◇95・空飛ぶ幼女の祖父も空を飛ぶ。/side:ライナス
リリアンヌに手紙を出し、数日経ったころにリリアンヌからの返事が届いた。
飛文書は保護魔法とともに、一時的に光の粒となる魔法がかけられているため、一見すると転移しているように見えるが、実際には転移しているわけではなく、物理的に飛行していくものだ。
種類によって飛行速度が変わるが、通常の飛文書であっても、飛行型の騎獣に乗って飛んで行くよりは、遥かに速い飛行速度で相手の下へと飛んで行くのだが。
相手がいつ手紙を出したかにもよるが、返信に数日かかったということは、リリアンヌは思ったより遠くにいるのかもしれない。そんな推測を立てながら手紙を見ると、やはり「遠くにいるので、すぐに会うことはできない」ということが書かれていた。
非常に残念に思う反面、リリアンヌに会うつもりがあることに安堵もしている。
しかし、そんなに遠い場所へと一体どうやって行ったのだろうか。一人で行ったのか、妖精の力を借りたのか……。早く会って安心したいものだ。
リリアンヌの捜索に関しては、不自然にならぬように徐々に捜索隊の人員を縮小していくことにした。万が一、この手紙の主がリリアンヌではない可能性も考慮し、少人数での捜索は続行することにする。
しかし、妻や娘家族たちも随分と心配しているので、無事であることは伝えたいが、リリアンヌの姿を確認するまでは伏せておくべきか、悩ましいところだ。
そろそろ一度、領地に戻りたいところではあるが、デイジーの捜索に加わることが決まったので、まだ王都からは離れられそうにない。
王城では、デイジーに関する抗議文をロンダン帝国へと送り、その回答として帝国の第三皇子殿下が使者としてやって来たそうだ。今頃、王城ではその話し合いがされているだろう。
そう思って、数刻経った頃だった。
王城からの緊急の召喚状が届き、急ぎやって来てみれば、これからロンダン帝国へと向かってほしいと言われたのだ。帝国へ向かうということは、やはりデイジーが帝国にいるということだろうか。
そうなると、我が国と帝国との関係はどうなるのか……と邪推しかかったところで、今回のデイジー略取の黒幕は、マギリア王国である可能性が濃厚であるらしいと告げられた。
どうやら、第三皇子殿下がシフに着いて早々に、『帝国にて起こった事件や異変に、シフから略取されたという特異スキル保持者が関与している可能性があるかもしれない』という報せが届いたようだ。
帝国側としては、その特異スキルの情報を求め、シフとの協力体制を望んでいるとのこと。本来であれば、帝国で起こった事件の詳細を他国に漏らすことはあり得ない話だが、シフとの信頼関係を築くためにも、今回起こった事件の、でき得る限りの情報を伝えてきたのだそうだ。
そして、その結果――
「これは、ワイバーンですか?」
「いえ、『ワイバーン』と呼ぶことも多いですが、これはレッサーワイバーンです。ティングレー山脈の中央にある霊峰グレイド山の周辺で多く見られるワイバーンは、レッサーワイバーンよりも大きく、随分と狂暴で強力ですから、テイムするのはかなり難しいでしょうね」
「レッサーと言えど、この種も随分と強そうですがね」
「比べる相手が他の魔獣であれば、かなりの上位種と言えると思います」
「ははっ! ワイバーンはドラゴンの眷属とも言われておりますからな!」
「幼い頃に聞いた話ですが、グレイド山にワイバーンが多くいるのは、主であるドラゴンを守護するためで、山頂にはドラゴンがいるとか、いないとか……」
「ああ! その話は私も聞いたことがありますな。『山の麓には不帰の森が広がり――』という、あのおとぎ話にそういう話がありましたな!」
「あの話はシフにもあるのですね」
帝国の第三皇子殿下を、本人の希望で『サキオ殿下』と呼ぶことにした私とシフ王国の面々は、王城内の騎獣乗り場に集まっていた。
