◆84・馬車と人参チップス
おはようごぜぇます。
早朝、私たちはトーラの街からロンダン帝国へと向かう乗合馬車へと乗り込んだ。ロンダンに入ってからは個別の魔馬車に乗り換えるらしい。
分かりやすく例えるなら、国境までは公共バスを利用し、国を越えたらタクシーに乗る感じだ。カレッタから魔馬車タクシーに乗らないのは、悪目立ちをしないためである。
ロンダンでは一般庶民でも魔馬車や騎獣を利用することが多いみたいだけど、ロンダン以外でそういうものに乗るのは、貴族や騎士、有名冒険者や大店の人間といった富裕層が多いのだとか。
なので、ロンダン以外では徒歩か乗合馬車に乗るのが無難で目立たないらしい。
今の私たちは〈認識阻害〉魔法をかけていて、他の人たちにはきっと、とっても影の薄い四人組旅行者に見えていることだろう。
視界に入っても気にも止めないような一行が、富裕層しか利用しないものを利用していたら、無駄な注目を集めそうだもんね。
そんなわけで、乗合馬車に乗った私たちは、ガッタンガッタンと馬車に揺られている最中である。主に、私以外が……。
一人で座れると言ったのに、揺れが激しいからと、強制的にアルベルト兄さんの膝上に乗せられたのだ。そうして瞳の輝きが消え失せた私は、馬車の揺れの衝撃を六割くらい吸収してくれているアルベルト兄さんの膝上で、ポッケに手を突っ込み、珠青と望湖に餌として魔力をあげている最中である。
周りに私たち以外がいない場所では、大きなウォーターボールを出して、そこに二匹をぷかぷかさせていたりもしたんだけど、しばらくは無理そうだ。
レイは、宿を出る前に〈交換ショップ〉で交換した、アイボリーカラーのスウェットシャツに縫い付けたポッケの中である。形はド●えもんのあのポケットのようになっているので、そのうち、このポッケに〈亜空間魔法〉を付与するつもりである。ぐふふ。まぁ、レイが入る間はできないけど。
まぁ、そんなこんなで馬車に揺られること数時間。
一緒に乗り合わせているのは老夫婦と、その息子家族と思われる夫婦と子供が三人。子供と言っても私よりは大きい。十八歳くらいのお姉さんと十五歳くらいの女の子、十二歳くらいの男の子だ。
それから親子っぽい五十代くらいのおじさんと、二十代後半か三十代くらいの青年。そして、御者のおじさんとその横に座る護衛っぽい冒険者の格好をした三十歳くらいの青年だ。
護衛は一人だけなのかと思ったりもするけど、割と往来が多めの道を使っているし、『ここで盗賊行為を働くヤツはいねぇ』と御者のおじさんが言っていたので、大丈夫だろう。たまにレッサーラビットとかレッサーウィーゼルがちょっこり出てくる程度で、危険な魔物が出てくることもほぼないようだ。
おじさんは『ウィーゼルの白か黒が出れば高く売れるんだがな』と言っていたけど、多分、毛皮が高級素材になるんだろう。感覚としてはホワイトミンクとか黒テンの毛皮みたいなものだと思われる。
どっちにしても、レッサーウィーゼルの毛皮もレッサーラビットのお肉も庶民にはよく売れるので、その二種が現れれば逆にラッキーという感覚らしい。
合間にそんな話をしたり、点在する野営地っぽい広場で休憩したりを繰り返して、お昼をそれなりに過ぎたころに、国境の関所が見えてきた。
御者のおじさんの期待は空しく、途中で魔獣に遭遇することもなく順調にここまで来たけれど、関所には結構な行列ができている。それだけ人の往来が盛んってことかもしれない。
辺りを見回せば、列に並んでいる人と列から外れている人がいる。恐らく、交代で並んだり休憩したりをしているのだろう。
私たちが並んでいるのは、馬車用の列だ。ここに並んでいる馬車は、幌馬車か荷台だけの馬車がほとんどで、貴族が乗っていそうな綺麗な箱馬車は、私たちが並んでいる道から少し離れた所をとおり過ぎて行っているので、あちらに貴族用の馬車道があるのかもしれない。
「ロンダンに入るにはもう少しかかりそうですね」
「そうだねぇ」
「この調子だと、日暮れまでに入れるかどうかってところだな」
「それだと宿が埋まってしまうではないか!」
私と雪丸さんの会話に答えるように話してくれた御者のおじさんに、息子家族のお父さんが食って掛かるような怒鳴り声を上げた。
――ど、どうした!? 突然の栄養不足か? 唐突過ぎてみんな固まっちゃってますがな!
