◆93・事の次第と街歩き
「私は帝国騎士団所属のジェシー・ハインズだ。前の馬車の主が、先ほど魔法にて助力した者に礼をと言っている。魔法師は名乗り出てくれ」
――え? 帝国騎士団?
騎士団が護衛してたってことは、もしや、前の馬車の主は、やんごとない感じの人ってことだろうか? なんか、面倒そう……と、考えていると、アルベルト兄さんがハインズさんと話し始めた。
私の代わりに雪丸さんが魔法を使ったことになっているけど、雪丸さんは基本的に、必要最低限のことしか人と話さないし、名前も名乗らない。アルベルト兄さんもそれを分かっているので、お礼は要らないという話をしているみたいだけど、ハインズさんたちが「魔法師に直接話を聞きたい」と食い下がっているようである。
結局、雪丸さんが出ていくことになり、そのついでに、捕縛した人たちを縄で縛り直してもらうことにした。ぐるぐるバインドは、私が消さない限り消えないからね。それと、彼らが状態異常であることも伝えてもらうことにした。
なんだか、すいませんねぇ……と心の中で謝罪していると、ルー兄がボソリと呟いた。
「やっぱり、帝国語はちょっとしか解らないなぁ……」
「…………ん?」
――帝国語?
「リリィは、レギドール語とか共通語も上手だけど、帝国語も話してたよね? すごいなぁ」
「…………え?」
私、そんな言語知らんですよ?
一体、どういうこっちゃと、困惑し始めたところで、ハッとした。
〈言語理解〉か!
今まで全く意識してなかったから、すっかり忘れていたけど、どうやら無意識の内に〈言語理解〉のスキルを発動し、多言語使いになっていたらしい。
どれがどの言語かすら、よく判っていないんだけど、もしかしたら、スキルであることをもっと意識して使えば判るようになるかも……?
言語に関しては、やっぱり外に出ないと分からないことだったなぁ……と思う。
森にいたら、人間とは話さないもんね……と、ナツメさんたちに視線を向ける。
「まだ動かにゃいのか?」
「あの人間も、さっきのぐるぐるにすればいいにゃ~」
「ロックくん、それをやっちゃうと、余計な面倒事になっちゃうから、やめておこうね」
「そうなのにゃ~?」
そうなんだよ、ロックくん。騎士団の人をいきなり拘束して逃げたら、指名手配とかされちゃうと思うな。
そうこうしている内に、戻ってきた雪丸さんが薄く笑いながら、平坦な口調で呟いた。
「なかなかにしつこくて、あの者どもの意識を刈り取ってやろうかと思いました」
――なんだか、意識と共に、魂も刈られそうである。
「……おつかれさまで~す」
どうやら、前の馬車の主は、ロンダン帝国・第三皇子の婚約者様だったようだ。
公務での移動中だったために、騎士団の護衛が付いているのだとか。
で、捕縛された襲撃犯をよくよく見ると、ロンダン帝国のとある公爵様の私兵だと判明。だけど、その公爵様は、王室とは良好な関係を築いていて、第三皇子の婚約者を襲うなど考えられない……と思っていたところに『状態異常』という話が齎され、詳しい調査をするために、帝都に向かうことになったらしい。
そして、その調査に雪丸さんも同行してほしい、調査が終わったら騎士団に来ないかと勧誘され、何度断わってもしつこく食い下がられたので、ほんの少し殺気を向けたら、ようやく引いてくれたのだとか。
雪丸さんの「少し」は、きっと私が思っている「少し」とは違うと思うな……。
雪丸さんは、『怒らせてはイケナイ人・ランキング(私調べ)』TOP3の一角である。ちなみに、あとの二人は白竜様とソウさんだ。
そんな雪丸さんがマジックバッグを漁りだし、バッグから取り出した芋けんぴを齧りだした。芋けんぴを齧る美形、シュール。
「僕もそれ、食べたいにゃ~」
「吾輩も!」
君ら、ちょっと前にさんざん、クッキー食べてたでしょうに……。
どさくさに紛れて、レイも手を出していた。
結局、みんなで芋けんぴを齧り、ポリポリ、ポリポリという音が車中に響く。
珠青と望湖にも芋けんぴをあげ、ベティちゃんにも水や餌をあげたら、次の街『サンヨルド』を目指す。サンヨルドでは街に入って、宿に泊まる予定である。
「日が沈む前にサンヨルドに着いたら、ちょっとお買い物に行ってもいい?」
「いいですよ」
「にゃ、吾輩も行くぞ!」
「僕も行くにゃ~」
というわけで、無事にサンヨルドに到着し、ベティちゃんを一時的に預けたら、みんなで街を散策することになった。
ナツメさんは屋台に行きたいらしく、人型に変身。ロックくんにも、ナツメさんが〈変身魔法〉をかけてあげたらしく、なんとロックくんも人間姿になっていた。
ちょっと色黒で白髪青眼の、めちゃかわ幼児だ。身長は私より、ちょっとだけ小さい。弟ができた気分である。
「……人間になった?」
「え? あれ? え?」
アルベルト兄さんとルー兄が驚いているから何かと思ったら、そういえばナツメさんが人間に変身するところを見るのは初めてだったかと思い至る。
まぁ、驚くよねぇ。猫のサイズに驚き、喋ることに驚き、実は妖精であることに驚き、『驚きの宝石箱や~』と言いたい気持ちはよく分かるが、猫妖精たちへの驚きはさておくことにしよう。
ロックくんと手を繋ぎ、保護者組に囲まれながら、サンヨルドの街へと繰りだす。時々、目に付いた食材を買ったり、工芸品らしきものを買ったりしながら、ナツメさんの希望でもある屋台も回る。
「にゃ、あれは『ニャシャーリ』じゃにゃいか!」
「にゃしゃーり?」
「甘くて、シャリシャリしてる果物にゃ~」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆ナシャーリの果実◆
ナシャーリの木から八月~十月に採れる果実。独特な食感と甘い果汁が美味。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ニャシャーリじゃなくて、ナシャーリだった。
見た感じ、梨っぽいものだと思われる。
「にゃ、これはお土産用にもたくさん買おう」
どうやら、森でお留守番中の猫妖精たちに持って帰るらしい。
「ナツメ様、僕、あれもほしいにゃ~……」
「にゃ? どれだ?」
ロックくんが指差したのは、近くの露店で売っている、子供用の木剣らしきものだった。
「ああいう物にゃら、吾輩が作ってやってもいいが……まぁ、旅の記念というヤツだにゃ。わかった、好きにゃのを選ぶといい」
「やったにゃ~!」
……かわいい。まぁ、猫妖精は基本的に魔法特化だから、剣で戦うことはないだろうけど。修学旅行とかで、木刀が欲しくなっちゃうアレに似た感じなのかもしれない。
そんなこんなで、いつの間にか、私は雪丸さんに、ロックくんはルー兄に抱っこされ、次の屋台へと向っていた。
「やはり串焼き肉か……、あのチーズのもいいにゃ……」
「僕は~……、あの甘い匂いがするヤツがいいにゃ~」
「あ、あれ美味しそう」
「どれですか?」
「あのお肉と豆のヤツ」
「あ、僕もあれ食べたい」
「俺は串焼き肉かな……」
「みんな、飲み物はいいのか?」
「順番に回りましょう」
こうして、その後も屋台を巡り、街歩きを堪能したあと、私たちは今夜の宿へと向かったのである――。