◇89・赤の枯れぬ欲望
「ヒナ様、我が手の者が帝国に入ったとのこと。もうまもなくヒナ様の素体を手に入れることができましょう」
「ホント? あのデブに横取りされないでしょうね?」
「ええ、デルゴリアが送った素体を受け取る予定の部隊は、既に我が手の者だけになっておりますゆえ、ご安心ください」
「なら、いいけど」
巻いた赤髪を指先でくるくると弄びながら、代々アタシに協力的なゾルジ家のダミアーノから報告を聞いて『ああ、やっとか』と思う。アタシの素体としてちゃんと使えるのは、アタシの血が入ってるものだけ。それ以外だと数年で劣化しちゃうから使えないのよね。
今の体もそこそこ気に入ってるけど、使い始めて二年は経っている。あと三年くらいは使えるだろうけど、あのいけ好かない侯爵令嬢の体を奪ってやるのも面白いかもしれない。
今のアタシはゾルジ家の令嬢ってことになってるから同じ侯爵家令嬢って身分なのに、王子の婚約者だからって調子に乗ってんのよね。ああ、でもアイツの体を盗ったら、アイツの悔しがる顔が見れないか。やっぱり素体に乗り換えてから王子を盗ってやろう。
この世界に来た時は、こんな最悪な所に勝手に連れてこられて、マジでふざけんなって思ったわ。今でもまだ思ってるけど、日本に帰る方法なんて分かんないし、ここにいるしかないんだけど。スマホないし、かわいいものも、美味しいものも全然ないし、ホント最悪な世界。
この世界に来て、魔法が使い放題だった時はまだ良かったの。全然満足できるレベルじゃなかったけど、お姫様扱いしてくれるのは良かったし、いつの間にかアタシの思ったとおりに動いてくれるヤツばっかりになってたから、それはそれで楽しかったんだけど。
だけど、こっちの世界に来てから自分が妊娠してたことに気付いて、産むしかなかったのは最悪だったわ。あの女の人生をぶっ潰してやろうと思って、あの女の元彼を使うために何度か寝ただけなのに、妊娠させられてたとかマジでありえない。あの男も死ねばいいのに。ああ、そういえば、アイツ逮捕されたんだっけ? ムカつくけど、あの女を殺してくれたことだけは褒めてやってもいいわ。
あの女、ホント目障りだったのよね。アタシが目を付けてた男が「俺、梅村さんみたいな人がいいんだよね」とか言って、このアタシをフッたのよ? 『ウメムラって誰だよ』って思って探してみたら、同じ会社の女だったんだけど、ブサイクのくせにそこそこイケメンの彼氏がいたのがムカついたのよね。
あんな女と比べられたことも、あんな女より下みたいに言われたことも、ムカついて、ムカついて、だから、あのムカつく女が幸せになるなんて絶対に許せないから、アイツの男を盗ってやったのに全然へこまないし、それどころか、あの白山部長と仲良くしだして余計ムカつくし、だから白山部長も盗ってやろうと思ったのに、全然上手くいかなくてストレス溜まったし、あ~、ホントあの女、今思い出してもムカつく!
