◆90・なんか見たことある
誰でもわかる前回のあらすじ!
―――――『リリたん、魔獣に怯えられる!』
騎獣屋にて想定外の騒ぎが起こりそうなところを何とか凌ぎ(?)、魔獣たちが落ち着きを取り戻したところで騎獣屋の店主らしき人が声を掛けてきた。人が良さそうな、ちょっと丸っこくて、なんかかわいい感じのおじさんだ。
「いやぁ、お騒がせしてしまって申しわけないね。私もちょっと驚いちゃったけど、普段はこんなことないんだよ? いつもみんな大人しいんだけど、今日はどうしちゃったのかなぁ……」
――すんません。私のせいです。ホントごめんなさい。
「いえ、魔獣は人より敏感な生き物ですから、いつもと違う何かがあったんじゃないですかね」
「……いつもと違う……そういえば今日は『お試しに』ってもらった北方の草を餌に混ぜてみたんだけど……ダメだったのかな……」
雪丸さんの言葉を聞いて、はっとしたように魔獣たちの前にある餌箱に目をやった店主さんは、偶然にも『いつもとは違うもの』に思い当ってしまったようである。
――すんません。私のせいです。名も知らぬ北方の草とそれを渡した人、ホントごめんなさい。
「ダメだったかはどうかはわかりませんね。『初めてのもの』に反応しただけかもしれないですし」
「……そうだね、様子を見てもう一回試してみようかな」
――是非、そうしてください! 雪丸さんナイスフォローありがとう!
内心、お騒がせ犯であることに冷や汗を流しながらも、努めて冷静であろうとするあまり、不自然なほどの無口っぷりに加え、どっからどう見ても不審者な視線さばきの私。そんな私を無言でチラッチラ、チラッチラ見てくるルー兄とアルベルト兄さん。
店主さんが、雪丸さんに視線を取られることなくこちらを見ていたら、完全に怪しまれること間違いなしであったが、運良く(?)店主さんは、私たちのコント並みな挙動不審っぷりには気付かず、気を取り直すように「ようこそ、いらっしゃい!」と歓迎してくれた。
――へい、いらっしゃいました!
そんなこんなで、店主さんにこの国での騎獣の扱い方やルールなどを軽く説明されながら、おススメの魔獣のところへと案内される。
この世界では、魔獣が牽く車を『魔馬車』あるいは『魔獣車』と呼ぶ。
魔獣に直接乗る場合は『騎獣』だ。
ロンダン帝国では、スキルでテイムした、あるいは『従魔の魔道具』というものでテイムした魔獣を、騎獣として移動手段に使うのが一般的である。
ただし、魔獣を騎獣として扱えるのは、国から発行される許可証を持っている人のみだ。許可証の申請はギルドか出身国の専門部署で申請し、審査と試験に通れば発行される形で、運転免許と似た感じだと思われる。
で、そんな騎獣取扱い許可証をアルベルト兄さんが持っていたので、このお店で魔馬車を借りる予定である。
借りた魔馬車は、あらゆる街に設置された『騎獣返却場所』にお返しすると、専門業者の人が魔獣に付けられた登録証を頼りに、それぞれのお店に返してくれるらしい。レンタカーの乗り捨てシステムみたいなものである。
お店は厩舎のような感じだ。区切られた小部屋が並び、その中にいろんな魔獣がいる。馬房ならぬ、獣房といったところだろうか。
ロンダンではあちらこちらに騎獣屋があって、騎獣屋によってスピード特化、荷運び特化、乗り心地特化などの特色があったりするらしい。今いる騎獣屋はオールラウンドタイプのお店で、いろんなタイプの魔獣が揃っているとのこと。
ガッシリしたチョコb……ダチョウみたいな魔獣とか、デッカイ鷲みたいな魔獣、コモドドラゴンみたいな魔獣に、狼っぽい魔獣と、初めて見る魔獣が多く、異世界動物園みたいな感じで、何時間でもここにいられそうである。
みんなカッコイイし、乗ってみたいなとワクワクが止まらない。今は雪丸さんの魔法のおかげで、魔獣たちに怯えられることもなく、かなりの至近距離でご対面させてもらっている。まぁ、こうして能天気に見ていられるのは、ここにいる魔獣がみんな大人しいからである。
