたとのこと。
デイル兄上が当主であるダロイス家の兵が皇族関係者を襲ったとなれば、反逆罪が課される可能性もある。デイル兄上がゼイビア兄上に処断されるのもまた一興だ。
それにしても、マギリアの奴は腕の良い魔法師を使っているのか、洗脳できる人数がかなり多かったようだ。さすが腐っても『魔法の国』と呼ばれていただけのことはあるということだろうか。
せいぜい、時が来るまで都合よく踊ってもらおうではないか――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ロイ坊」
「……キャスラム」
『坊』はやめてほしいと何度も言ってはいるが、皇帝である父もいまだに『ビア坊』呼びされているので、この人に言っても無駄だと、そろそろ諦め始めているところだ。
ちなみに父の名前はゼイビアで『ビア坊』、ルシウス兄上は『シウ坊』、私がロイドで『ロイ坊』、弟のサキオは『キー坊』である。
キャスラムは三賢人の一人で、豊かな茶色い髪に、森のような緑の瞳をした淑女だ。父上よりもずっと年上なようだが、父上より若く見える。まぁ、年齢に関しては口にしないのが正解であろう。
「行くんでしょう? 魔獣の所へ」
「ああ。あとからサキオも合流するらしいしな」
「キー坊はシフの者を協力者として連れてくるようね」
「先に来るのは五人だけのようだが、なかなかの手練れ揃いらしい」
「うふふ、副騎士団長と副魔法師団長、それから『狂気のベルツナー』でしょう?」
「狂気のベルツナー?」
「ええ、なんでもゼバマ兵を一人で百人切り伏せた剣豪らしいわ」
「百人を剣で倒したってことか? 一人で?」
「ええ、だから『狂気』って言われてるのよ」
「さすがに誇張だろう?」
「どうかしらね? 会える機会があるのだから、聞いてみればいいわ」
「……そうする」
やはり誇張だとは思うが、手練れの剣豪ということなら興味はあるしな。
「それより、これ、持って行きなさい」
「これは?」
「装着式のアーティファクトよ。それを着けている間は魔力量が上がるわ」
「……国宝じゃないのか?」
「こういうのは使ってこそでしょ。大事に仕舞っておいたって意味ないわ」
「父上の許可は?」
「もちろんちゃんと取っているわよ」
「なら、使わせてもらうよ」
「ええ、しっかりおやんなさい」
渡されたアーティファクトの指輪を装着し、騎獣の下へと向かう。
まずは、私と側近のハインリヒとブラッドリー、それから第一分隊と、魔法師団長とその直轄部隊とでザーケレーン方面へ向かう。あとからサキオが第二分隊と、魔法師たちも引き連れてくるだろう。
今回の件、おそらく帝国にマギリアと通じている奴がいる。
まぁ、予想はついているが……。
自国を傷付けるような行動に出た時点で、皇帝の器ではないのだ。
下手な野心など抱かず、平和に生きていればいいものを……。
わざわざ面倒事を引き起こすのは、私には理解できないことだなと考えながら、これからの戦いに備えて、気を引き締め直すことにした。
――さあ、行くか!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「スチュー、どう思う?」
「そうですねぇ……。魔獣は、てっきり不帰の森から調達しているのかと思っていたのですが、どうやらオストルの森から連れてきているようですし、そうなるとマギリアの者だけで動いているとは思えなくなってきました」
「だよなぁ……。マギリアの奴がわざわざ帝国の管理する森から魔獣を調達するなんて、リスクが高過ぎるし、意味が分からねぇ。となると、帝国のヤツが噛んでる可能性が出てくるわけだ」
「マギリアが一方的に攻め入ろうとしているわけではなく、マギリアが絡んだ内乱の可能性が高くなりました……」
現在、私たち『赤き竜』は、ロンダン帝国の要塞都市トットリアにいる。
私たちがトットリアに着いた頃には、すでにトットリアの南東にあるザーケレーンという街に、魔獣の群れが押し寄せている話が聞こえてきた。
ロンダンの兵が魔獣の群れを抑えているようだが、魔獣の数はいっこうに減らない様子で、いつまでもつか分からない状態だ。
「どうする?」
「内乱に関与する依頼は受けていませんから、その辺に関しては報告するだけでいいでしょう。ただ、魔獣に関しては、場合によっては討伐をと言われていますからね。どうやら魔獣を引き連れて北上するようですし、万が一にも魔獣がカレッタに流れるなんてことがあっても困りますから、折を見て潰しましょうか」
「あいよ!」
「やっぱり調査より討伐の方が性に合ってるよな」
「まぁ、調査依頼なんてそんなに来ないんだから、たまにはいいじゃないか」
「そりゃ、『A級なら調査するより高ランク魔獣斃してこい』って言われるしな!」
どうやらパーティーメンバーも魔獣討伐には乗り気のようだ。トットリアのギルドに魔獣討伐の協力を申し出れば、止められることもないだろう。
――では、行くとしましょうか。