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◆86・眼前に出現せし白物体。


「ぷぇぁっ!?」



 目を開けると、眼前に白い物体が見えた。

 寝起きゆえに霞む視界と思考の中で、白い物体の正体がすぐには判別できず、思わず奇声を上げかけた。……ちょっと声が漏れていたことは、私しか気付いていないであろうからセーフである。



 視点はまだぼやけているが、視線だけで辺りを見回すと、まだ夜明け前のような気がする。みんなはまだご就寝中だ。

 


 昨日は、ロンダンに入国したあと、カレッタからの乗合馬車で同乗した男性二人組に紹介された宿にやってきた。二人はやはり親子だったらしく、父親の方がベントスさん、息子さんがダレンさんだ。私たちは四人部屋を借りて泊ることができた。あの大家族一家も同じ宿に泊まっている。



 それより今は、眼前の白物体だ。この物体から身を遠ざけるべきか、視界の焦点が合うまでじっとしておくべきか……。



 前世で、前触れもなくパチリと瞳を開いたかと思えば、すぐさまムクリと身を起こして動き出す友がいたけれど、いまだにあの寝起きの動きが理解できないんだよねぇ。



 何度も「目を開ける前に起きてるんだよね?」と聞いてしまったけど、「起きてるなら目は開けるでしょうよ。寝たふりする必要もないときに、そんなことしない」と真顔で返されたことを、今でも鮮明に覚えている。でもあれは、どう見てもスイッチを入れて起動したロボットの起き方だと思う。



 ぼんやり前世の回想をしている間に、視界の焦点が合い始めたことで、白い物体が紙であるらしいことに気が付いた。(なんじゃこれ……)と思いつつ、ぼけ~っと白いを物体を眺めていると、突然閃いた。



 もしやこれが『飛文書』! 



 ようやく思考が回り始めたところで、ゆっくり身を起こすと、私の動きに合わせて、白い物体も動いた。どうやら一定の距離を空けて浮いているらしい。


 

 手を伸ばして、白い物体改め、白封筒に触れると、浮力を失ったようにふわりと落ちはじめたので、手紙を指で掴み、くるりと翻す。



 宛名書きはないけど、封蝋の紋章には見覚えがある気がした。多分、ベルツナー家の紋章で合っていると思う。実家の紋章であろうと、まじまじと見た記憶なんてないので断言はできないけれど、状況を考えると、この手紙はおじいちゃんからだろう。



 早速、手紙を開封することにする。



「わお!」



 リリたんじっじの手跡が美しい。男らしいカッチリさとダイナミックさがありながら、美しいのだ。字がキレイな人は好きだ。イケメンや美人より、字がキレイな人の方が魅力的である。



 手跡の話はさておき、手紙を読むことにする。



 一応、五歳児向けに書こうとしてくれている気はするのだけれど、ところどころで貴族っぽいなとか、普通の五歳児だったら理解できないかもよっていう文言もちらほら見受けられる。まぁ、私は普通の五歳児ではないからいいんだけど。



 手紙を見る限り、本当に心配してくれているんだなとか、すごくまともな人っぽいことが窺えるので、会いたいという要望に応えるのはやぶさかではないのだけど、今の私はおじいちゃんが知っていた『リリアンヌ』ではなく、梅村花がフュージョンしてしまった『花ンヌ』なんだよねぇ……。



 だから会ったとしても、純粋に『お祖父様!』と慕えるかと聞かれれば、否である。そもそも、リリたんの記憶から『多分、この人がおじいちゃん』という、かなり薄い認識しかないのだ。思わず『あ、どうも、初めまして……』とか言ってしまいそうである。



 なんにせよ、現在はシフ王国から最も離れたロンダン帝国にいるのだ。しかも、これからもっと離れる予定なので、会うとしてもかなり先の話になるだろう。



 とりあえず、『すぐには会えない(物理的に)』というお返事を書こうか。あと、会うにしてもベルツナーの邸には絶対の絶対に入りたくない旨も書いておこう。いくらあの家の異常さがデイジーのスキルのせいであったとしても、リリたんがされたことを許すつもりはさらさらないし、邸に行って『あ、ここでこんなことされたな』とか思い出すのも不快だからね。



 手紙を読み進めると、デイジーについてのことが出てきた。

 デイジーはベルツナー領ではなく、王都で処罰を受けさせる予定であったらしい。……が、その移送中に襲撃されて、デイジーが攫われてしまったらしい。必ず見つけ出して、必ず処罰を受けさせると、まぁそんなことが書いてある。



