◇83・シフからの抗議/side:ロイド
「兄上からの呼び出し? 何用であろうか」
「さあ? それをお話しになるために呼ばれたのでは?」
「…………。ようやくネズミが減り始めたと思えば、また面倒事か」
「まだ面倒事と決まったわけではないのでは?」
「兄上が私を呼ぶ時は大抵、面倒事を押し付ける時だ。そもそも執務室ではなく、会議室に呼ばれた時点で嫌な予感しかしない」
側近のハインリヒと話しながら会議室へと向かう。もう一人の側近であるブラッドリーは、先触れのために先行中だ。
ロンダン帝国の第二皇子である私を呼んでいるのは、皇太子のルシウス兄上だ。
皇帝である父はまだまだ帝位を譲る気はなさそうだが、次代は兄上で確定している。数代前までの帝国であれば、身内で命を狙い合うような苛烈な家督争いが常であったようだが、我らの代は穏やかなものだ。
中には身のほど知らずにも帝位を狙う者や、兄上とは別の者を担ごうとする者もいるにはいるが、今のところ大した問題はない。
現在、帝位継承権を持つ者は六人いるが、そのうち現皇帝の直系は三人だ。しかし、兄上にはすでに息子が二人いる。帝国では、十歳時に規定の魔力量を保有していなければ継承権は与えられないが、兄上の息子であれば、いずれ、問題なく継承権を与えられるだろう。
それに対して私は何の不満も不安も感じていない。むしろ、皇帝なんて面倒くさいことをしてくれてありがとうと言いたい気分だ。
父も兄上も、私が本気でそう思っていることを理解しているがゆえに、仲は良好だ。まぁ、こうして度々、面倒事を押し付けられはするが、これは皇子として生まれた者の責務だ。
「ロイド殿下、お越しです」
会議室に到着すると、すでに数名が着席していた。
私を呼んだ兄上を始め、宰相、外務大臣、魔法師団長、それから……
「三賢人……」
三賢人とは帝国が誇る高魔力保持者だ。ただ魔力が多いだけではなく、扱う魔法も超一流。戦争に三賢人のうちの一人でもいれば、勝利が確定するとまで言われる存在だ。そしてなにより、妖精が見えるという。
私も魔力は多い方だが、三賢人ほどではない。ゆえに、妖精が実在しているかどうかを我が目で確かめることはできないが、三賢人が妖精に用意した菓子が、宙に浮いて消えたのを見たことがある。
それが三賢人によるトリックだという者もいるが、私は妖精の存在を信じている。だって、そういうものがいた方が面白いではないか。
まぁ、妖精話はさておくとして、三賢人が三人揃ってお出ましとは……。
「ロイド、席に着いたら始めるぞ」
そうして私が席に着くなり、兄の合図で外務大臣からの報告が始まった。
「今朝、シフ王国より緊急飛文書にて抗議文が届きました」
「抗議文?」
「はい、シフ王国内にて特異スキル保持者の移送中、帝国兵と思われる者の襲撃を受け、特異スキル保持者が略取されたと。そして襲撃の際、明らかに超級魔法と思われるものが使われた……とのことです」
「……そうなのですか?」
私には聞かされていないことであったが、特異スキル保持者を欲する理由があったのかと、思わず兄上に問うてしまったのだが……
「そんなわけないだろう。私も父上も特異スキル保持者のことなど知らない。ゆえに、そのような命を帝国兵に下した覚えもない。シフからの話では『帝国兵と思われる』とはあったが、『帝国兵』だとは書かれていなかった。しかし、襲撃の際に使用されたと言われる矢羽根が同封されていた」
「矢羽根……」
「ああ、矢羽根は確かに帝国兵に支給されているものだったが、本当に襲撃があったかどうかさえ、今は確かめようがないがな」
確かに『襲撃に使われた矢羽根です』とそれを送られてきても、シフ側の言がどこまで事実か分からないしな……。まぁ、大国でもないシフが帝国に抗議文を送ってくる時点で、相当な覚悟がなければできないだろう。それを踏まえると、襲撃自体は実際にあったのかもしれない。
「それで、シフからの話が事実であると想定して話を進めると、父上や兄上の関与していないところで帝国兵が動かされた……あるいは、帝国兵を装った何者かが現れ、シフの者に超級魔法を使用したということになりますが」
「ああ」
「殿下、数か月ほど前にトットリアに届くはずであった物資が届かなかったという報告があったと思うのですが、その物資には矢も含まれていたかと……」
魔法師団長が言っている件の報告書は、確かに私も見たな……。
