◆96・その目に映るのは……
誰でもわかる前回のあらすじ!
―――――『リリたん、サンヨルドの街を出る!』
サンヨルドの街を後にし、少し進んだ所の平原で、朝食を広げながら休憩しようとしていると、ソウさんとトラさんが現れた。どうやら「すぐ帰る!」と言ったナツメさんたちが、思った以上に帰ってこなかったので、迎えにきたらしい。
特にトラさんは、弟のようにかわいがっているロックくんが帰ってこないことに、ヤキモキしていたらしい。
「ロック! 元気だったかにゃん?」
「元気にゃ~!」
トラさんとロックくんの微笑ましい再会を横目に、その隣でソウさんに正座をさせられ、すごい目で見下ろされているナツメさんを見遣った。
「すぐ帰ると言って、何日経ちました?」
「にゃ……三日くらいかにゃ?」
「六日です」
「にゃ? いつの間に……」
「あなただけなら数日戻らなくても心配はしませんけどね、ひとりで転移できないロックも一緒に戻ってこないものだから、トラが心配していたんですよ」
「吾輩が一緒にいたから心配しにゃくても……」
「戻らないなら戻らないで、一言伝えに来るなり、なんなりできたでしょう? 転移すれば一瞬で済むことでしょうに」
「にゃ……」
ああ、そうだね。「数日くらい問題ない」とか言いつつ、ほぼ一週間いたもんね。一応、お土産とか買って、みんなのことを気にかけてはいたんだろうけど、帰る気配はなかったしね。
「で? どうするんです?」
「もう少しいようかにゃ……と……」
「……わかりました。トラをおいていくので、よろしくお願いしますね」
「にゃ! 任せろ! あ、これ、お土産にゃ」
――わぁ、お土産が賄賂に見えるなぁ。
ていうか、さり気なく居座り決定したね。まぁ、どれだけいてくれてもいいんだけど、このソウさんを前に、よく「もう少しいる」とか言えたな……。ナツメさんの心臓は鋼でできているらしい。
「僕、まだリリアンヌと一緒にいていいにゃ~?」
「いいですよ」
「オイラも一緒だにゃん!」
「やったにゃ~!」
「にゃ……、吾輩に向ける目と違いすぎにゃいか?」
「あなたは保護者役でしょう。しっかりしてください」
「にゃ……」
――わぁ、なんだか生々しい力関係が垣間見えるなぁ。
まぁ、ナツメさんには悪いけど、正座で猫に説教される猫とか、背景に宇宙が見えそうで、見ている分には楽しい。
誰が正座を教えたのかは知らないけど、猫って正座できたんだね。
今は猫獣人型だけど、足は猫だからさ……。あれ、足、どうなってんだろ。
「リリアンヌ、騒がしいかもしれませんが、よろしくお願いしますね」
「は~い」
少々騒がしくても、もふが増える分には何の問題もない。むしろ大歓迎である。
あとでトラさんももふらせてもらおうと考えていると、お腹をぐりぐりされる感触を感じて、視線を下に落とした。
「リリィは僕をもふもふしていればいいでしょ」
なにやらレイがちょっぴりふくれっ面で、私のお腹に自分の頭をぐりぐりとめり込ませるように擦りつけていた。
――え、なにこれ、かわいいな。
こんなこと言ってるけど、実はレイだって結構なもふもふ好きだと思う。
だって夜中にこっそり、ナツメさんのお腹にもふもふダイヴしてるし、人間には塩対応なのに、猫妖精やもふもふ霊獣とかには甘々対応なのだ。
まぁ、もふらせてくれると言うなら、遠慮なくもふもふしておこう。
そうして、新たな旅の同行者にトラさんが加わることが決定し、せっかく来たソウさんも朝食にお誘いして、みんなで朝食を食べ始めることにした。
「リリアンヌの料理、久しぶりだにゃん」
「リリアンヌが森を出るまで、ほぼ毎日いただいてましたからね」
「リリアンヌ様の料理は本当に美味しいです」
「リリィの料理の味を覚えると、他で食事を取るのが億劫になってしまうよな」
「俺、リリィに料理、教えてもらおうかな……」
舌を肥えさせてしまったみんなには申しわけないけど、食事に関しては、自分の欲を我慢できなかった結果である。美食に溢れた日本の記憶がある私が、美味しいものを我慢できるわけがないのである。
しかし、ルー兄に料理を教えたところで、地球産の調味料があってこその料理が多いしなぁ。手間をかければどうにかできるかもしれないけど、さすがに調味料から作る気は毛頭ないし、めんどくs……げふんげふん。
醤油とか作れる気もしないな。マヨネーズはできるかもしれないけど、異世界産の生卵とか、無理。魔法で浄化とか滅菌とかできるかもしれないけど、やっぱ無理。そもそもスキルで交換できるものを、いちから作るとか無理。
うん、私ってこういうやつだよね。「ごめんよ、ルー兄」と思いながら、お手製ベーグルサンドを頬張っていると、ふと視界の端の上空に影を感じた気がして、そちらに視線を向けた。
すると西の上空に、かなり大きい鳥の影が五つ見えた。
「でか……」
「ん? あぁ、あれはレッサーワイバーンじゃないか?」
「レッサーワイバーン?」
「通常のワイバーンよりも小型で、ロンダン帝国では騎士団が騎獣にしていると聞いたことがある」
鳥じゃなかったのか……。
アルベルト兄さんの言う『通常のワイバーン』というのは、グレイド山の山頂付近をブンブン飛んでいる、あの小型飛行機くらいの大きさがあるワイバーンのことだろうか?
