◇81・襲撃/side:ライナス
王城にて、デイジーについての話し合いをしてから五日が経った。
王都から派遣された移送隊と共にベルツナー領へと戻り、現在はデイジーを王都へと移送するために、再び王都へ向かっているところだ。
デイジーには移送前に睡眠薬を混ぜ込んだ食事を与え、眠らせてから馬車へと運び込ませた。
移送の際に使われるのは、王都にて危険スキル保有者を隔離するための施設にも使われている、特別製の魔導板が埋め込まれた魔馬車だ。
本来は壁に埋め込んで使うもののようだが、今回のデイジーの件を受けて、特急で魔馬車へと組み込んだらしい。
魔導板自体が大きく、魔馬車に組み込むのが非常に困難であったという話を聞きながら、移送用の魔馬車へと視線を移す。確かに、従来の魔馬車の倍はあるのではないかと感じるほどに大きい。
魔馬車は「スレイプニル」という魔獣に引かせる高速の馬車だ。通常の馬車よりは速いはずだが、魔導板を組み込んだ車体が大きいゆえに、重量が増し、歩みも遅くなる。何より……
「目立つな」
「そうですね。ですが、致し方ありません。あれでも魔馬車として移動できるように、ギリギリまで削ったようですし、時間もありませんでしたからね。むしろ、あの短期間で使用に耐えうるものを用意できたことが驚きですよ」
日が暮れ始めたところで野営地に入り、この場で一晩を明かす準備に入る。とは言っても、準備をするのは共に来た騎士団の者たちで、私と同じ馬車に乗っている魔法師団長のソールズベリー卿と共に、馬車の中で待っているだけだが……。
「しかし、卿まで来られるとは思っていませんでしたな」
「精神系スキルに対応するなら、魔力量が多い者が対峙した方がよいですから。私は魔力量が多い方ですからね」
「ははっ! 国の中でも卿ほどの魔力量を持った者はそうはおりますまい」
「我が国の中ではそうかもしれませんが、話に聞く帝国の三賢人と比すれば足元にも及びませんよ。それに、ウィリアム殿下もなかなかの魔力量をお持ちですからね。殿下はまだ魔力量が伸びるかもしれませんし、そのうちに抜かされそうですよ」
「ほう! 殿下はそれほどですか。……にしても、帝国の三賢人と言えば、妖精が見えると言われるような人物たちでありましょう? 彼のかたがたと比べれば、皆似たようなものかもしれませんな」
「確かに……。三賢人は『魔力が多ければ妖精が見える』と公言されていますが、あれは事実なのでしょうかね?」
「どうでしょうな。確かめようにも、魔力が多くなければ確かめられませんし、三賢人の言う『魔力の多さ』とは、如何ほどのものかも判りませんからな」
「そうですねぇ。魔力を増やす方法があれば確かめたいものですが……こればかりは天恵ですからねぇ」
人は幼少期から徐々に魔力が増え、二十歳前後で魔力量の伸びが止まるのが一般的だ。大抵は生まれ持った魔力量がものを言う。それゆえ、魔力を増やす方法というものは、どの国でも長く研究しているもののひとつであろう。中には『食べるだけで魔力が増える神秘の果実がある』だの、『妖精から恵まれた特別な魔石を使うと魔力が増える』だの、まるでおとぎ話のようなものも数多く聞く。
「ソールズベリー卿は、妖精に興味がおありで?」
「妖精……というよりは、一定の者にしか見えない存在に興味があると言った方が正しいかもしれませんね。見るのに条件がある理由も気になりますし、ある一説には『妖精が見えるとドラゴンも見える』なんてものもありますから。……そうですね、どちらかと言えば、妖精よりドラゴンを見てみたいですね」
「はぁ……ドラゴンですか。私もドラゴンは見てみたいですなぁ。海を越えた国にドラゴンがいるという話を聞いたことがありますが、本当でしょうかな?」
「ああ、レギドール神皇国ですかね? 確かあそこには『金竜』がいるとか……。数千年前にレギドールという地に金色のドラゴンが舞い降りたことで、その地を聖地として興った国だったはずです」
「金色……ですか。なんだか神々しいですな」
「ええ、本当にいるなら一度は彼の国に行ってみたいかもしれません」
「しかし、卿はなかなか国を出ることはできんでしょう?」
「役職柄、致し方ないことです」
魔法師団長ともなれば、国内であっても自分の好きには移動できないと聞く。仕事でもない限り、国外に出るなんてことは、そうできないであろうな……。
少し物憂げになったソールズベリー卿を見ながら彼の心中を慮っていると、何やら馬車の外から慌ただしい気配がしてきた。
「何かありましたかな?」
「私が見てきましょう。ベルツナー卿は馬車にいてください」
そう言ってソールズベリー卿が、馬車から出ようとした瞬間だった――。
トトトトトッと馬車に何かが当たる音がして、矢を射かけられたのだと感じた。
「っ! 襲撃? 野盗か⁉」
