◆82・レギドールの恥ずかしい人。
トーラの街の冒険者ギルドで、ルー兄とアルベルト兄さんのギルド証が無事に発行された。
ぶっちゃけ、お金を払えば貰えちゃう身分証明書って、身分証明への信頼度低いよね……なんて思ったりもしたけど、口に出しては言うまい。
ギルド証があるだけで、入街料がタダになったり、関所をスムーズに越えられたりするのだ。
まぁ、ギルド証に魔力を登録しなければいけないので、本人以外がギルド証を使うことはできないし、同ギルドでの二重発行もできないようにはなっているようだけど。
現在はギルドで紹介された宿に滞在中だ。
先ほどまで、レイがルー兄とアルベルト兄さんに魔法講義をしていたので、その間に私は雪丸さんにいろいろ聞いていた。
雪丸さんはギルド証を持参してきていたので、冒険者活動をしているのかとか、最初のクエストは何をしたのかとか、いろいろだ。
雪丸さんは、金竜様の使いで人間と接する機会も多く、人の世の知識を得るためにも、人間に変身して街に行ったり、アルトゥ教が用意した祭壇へと赴いたりもしているらしい。
アルトゥ教の話が出てきたところで、魔法講義を終えた三人も雑談に参加し始め、アルベルト兄さんがレギドールについての話をしてくれた。
レギドールでは金竜様が崇拝対象となっていることで、その存在を信じている人が多く、『神様のように目に見えなくても見守ってくれる存在』として崇拝している人もいれば、『実在する神秘の存在』として、実際に金竜様に会おうとする人も多いようだ。
で、その金竜様への繋ぎ役であることを謳っているのがアルトゥ教の教皇様と枢機卿たちで、金竜様へのお目通りの許可を与えられるのは教皇様だけだと言われているらしい……のだけど……
「ん? 教皇といえば数日おきに祭壇に来る、白と金の法衣をきた老人ですね。……名前は知りませんが」
金竜様の守番・雪丸さんから見た教皇様は『名前も知らぬただの老人』で……
「え? 金竜様へのお目通り許可? なんです、それ?」
実際には、金竜様と人間の繋ぎ役をしているのは金竜様の守番であるフェンリル族で、中でも主に雪丸さんが人間への対応に動くことが多いらしく、そんな雪丸さんに認知されていない謎制度だったらしい。
「うわぁ……、やっちゃってるねぇ、アルトゥ教」
「人の作った組織って、そんなもんだよね」
私とレイが、「そんなことがあっても別に不思議じゃないよね」的な会話をしている横で、アルトゥ教上層部の真実を垣間見たアルベルト兄さんは言葉を失っていた。
ちなみにルー兄は、純粋に金竜様の存在は信じているけど、アルトゥ教の闇を目の当たりにして生きてきたので、特に驚くこともないようだ。それどころか……
「枢機卿にお金を渡して、金竜様に会おうとする人はたくさんいるよ」と。
「そんな……、金竜様にお目通りするには、叙勲されるほどの功績が必要だと……」
「まぁ、それを目標にがんばる人もいたなら、それはそれでいいんじゃない?」
「でも実際に金竜様に会えた人間なんて、ほとんどいないんじゃない?」
「そうですね、数千年ほどまえに棲み処ごと移動はされましたけど、それからはずっと棲み処におられますし、金竜様から人間に会いに行くなんてことはないですから。まぁ、あの地に来たときに少々、人の目に付いてしまったようですが、そもそも私たちがただの人間を金竜様に会わせることなど許しませんし」
「え? じゃあ、お目通りの許可もなにも、教皇様自身が金竜様に会ったことないってこと?」
「え……」
まぁ、信者をまとめる理由が欲しかったんだろうなとは思うけどね。でも、自分も会えないのに「会わせてあげるよ」みたいなのは、もう詐欺だよね……。
「そうですね、『教皇』と呼ばれる者は幾度となく祭壇の間を訪れてはきますが、金竜様があの地へと来られたときから、金竜様と会えた『教皇』は一人もいませんね」
「そ、そんな! 教皇様は祭壇の間でいつも金竜様に会っておられると……」
「「「………………」」」
「イマジナリーフレンドラゴンに会ってたのかな」
「ぶっ……」
「ん? イマ……イマジナ? なんだそれは」
「うん、まぁ、空想とか妄想の実在しないお友達のことだね」
「妄想……」
「あ、でも教皇様が祭壇に来てることは、雪丸さんは知ってるんだよね? 実際は、教皇様って何しに来てるの?」
「数十日に一度、供物を持ってきますが、それ以外は祭壇の間でお茶を飲んだり、書物を読んだり……ですかね? まぁ、供物の受け取り場所として使っているので、普段どう使っていようとどうでもいいですが」
「なるほどなるほど。祭壇の間に行って、金竜様に会っている体ってことね」
「てい……」
雪丸さんの話からするに、多分、かなり昔から『教皇』とはそういう役で、今の教皇はそれを踏襲しているだけだろうな。