今のところ、お気に入りはコモドドラゴンタイプの子である。ツヤツヤの飴色の鱗を纏った、つぶらな瞳のツルツルくんである。ツルツルちゃんかもしれないが。
まぁ、見た目がお気に入りでも、今回はスピード重視で選ぶようで、コモドンは候補に入れてはもらえなかった。コモドンは力が強い重量タイプ。走りが遅いわけではないけど、どちらかと言えば荷運び特化なのである。
で、スピード特化でありながら、力も強い、「かなりのおススメだよ」と紹介してくれる魔獣は、なんと『スレイプニル』らしい。
私が知っているスレイプニルといえば、八本足の黒い馬だ。八本も足があったら、なんか絡まりそうとか、座るの大変そうとか思うけど、彼の有名なファンタジー生物に会えるのは、単純に楽しみである。
ルンルン気分で店主さんの後を追い、「この子だよ!」と紹介されたのは、ツヤッツヤの黒毛を持った超デッカイ馬だった! どう見ても世紀末覇者用である。
「ほぇ~!」
思わず声を上げながら、黒●号……じゃなくて、黒ニルさんを見上げた。すると、黒ニルさんもこっちを見ていて、しばらく見つめ合い、ふと視線を下げた瞬間に気付いてしまった……。
――八本足ちゃう……。
いや、一本一本の足が太くて、二本で一本みたいな感じだから、ある意味八本足かもしれないけど、でもやっぱり、八本足じゃない四本足である。
まぁ、想像とは違ったけど、四本足でも全然いい。カッコイイしね。ばんえい競馬に出たら、ぶっちぎり優勝しそうなマッチョニルである。よし、この子の呼び名は『黒マッチョル号』に……
「この子は『ベティ』っていうんだよ。かわいいでしょ?」
――女の子かぁ~い!
ごめんよ、ベティちゃん。
危うく超勇ましい呼び名を付けてしまうところだった。ギリギリセーフである。
スレイプニルは、ベティちゃんのほかにもあと三頭いたんだけど、今いる中ではベティちゃんが一番のおススメっ娘らしい。なので、私たちはベティちゃんに乗せてもらうことにした。正確にはベティちゃんに専用の箱馬車を牽いてもらうのだが。御者役は、いわずもがなアルベルト兄さんである。
騎獣取扱い許可証を持ったアルベルト兄さんを、専用の魔道具を使って、ベティちゃんの一時的な主として設定したり、ベティちゃんに関する詳細を説明してもらうため、場所を移すことになった。
再度移動を始めた店主さんを追いかけつつ、私たちは獣房にいる他の魔獣たちをキョロキョロと見回しながら歩き……
とある獣房の主と目が合った瞬間、強制フリーズした。
「「「………………」」」
私もルー兄も、アルベルト兄さんも絶句である。
「にゃ! 元気だったか? リリアンヌ!」
――なにしとんじゃあ~!
なんでここにいるのか果てしなく謎だが、ナツメさんがいた。
「あ! リリアンヌ! 久しぶりだにゃ~!」
久しぶりというほど、久しぶりでもないけど、ナツメさんの影からロックくんが飛び出してくる。
一体どういうことだと、ナツメさんに話を聞こうとしたところで、騎獣屋の店主さんに「どしたの? そこは何にもいないでしょ」と声を掛けられた。
そういえば、猫妖精はほとんどの人には見えないんだよね。何もいないはずの所をみんなで眺めてたら、そら困惑しますわな。
ちなみに、雪丸さんとレイは平然としていたので、ナツメさんたちがいたことに気付いていたのかもしれない。
再び歩き出した店主さんと少し距離を置きながら、かなりの小声でナツメさんとロックくんに話しかける。
「(ナツメさん、ロックくん、何してるの?)」
「にゃにって……リリアンヌに会いにきただけだぞ」
「ナツメ様に連れてきてもらったにゃ~」
「(会いに……)」
「にゃ、ソウやセキもいるし、数日くらいは森を離れても平気だからにゃ」
「リリアンヌのご飯が食べたいにゃ~」
――ご飯目当てかいっ!