まずはロンダン帝国側、サキオ殿下とその側近、ディーン・ポットハースト殿とトラヴィス・カークランド殿。そして、サキオ殿下の護衛として付いている帝国騎士団の第二分隊員が四名。分隊長のアンディ・マカロック殿と副分隊長のノーマン・ウィンター殿、隊員のスティーブ・トリケット殿とカラン・スミス殿だ。
そして、シフ王国側からは、王国騎士団の副団長であるスタンリー・ハーティガン殿と、騎士のグラント・ゴスパー殿。魔法師団の副師団長リアム・ローズ殿と魔法師のジョエル・メカトーフ殿。そして……、なぜか私、ライナス・ベルツナーである。
集った面々と、五頭のレッサーワイバーンに視線を配りながら、何故こうなったのかを思い返してみた――。
サキオ殿下たちは此度の我が国への来訪に際して、なんと驚くべきことに、たった七人でやって来たらしい。皇族の移動ともなれば、護衛や世話役などの諸々を考えると、最低でも数十人は付いてきて然るべきだと思うのだが……。
「今回は使者として来ているわけですし、急いでいたこともあるので」とおっしゃっていたが、かなり身軽に動く方のようである。しかも、先ほど皆が話していたレッサーワイバーンを騎獣にして、高速飛行して来たというのだから、さらに驚いた。
帝国では騎獣移動が盛んであることは知っていたが、まさか皇子が吹き曝し状態でワイバーンの背に乗って飛んでくるなど、誰が予想できたであろうか……。
そんなサキオ殿下たちとシフ側が話し合った結果、帝国で起こった事件にデイジーが関与している可能性が濃厚であると判断されたようだ。事の真偽を確かめ、デイジーの存在が確認された場合は速やかに確保することとし、それに関してシフ王国とロンダン帝国は協力体制を取ることになったのだ。
そして、すでに事が起こっているために、早急な対応をすべきと判断した両国は、シフからも協力する騎士団員と魔法師団員をロンダン帝国へと送ることを決定した。
いらぬ邪推を避けるために、騎士団長と魔法師団長を他国に派遣することは見送られ、騎士と魔法師の数にも制限がかけられたが、すでに騎士と魔法師の数十名が帝国に向けて魔馬車を飛ばしている頃だろう。
そして、この場に集った面々は、サキオ殿下たちが乗ってきた騎獣、レッサーワイバーンに同乗して帝国へ先行するのである。
そう、空を高速飛行して、帝国へ向かうのだ。
しかし、その飛行組に私が入っているのが解せぬのだが――。
「そろそろ、飛行準備に入りましょう。騎乗後に、風除けと保護の魔法をかけますので、そのおつもりで」
「「「はい」」」
「ホーク系の騎獣には乗りますが、ワイバーンは初めてです。不謹慎かもしれませんが、少々浮足立ってしまって……」
「ゴスパー様の気持ちはよく分かりますよ。かく言う私も同じような気持ちです」
「ははっ! ワイバーンは格好良いですからね! 喜んで乗ってもらえる方が、こいつらも喜びますよ」
確かにワイバーンに騎乗するのは、気分が高揚するのは理解できる。
しかし、その騎乗組に私が入っているのが解せぬのだが――。
デイジーの捜索に加わることは承知していたが、私は先に出発した魔馬車組でよかったのではないだろうか。思わず、私をワイバーンに同乗させてくれるカラン・スミス殿にそう漏らしたところ、「え? ワイバーンに乗るにはそれなりの胆力も必要ですし、シフの剣豪と名高いベルツナー卿であれば、間違いのない人選だと思いますが」と返された。
剣豪を名乗ったことはないのだが、私が選ばれた理由があったことには納得した。これ以上は、考えたところで私がワイバーンに乗ることは決定であり、なんならすでに乗せられているので、理由の深掘りは無意味である。
「では、行きましょうか!」
騎獣隊の先導をするアンディ・マカロック殿の号令で、私たちを乗せたレッサーワイバーンが、次々と空へと飛び出した――。
次回のリリアンヌへの手紙にこう書こう。
――リリアンヌ! 私はワイバーンに乗ったぞ!