「消えた物資が何者かに奪われていた上に、それをシフで使われた……と?」
「その可能性もあるかと……」
「「「…………」」」
「はぁ……」
「かかっ、今、皆が同じ相手を思い浮かべたようですな」
「確定ではないが、可能性は高いと思わざるを得ないのでは?」
「そうだな、メルカ。儂も十中八九マギリアの仕業かと……」
「少し前からマギリアの奴が減ったと感じていたが、狙いをシフに変えたということか?」
「シフを使って、帝国とぶつけようとしている可能性もあるんじゃないかしら」
「キャスラム殿の意見には私も同意ですな」
「ふむ、そのシフから攫われたという『特異スキル保持者』……奴らはずっと、それを探していたのではないか?」
三賢人の一人、バラニタクの推論が一番正解に近い気がするな……。
「兄上、『特異スキル保持者』がどういったスキルの持ち主であるかの報告はあったのですか?」
「ないな。シフ側としても本当に帝国の仕業か確かめたかったのではないか? そんな相手に全ての情報を開示してくることないだろう」
「……三賢人殿、妖精に聞くことは?」
「妖精は気まぐれだ。自分の話したいことしか言わん。それにいつも儂らの近くにいるわけでもない」
「そうですか……」
三賢人の妖精が見える力に頼りたくなる外務大臣の気持ちも分からなくもないが、妖精はそんな都合の良い生き物ではないようだ。
まぁ、他者に見えない上に、どこにでも行ける妖精が情報を齎してくれるなら、それはそれで大問題になりそうだが、三賢人の言によると、妖精は邪な考えには何も応えないことが多いらしい。
「殿下が儂らを呼んだのは妖精からの情報が欲しかったわけではありますまい?」
「ああ、聞きたかったのは超級魔法についてだ」
「ええ、でしょうな」
「シフからの話によると、巨大な火の玉が空から降ってきて、野を焼いたと……」
「ふむ、一口に巨大と言ってもな……、焼けた野の範囲を見ないことには何とも言えないのだが、空から降ってきたならメテオ系かの?」
「空の上から降ってきたとは限らないのでは? 頭より上から火の玉がくれば『降ってきた』と思うこともあるかと……」
「インフェルノ・ファイアボールの可能性もあるってことね」
「まぁ、どっちにしても確かに超級魔法だと思うが……」
「それらの魔法が実際に使われたかどうかはさておき、超級魔法が使える者は限られている。だからこそ、シフも我が帝国からの襲撃の可能性が高いと踏んで、抗議文を送ってきたんだろう」
「そうねぇ……。問題はそこよね? 私たちはマギリアの者の仕業だと思っているけど、今のマギリアにそんな超級魔法を使える者がいるかと考えると、ちょっと思い浮かばないのよね」
そう、皆が引っ掛かっていたのは、きっとそこだ。かつては魔法大国として栄華を誇っていたマギリアも、今では『魔法の国』とは言えないほどに魔法が衰退している。いや、正確には魔法自体は今も変わらず高度なものが使えるのだ。しかし、どの魔法も大した威力は出ないのだ。
「技術自体はありますからな。高威力の魔法が放てる魔導具を開発したか、あるいは、高威力の魔法を使える者を外から迎え入れて、技術を渡したか……」
「そうだとしたら、どちらも厄介だが……」
「ええ、特に魔導具であった場合は、仕様にもよりますが、相当危険ですぞ」
確かに、超級魔法を連発できる魔導具などであった場合は、厄介極まりないものになる。今は帝国内をチョロチョロしていた者が引いてはいるが、油断は禁物だ。
あ奴らは何故か、ことある毎に我が国と張り合おうとし、隙あらば攻めてこようとするのだ。何の対抗意識か知らないが、正直うんざりだ。
「……ここはシフとも協力関係を築いて事に当たるのがいいだろうな」
「ではシフに使者を送りますか?」
「そうだな。……今回はサキオに向かわせよう」
「第三皇子殿下をですか?」
「ああ、まず此度の件に帝国が関わっていないことを理解してもらう必要がある。まぁ、本当に関わりがないかは調査する必要があるが、皇帝陛下や私の意志で動いた兵はいないことを伝えるためにも、皇族の使者である必要がある」
「兄上、それなら私が向かっても……」
「ロイドはだめだ。お前をシフに行かせるなんて無駄をするわけがないだろう」
「無駄……」
「説明するだけならサキオで問題ない。お前は調査のほうに回れ」
「……はい」
ああ、やっぱり面倒そうな仕事が回ってきた――。