「そ、そんなことアッシに言われてもねぇ」
うん、そうだよね。到着時間が決まっているわけではない乗り物だし、コンシェルジュサービスが付いているわけでもないからね。
「お、お父さん! やめてよ! 恥ずかしい……」
「恥ずかしいだと!? そもそもお前が『帝国の男と一緒になりたい』なんて言うから、こんな所にまで来たんだろうがっ!」
――あ~、なるほどなるほど。
娘さんの嫁入り話でナーバスになっていたところに、宿の不安が出てきたことで、情緒不安定になっちゃったのかね。
「それは今、関係ないでしょう!」
――うん、確かにそれは今、関係ないな。
「うるさいっ! 俺たちが全員で泊まれる宿がどれだけあると思う! バラバラに泊まることになるかもしれないんだぞ!」
――あ~、七人ですもんね。
「うるさいのはお父さんよっ!」
――確かに!
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて」
騒ぐ二人に声を掛けたのは、親子らしき男二人組のお父さんの方だ。
「なっ、だがっ……、アンタには関係ないだろ!」
突然、他人に声を掛けられて一瞬冷静になりかけたものの、なんとなく引けなくて強気に出ちゃったっぽいナーバスお父さん。
「まぁまぁ、実は私の友人が宿屋を経営していまして、そこなら大きな宿ですし、皆さま一緒に泊まれるはずです。宿代も一般的な値段ですし、良ければそこへご案内しますから、ねっ!」
「そっ……そうなのか?」
「ええ、皆さま、今日は関所を越えてすぐの街にお泊りになられるでしょう? 大通りにある宿はすぐに埋まるでしょうが、ご案内する宿は大通りから少し外れたところにありましてね。だからこそ、大きな宿で良心的な宿代なんだそうですよ」
「そうか……、それは助かる。デカい声出して悪かった。御者のアンタも、すまんかった」
「いえいえ」
「宿が見つかりそうでよかったよ」
どうやら、一件落着のようである。ちょっとビックリしたけど、すぐに落ち着いてよかった。
「よろしければ、あなたたちもご一緒に宿までご案内しますよ」
どうやら、私たち一行もその宿に案内してくれるつもりらしい。
「では、お願いします」
みんなを代表して雪丸さんがそう答えたので、私はお礼の気持ちも込めて、宿を案内してくれるというおじさんを筆頭に、お手製の人参チップスをあげることにした。実家から持ち出したこの世界産の人参を使っているので、渡しても問題ないだろう。
干し芋とか芋ケンピもあるんだけど、こっちは地球産さつまいもを使っているので、ナイナイしておくことにする。
「これ、どうぞ」
「ん? これは?」
「人参をカリカリにしたやつです」
「人参……?」
なんか不審物を見る目で見られているけど、人参の甘みと、ほど良い塩加減が絶妙の一品なのに……。
「リリィ、私も食べたい」
「お、俺も」
「あ、私も」
「(僕も食べたいんだけど!)」
周りのみんなが人参チップスを口に入れることに躊躇している中で、アルベルト兄さんを筆頭に、うちのご一行が人参チップスをねだってきた。ポンチョの中からレイも小声で食べたいアピールしてくるし、なんかポンチョのポッケがぶるぶるしてんですけど……。
ポッケの中で大人しくしていたスライムたちが、なぜか好物の野菜であることを察知したらしい。スライムが低能って言ったの誰よ……。
とりあえず、うちのご一行にも人参チップスを渡し、ポンチョの両ポケットと、腹ポケットにも人参チップスを突っ込んでおいた。
うちのご一行がパリパリポリポリと人参チップスを貪り始めたことで、周りのみんなも、恐る恐る人参チップスを口に入れ始めた。
「……っ!」
「美味いなっ!」
「……おいしい」
「これは……」
どうやら、お気に召したようである。私も食べよ。
最後にちょっとした騒ぎがあったものの、この馬車の旅はもうすぐ終わりだ。
合縁奇縁、袖振り合うも多生の縁である――。