「ヒナ様? いかがなさいました?」
「ムカつく女を思い出して、気分悪くなっただけよ」
「ヒナ様の御心を煩わせるとは……。それはどこの者です? 私が消してご覧に入れましょう!」
「あ~、もう死んでるからいいのよ」
「そうですか……。死して尚、ヒナ様をご不快にさせるとは許し難いですね」
「そう! そうなのよ! ホント、ムカつくの! ねぇ、イメリオ、慰めて?」
「仰せのままに」
そう言って微笑みながらアタシを甘やかしてくれるのは、最近お気に入りのイメリオ。イメリオはレギドール神皇国の貴族令息で、確か男爵家の次男だか三男だから遊び相手にしかならないけど、顔はタイプだし、何でも言うこと聞いてくれるから、しばらくはイメリオで楽しもうかなって思うの。
アタシがこの国に来たのは……いつだったか全然覚えてないけど、かなり昔だったわ。この世界に来て最初にいた国は、ドラゴンを怒らせたかなんだかで戦争みたいになって、無くなったのよね。あの時はアタシも巻き込まれて死にかけたし、ホント最悪だった。ドラゴンもドラゴンを怒らせたヤツもマジで死ねって思ったわ。
死にかけた時にたまたま目に付いた妖精に乗り移れたのは良かったけど、そのあと人間に乗り換えたらほとんど魔法使えないし、魔力電池にしてた妖精が見えなくなるし、とりあえずの体として使ってた素体が五年くらいで急に劣化し始めるしで、あの時はかなり焦ったけど、たまたま出会ったレギドールの人間のおかげでいろいろ助かったのよね。
乗り移った人間が急に劣化したことに焦っていた時に、レギドール国のゾルジって侯爵家の人間が『血縁者の肉体であれば馴染むのでは?』なんて言ってさ、その時に、そういえばアタシ、子供産んでたわって気付いて、ゾルジ家のヤツに探してもらったの。
仕方なく産んだけど、産んだあとにアタシを召喚した国のヤツらにあげたんだよね。そのあとアイツらが子供をどうしたか知らなかったし、召喚した国のヤツらはドラゴンにやられたから、もしかしたら子供も死んでるか、見つかんないかもって思ったんだけど、別の国で生きてたらしいの。
見つけた子供は女だったのは良いんだけどまだ十歳くらいで、ガキに乗り移るのはなぁって思って、もう少し成長するまで別の体で我慢することにしたんだけど、ゾルジが『どうせならスペアの素体を何人か産ませておけばよいのでは?』ってナイスなこと言ったから、その案を採用してあげたの。
子供が成長して、三人子供を産ませたあとにアタシの体として使うことにしたんだけど、ゾルジの言ったとおり、自分の血が入っているからか、数年で劣化することもなかったし、スキルも使えたのよね。
ゾルジに聞くまで、この世界にスキルっていう魔法とは別の超能力みたいなのがあることは知らなかったんだけど、調べてもらったら『思考誘導』っていうスキルがあったの。スキルは日本語表示だったから、間違いなくアタシから遺伝したスキルだろうって。
元のアタシだったら他にもスキルがあったかもって思うとなんか悔しいけど、まぁ、スキルよりも自分の血縁者の体を使えば、ずっと若いまま死なずに遊べるって分かったから、そっちの方が大収穫だったわ。
それから娘に産ませておいた子供にも、十五、六歳になった頃にまた子供を産ませて、何度か体の交換をしてきたんだけど、何年か前に『婚約者を返して』とか叫びながら走ってきたクソ女に刺されて体がダメになっちゃったのよね。もちろん刺してきたクソ女はぐちゃぐちゃのボロボロにして変態男に売ってやったけど、体をスペアに交換しようと思ったら、残してた素体が二つとも病気で死んでたの。
どっちも子供を産ませる前に死んだから『スペア全滅じゃん!』って焦ったけど、ゾルジが『手元に置いていたのは女児だけで、男児ならマギリアに残っているはずです』って言うから調べてもらったら、アタシの家系の男から生まれた女が妊娠中だって分かったわけ。
だから子供ごとレギドールに連れてきてもらうはずだったのに、レギドールにある教会の枢機卿だかなんだかのハゲでデブのオッサンが横取りしようとしてきたの。
なんか、異世界人の血を使えば新しい聖女か勇者が召喚できるとか言って、人工魔石の作り方とアタシの家系のヤツを交換するのをマギリアのヤツと約束してるとか、ふざけたこと言ってんの。
大体、人工魔石の作り方なんてアタシが考えたヤツだし! 何勝手に交換するとか言ってんだよって思って、ゾルジに『あのデブ消して』って言ったんだけど、すぐには無理だから先に素体を手に入れようってことになって、とりあえずそれに納得したんだけど、マギリアのヤツが肝心の素体を逃がしやがったらしいの! マジでありえない。マジ使えない。マジでクソばっか!
で、それから数年たった今、マギリアのヤツが逃がした素体がやっと見つかったらしいんだけど、見つけたマギリアのヤツが、あのハゲデブの方に素体を渡そうとしてるらしいの。あ~、も~! なんでだよ! アタシの素体だっつの!
まぁ、ゾルジが絶対に素体の確保してくれるって言うから任せるけど。
素体を手に入れたら、あのデブもマギリアのヤツも、ムカつくヤツ全員ぐちゃぐちゃに潰してやんなきゃね――。