あのワイバーンより小型と言ったって、ここから見ても結構な大きさに見えるんだから、レッサーでも大きいんだろうな。
「にゃはは、あれはテイムされているようだから、魔法で撃ち落としたらだめだぞ、リリアンヌ」
「しないし……」
「またビリビリ見たいにゃ~」
「しないよ……」
どうやら、ナツメさんとロックくんは、私が封印しておきたい黒歴史をほじくり返そうとしているようである。
少し前に、ナツメさんに強制連行される形で、白竜様のいるグレイド山を登った時のことである。
ちょっとワイバーンを魔法で何とかしようとして、思った以上の惨劇を引き起こし、その時使った魔法とともに、あの日の記憶も封印しようと心に決めたのだ。ナツメさんたちのフリを全力無視する所存である。
そうこうしている内に、西に見えていたレッサーワイバーンの影が、あっという間に私たちの頭上を通り過ぎていった。
頭上に見えたレッサーワイバーンは黒くて、なんかちょっと格好良かった。
「私の知ってるワイバーンと違った……」
「グレイド山にいるのは、レッサーワイバーンの上位種だしね。普通のワイバーンは、人にはテイムできないと思うよ」
「そうなんだ」
「うん、でもリリィならできるかもね」
「……しないよ」
なんで「人にはできない」ということを、「リリィならできるかも」とか言うんだ……。これで、本当にできてしまったら、また人外容疑を掛けられかねないではないか! レイ……、恐ろしい子!
ああ、でも、ワイバーンは要らないけど、さっき見たレッサーワイバーンにはちょっと乗ってみたいかもしれない。
「アルベルト兄さんは、レッサーワイバーンにも乗れるの?」
「イーグル系の飛行型騎獣には乗れるが、レッサーワイバーンには乗ったことがないんだ。乗るなら、少し訓練が必要だろうな」
「そうなんだ……」
「レッサーワイバーンに興味あるのか?」
「まぁ、ちょっと格好良かったから、乗れる機会があれば乗ってみたいなって思っただけ」
「そうか。私もその気持ちは分かるよ。いつか乗ってみたいとは思うが、レギドールでは、帝国ほど騎獣の数も種も多くないからな」
「そっかぁ。でもイーグル系の飛行型の騎獣には乗ってるってこと?」
「ああ、緊急の時だけではあるがな」
イーグル系か……。それはそれで格好良さそうだ。
騎獣に一人で乗るには許可証が要るんだよね? どうやって取るんだろうか。
「にゃ? リリアンヌは空を飛びたいのか? 自分で飛べるだろう?」
「そうだけど、自分で飛ぶのと、騎獣に乗って飛ぶのは別だよ」
「にゃら、ラダかラキに乗せてもらえばいいんじゃにゃいか?」
「…………。ラキさんはともかく、ラダさんはやだ……」
「にゃぜだ?」
少し前にあったラダさんとの出来事を脳裏に思い浮かべた私の目は今、ハイライトが消え去った深淵色をしていることだろう。
そう、ラダさんは私を乗せては飛ばない。『掴んで飛ぶ』のである。
「ラダさんはやだ……」
ナツメさんに不思議そうな顔をされつつ、もう一度つぶやいた。
いつか自分で飛行型騎獣に乗るか、誰かに乗せてもらおう。ラダさん以外に。
密かな決意を胸に秘め、朝食の時間を終えた私たちは、ソウさんを見送ったあと、再び次の街に向けて出発したのであった――。