外に出ようとしていたソールズベリー卿が、馬車外に出ることを一旦止め、馬車内の小窓から外を窺い見る。
「日が暮れ始めて少々見えにくいですが、騎士と交戦している者を見る限り、ただの野盗とは思えませんね……」
「計画的な襲撃だと? ……よもや王族がいると勘違いでもしたか?」
「あれほど目立つものを騎士団長が守っていれば、そう思われる可能性も高いかとは思いますが……」
そう口にしながら、デイジーの乗る魔馬車へと視線を送るソールズベリー卿。
「……まさか、デイジーが狙いだと?」
「アレのスキルをほしがる者もいるでしょうから。しかし、あの娘のスキル情報が広がっていたとも思えませんし、何とも判断が難しいですね。とりあえず私も出ます。ベルツナー卿はこのまま馬車から出ないでください」
「いや、私も出ましょう。魔法はともかく、剣なら使えますからな」
「使えるどころか、お得意でしょう」
「ははっ! 行きますぞ!」
そして、ソールズベリー卿と共に馬車から出ようとした時だ――。
ドォォォォン! という轟音と共に、まるで巨大な火の玉が空から降ってきたような赤い光が視界を揺らし、次の瞬間には馬車ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる車体の中で、必死に受け身を取っていた。
車体の動きが止まったところで、すぐさま状況を確認する。どうやら、車体が転がる途中でソールズベリー卿が〈防御魔法〉を発動してくれていたようだ。転がりはしたものの、二人共に大きな怪我などはない。
車体が横転したことで扉の位置が天井部分に来ていたため、押し上げるようにして扉を開き、そこから外の様子を窺った――。
ところどころで火が点き、野を燃やしている。共に来ていた馬車数台も、私たちの馬車同様に吹き飛ばされたようだ……。そして、倒れている騎士たちが目に入った。
「直撃は避けたか? ……いや、あれは騎士団長が対応したか」
「敵の姿は……」
「見当たりませんな。去ったか?」
「出ましょう」
「ええ」
まずはソールズベリー卿と共にデイジーの安否を確認する。
「……いない」
「いない⁉」
「……やられました」
「まさか、本当にデイジーが狙いだったと?」
「だとしたら、敵はあの娘のスキルを知っていた可能性が高いです」
「そうですな、王族でもなんでもないただの五歳の娘を、ここまでのことをして攫う理由など、他に考えられますまい」
敵を追いたい気持ちはあるが、すでに近くにはいないだろう。この暗さで手がかりを探しながら追うには、人手もほしい。まずは倒れている者たちの救助だな。
「手持ちの回復ポーションは二本しかないのだが……」
「私が回復魔法をかけます。卿は飛ばされてしまった騎士の位置を探してくださいますか?」
「あい、わかった」
移送隊の者たちに死者はいなかったものの、同行した27名のうち、半数が重傷だ。残りの者も皆、大なり小なりの傷を負っている。
「面目ない」
「死者が出なかったのは騎士団長が皆を庇ったからでしょう。あの魔法を直撃で受けて無事なのは奇跡的ですよ」
「あの魔法を切ったのですか?」
「いや、少々逸らしただけだ」
「逸らし……まぁ、おかげで私たちも助かりました」
「しかし、肝心の娘を攫われては……」
「大きな声では言えませんが、その件に関しては調査が必要かと」
「内通者がいると?」
「そこまでは……。ただ、あの娘が特異なスキル持ちであるということは漏れていたのでしょうね」
「……襲ってきた相手に聞いてみるか」
地に落ちていた矢を見分するブラックバーン侯と共に、私とソールズベリー卿もその矢に視線をやった。
「帝国製か?」
「そのようだ」
「帝国……ですか。ここ数十年は内政に力を入れて、侵略行為もしていなかったはずなんですがね」
「ふむ、確か今の皇帝に代替わりしてからは、大きな戦も行っていなかったはずですな」
「ええ、ですがあの娘のスキルを欲したならば、何をするつもりかと邪推せざるを得ませんね」
「とにかく、この矢と共に抗議文を送ってみるとするか」
「正面から行くのですか?」
「相手は帝国だからな。下手に探るより堂々と聞いた方がいい」
「……帝国の誇りと傲慢さゆえに、相手も隠し立てはしないということですかな?」
「だからこそ、こんなに堂々と判りやすい証拠を置いていったんじゃないか?」
「しかし、国として動いたのかどうかも確かめねばなりますまい」
「そうだな、しかし、この矢は帝国騎士団用に配給されているものだろう。それに……」
「あの魔法ですね」
「ああ、恐らく超級魔法だろう? そんな魔法をただの一般人が打てるか?」
「否……でありましょうな」
「まずは……」
「ええ、陛下にご報告せねば」
さて、帝国は今後どのように動くつもりであろうか――。