 ただ、五歳児向けだからか、詳しいことは書かれていない。その辺りの文字の筆圧がやたら強い気がするのと、インクが弾け散ったような小さな飛沫染みがいっぱい付いていたので、おじいちゃんの心情は推して知るべしではあるけれど。



 しかし、デイジー攫われたのか……。正直、心配する気持ちは微塵も湧き上がらない。薄情ということなかれ。五歳であろうと、あれほど明確な悪意を持っていたのだ。リリアンヌがどんな状況になっているか理解しながら、笑ってリリアンヌの環境が悪化することに腐心していた五歳児だ。そもそも、その環境を作り出した元凶でもある。



 シフの専門施設で処罰を受けていたら、変われる可能性もあったかもしれないけど、攫ったヤツがデイジーのスキルを知っていて狙ったんなら、どう考えても悪意のある使い方を想定しているとしか思えない。殺されることとかはなさそうだけど、デイジーの悪意が是正される確率がほぼゼロになったのではなかろうか……。



 デイジーのスキルが何なのかは分からないけれど、多分洗脳系か、魅了系か、そういう系統だと思う。とにかく、デイジーのスキルは、デイジーの思ったとおりに動く人間、デイジーの意志が反映された人間、デイジーに都合の良い人間、そういう人がデイジーの周りに量産されるのだろう。



 それはつまり、デイジーを諫める人間が、デイジーの周りにはいないということだ。そんな環境であの性格が変わることなんてないと思う。むしろ、増長するか、悪化するかの確率の方が高いとさえ思える。攫ったヤツ次第では、爆発的な悪化もあり得るだろう。



 攫ったヤツがデイジーを利用して、自分たちの都合の良い思考を持った人間ばかりで周りを固めたら、奴隷王国よろしく状態になるのでは? 



 あれ? 魔法なら解除できるけど、他人のスキル解除ってどうやるんだろう?



 手紙にはデイジーのスキルの影響を受けた者は、残念ながら今も影響を受けたままだとあった。それって解除する方法がないってこと? スキルを使った本人なら解除できると思うけど、どうなんだろうか。



 まぁ、私が考えてもどうにもならんね。正直、家族(?)とか、ベルツナー家の使用人だとかがスキルの影響を受けたままだと聞いても「そうなんだぁ」くらいしか思えないな。



 リリたんの記憶では、デイジーが来るまでのお父様は凄くて偉い人、お母様は優しくてきれいな人、お兄様は妹思いの頼もしい人みたいな、なんかキラキラしいイメージがあったんだけど、これは多分、外の世界を知らない五歳児の、周りからの刷り込み世界のイメージだったのだろう。



 ぶっちゃけ、花ンヌになった今の私がデイジーが来る前の家族を振り返ると、そんなキラキラしたもんじゃなかったと断言できよう。



 リリたんは気付いていなかったみたいだけど、父親が『じきさま』と呼ばれていたのは、『次期様』だったってことだ。この世界は結婚も出産も早く、リリたんの両親もまだ二十代だから、父親がまだ爵位を継いでいなかったとしても不思議ではないけど。



 それでも『次期様』だったということは、父親がいずれ伯爵になる予定ではあったのだろう。デイジーのスキルを喰らってしまった今では、彼が伯爵位を継げるかどうかは知らないが。



 私としては、デイジーを連れてきちゃった時点でいろいろアウトだと思うけど、今考えると、あの時点ですでに、彼はデイジーのスキルか、もしくはデイジーの親のスキルを喰らっていたのかもしれない。



 なんにせよ、ベルツナー家の今後については私の知るところではないので、とりあえず『がんばれ、じっじ!』とだけ言っておこう。



 とりあえずおじいちゃんからの手紙は読み終わり、同封されていた返信用の魔道封筒を取り出した。



 ――ポスッ



 ん? なんか落ちたなと、封筒から零れてベッドの上に落ちた紙包を拾い、開けてみる。



「じっじ……」



 入っていたのは『これでもう少し大きい魔道封筒を二枚買って、返信用に同封してほしい。残りは好きに使いなさい』と、金貨が三枚入っていた。



 封筒は送るけどさ……、一番大きい封筒でも一枚、銀貨一枚と半銀貨五枚だよ。

 じっじ、入れすぎ。



 そもそも『顔を見るまで、リリアンヌかどうか信じきれない気持ちもある』みたいなことを手紙に書いていたのに、確認していない相手に送る額じゃないと思うぞ、じっじ!


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― 新着の感想 ―
じっじの心配ハラハラが、子供をはじめてのおつかいに送り出してから時間が経ち、日が傾き出した頃の親御さんのようw
じぃじ…実は孫と文通できるってウッキウキやろこれ
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