「で、教皇様たちが『金竜様にお目通りさせてあげるよ』みたいなことを言っていることを知ってしまった雪丸さんの心境は?」
「……っ!」
「特に何も」
「え? そうなの? 『何勝手なこと言ってんだ!』とかもない?」
「そこまでの興味もないですからね。私が人の世界に行くのは、あくまでも人の営みについての知識を得るためで、人間と友好的になるためでもないですし。金竜様や同胞に危害を加えようとするなら潰しますけど、それ以外で人が人の中で何をどうしていようと、口出しする気はないですよ」
「そっか。でも、供物はもらうんだね」
「ええ、くれると言うのでもらいます」
「供物って、雪丸さんが教皇様に直接会って受け取ってるの?」
「祭壇に置かれたものを回収しているので、直接受け取っているわけではないですが、同じ部屋にはいますね」
「その時に、『金竜様に会わせてほしい』とか言われないの?」
「ないですね。何度か『金竜様』と呼びかけられていますから、私を金竜様だと勘違いしているのではないですか?」
「え……」
「「…………」」
「うわぁ、それ恥ずかしいやつだね」
レイちゃん……、それ言わんといたって……。
「でも、人型の雪丸さんに『金竜様』って呼びかけるってことは、金竜様が人の姿になっているかもしれないって思ってるってこと?」
「金竜様が人の姿になって、人に会ったことがあると言う話はあるからな。そう思われても不思議はないさ」
「ああ、加護持ちとの話が断片的に伝わっているのでしょう」
「あ~、なるほど」
加護持ちであれば竜族と会えるって言ってたしね。歴代の加護持ちさんの話とかが残っていたりするのだろう。
「でも、そっか……。雪丸さんを金竜様だと思っているなら、教皇様的にはちゃんと『金竜様に会えてる』ってことなんだろうね」
「……あぁ、そういうことになるのか」
「あの……、金竜様と呼ばれた時に否定はしないのですか?」
「ああ、話しかけられても返事はしないですからね。顔も隠していますし、声も出しません」
「顔隠してるんだね」
「ええ、私は街にも行きますしね。知られると面倒そうですし」
「納得」
「雪丸殿が金竜様だと思われていることを、金竜様はご存じなのですか?」
「ええ、ご存じですよ。『何故だっ!』とはおっしゃってましたけど、供物として人の世のものが手に入れば問題はないようです」
「ああ、そういう感じなんだ……」
雑談がひと段落した辺りで、そろそろおネムなリリたんは、素直にベッドに入ることにした。
明日も朝から移動だ。トーラの街を出たら、次に目指すのはカレッタとロンダンの国境だ。そこまでは半日あれば辿り着けるらしいけど、国境を越えるための関所に並ぶのに時間を取られるだろうとのこと。
ロンダンに入ったあとは、騎獣や魔馬車を利用するつもりらしい。
ちょっと楽しみだ……《すやぁ……》――。
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リリアンヌがすぴすぴすやぁ……としていた頃のレギドールにて――。
「デルゴリア様!」
「なんぞ、でかい声を出しおって……」
「申し訳ございません。しかし、朗報にございます! 先ほどマギリアからの連絡が参りました」
「……マギリア? まさかっ!」
「はいっ! 『お探しのモノを手に入れた』とのことにございます!」
「ようやくか! 何年も待たせおって……」
「して、いかがなさいましょう?」
「そうだな、能力の確認もしておきたい。……ふっ、ついでにアーメイアで魔石の調達をするというのはどうだ?」
「……っ! それは良きお考えですな! 特にマギリアの者どもは魔法も碌に使えないというのに、魔力量だけはありますからな」
「ははっ! 言うてやるな。『魔法の国』と言われながら、魔法がまともに使えないなど恥であろうに。くくくっ」
「くふっ……だからこそ、こちらにすり寄るしかないのでしょう」
「ふははっ! 滑稽だな。人工魔石があったところで、あ奴らの使える魔法がそう変わるとは思えんが、おかげでようやく、あの系譜のスキルが手に入る。まぁ、まさか自分たち自身がお目当ての魔石になるかもしれないとは、夢にも思うておらんだろうがな! ふははははははっ!」
豪奢な衣にギラギラと宝飾品を飾り立てた男、ズーク・デルゴリアと、白に銀糸の刺繍が入った法衣を纏う男が、欲に塗れた表情を隠すことなく談笑する。
「ああ……、これでようやく聖女を召喚できる」
「ええ、金竜様もお喜びになられるでしょうな」
「金竜様は異界の人間がお好みのようだからな。これで我らも金竜様のご加護を得られるだろうて……」
「楽しみですなぁ」
「ああ、まったくだ。加護をいただければ、儂が教皇だ!」