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◆80・生贄兄さん。


 私たちは現在、カレッタ王国のトーラの街にいる。



「ねぇ、お兄さん、名前は?」

「私はココよ!」

「あんたの名前なんて聞いてないのよ!」

「あんたに言ったわけじゃないわよ!」

「お兄さん、あんなの放っておいて、私たちと街歩きしましょ!」

「私と行きましょうよ! 私なら街を案内できるわ!」



 私とレイ、ルー兄と雪丸さんは、イケメンハンターに取り囲まれ、まるでピラニアの生け簀に放り込まれた肉片のようになってしまったアルベルト兄さんを眺めながら、お弁当をつついているところだ――。



 フェンリルモードで森の東側へとぶっ飛ばした雪丸さんに乗せられて、最初の目的地であるトーラの街の南まで数時間で辿り着き、そこからは人型に変化した雪丸さんと、みんなと共にトーラの街まで徒歩で北上することに。



 途中の野営地で一泊したのち、今日も朝から徒歩移動をした。

 まぁ、私は歩いていると見せかけて〈浮遊魔法〉ですぃ~っとスライド歩行をしてみたり、雪丸さんに抱っこされたりと、ほぼ歩いてはいなかったけど。



 とにかく、ルースの泉前から出発して一日で最初の目的地へとやってきたわけだけど、街に着くなりイケメン三人組が街行く女性たちに取り囲まれ、ついでに髪色からアルベルトさんの妹だと判断された私も取り囲まれるという惨事が引き起こされた。



 迫りくる猛獣女子の勢いに耐え切れず、最初に逃げ出したのはルー兄。〈気配遮断スキル〉を発動したのち、これまた〈俊敏スキル〉も併用して逃亡。



 それを見た雪丸さんが〈認識阻害魔法〉を発動。雪丸さんは、レイを抱っこした私を抱っこした状態で魔法を発動したので、私とレイも雪丸さんと共に逃亡。



 ちなみに自分で〈認識阻害魔法〉を発動しようとしたら、雪丸さんに「それは認識阻害というより、認識遮断ですね」と言われて、そう言われれば私の〈認識阻害魔法〉って姿も見えなくなってたなと納得。



 その後、雪丸さんの話を聞いて、正式な〈認識阻害魔法〉を習得。気配を薄める感じでそこに人がいることは認識できるけど、影の薄い人だなと思われるようなイメージを込めて魔法を発動すれば良しである!



 で、そんな私と雪丸さんに、そろりそろりと合流したルー兄。ルー兄は相変わらず〈気配遮断〉を使ってはいるけど、何故か私たちには認識できていた。恐らくルー兄がそういうスキルの使い方をしてるみたいなんだけど、器用なものである。



 まぁ、そんなこんなな結果、アルベルト兄さんだけが女子という名の大海に取り残され、あっぷあっぷしている状態である。



 ルー兄と雪丸さんが消えたことに一瞬のどよめきが起こったものの、残ったアルベルトさんを逃すまいと女性陣が殺到した結果、ピラニアの生け簀が完成してしまったというわけだ。


 

 え? 私たちは見てるだけですけど、それが何か?



 だって、あそこに飛び込んでアルベルト兄さんに声かけたら、逃亡の成果が水泡に帰してしまうではないか!



 というわけで、アルベルト兄さんが自力で『平穏と静寂の此方(こなた)』に辿り着くのを、近くの丁度よさげな石のベンチっぽい所に腰かけながら待っているのだ。



 そのついでに、ちょっとお弁当を広げてみただけである――。



 だって、日が沈む前までにはこの街に着きたいということで、休憩もそこそこに歩いてきたのだ。主に私とレイ以外の面々が……。日暮れには間に合ったけど、お昼はとうに過ぎている。そりゃお腹も空くよねって話である。



「これ、美味しいですね」

「ん? エビマヨだね。これ美味しいよね」



 道中で、この旅の間はみんな敬語禁止って話になったんだけど、雪丸さんは普段から誰に対しても敬語で話すのがデフォルトなので、例外である。

 

 

 まぁ、レイに対しては私以外のみんなも敬語のままだったけど、それは仕方ないかなと思うよね。



 しかし、確かにエビマヨが美味しい。自分で作ったヤツだけどね。

 私が作るエビマヨはちょっと邪道っぽいかもしれないけど、ソースは《めんつゆ少々にケチャップ1:マヨネーズ2》を混ぜ混ぜしたヤツである。エビ以外を和えても美味しいので、なかなか使えるソースだけどね。



「えびって、『かれぇ』とか『ぐらたん』とかにも入ってたヤツ?」

「そうだよ。海の幸だよ」

「リリィはシーフードも結構好きだよね」

「そうだね、でも割と何でも好きかも……。嫌いな食べ物の方が少ないかな」

「じゃあ嫌いな食べ物は?」

「……ハバネロ?」

「何ですか? それ」

「聞いたことないな?」

「ん、すっごく辛い野菜?」

「それは別に好きになる必要もないと思うよ」

「そうかな? そうだよね!」



 子猫姿のまま喋ったり、明らかに見た目の胃容量を超えた食事を摂取するレイを横目に、のんびりお弁当をつつく。



 チラチラとアルベルト兄さんの視線を感じるけど、あの人、認識阻害中の私たちのこと、普通に見えてんのかね?



「ずっと僕等の気配を追っていたんなら、ここにいることは判ってると思うよ」

「そっかぁ。まぁ、どの道、自力で合流してもらわないとね」

「アルベルトにも〈認識阻害〉か〈気配遮断〉を覚えさせないと、外に出る度にこれじゃ困るよね」

「そうだねぇ……。街とか、そこに住んでる人とかにもよる気がするけど、これは困るねぇ」

「そういう魔法って、そんなにすぐに覚えられるんですか?」

「ん~、まぁアルベルトなら、他の人間よりは覚えやすいかもしれないけど……」

「…………私が人に〈認識阻害魔法〉をかけるってできるかな?」

「ん? ああ、そういえば、リリィならできるかも」



 あれ? そういえば雪丸さんでもできるんじゃ?



「命の危機に瀕しているわけではないですからね」



 あ、そういう感じなの? 加護持ちであろうと、人に対して淡泊なのは雪丸さんも同様だったらしい。 



「あ~、じゃあ、とりあえず私が試してみるよ」



 そうして私がアルベルト兄さんにかけた〈認識阻害魔法〉は無事に成功した。



 イケメンが忽然と消えたような感覚に陥ったピラニアレディたちは、阿鼻叫喚と共に蜘蛛の子を散らすように去って行き、その場に残されたのはヨレヨレの服に身を包み、完全に精気を失った憐れな金髪緑眼男子ただひとりであった。



「どんまいっ!」

「どんま……い? とは?」

「うん、まぁ、お疲れってことで、ほら、これでもお食べ」

「………………いただこう」



 無言でもっそもっそとお弁当のおかずを頬張るアルベルト兄さんを加えて、私たちも食事を再開した。



「……うまい」

「うん、これもお食べ」

「これもうまい」

「うん、どんどんお食べ」



 なんだろ、試合に負けたあとの食事会みたいなんですけど……。何、この哀愁。



「アルベルト、あとで〈認識阻害魔法〉覚えな」

「〈認識阻害魔法〉ですか? 呪文を教えていただけますか?」

「そんなのないよ。これを機に、アルベルトも本来の魔法の使い方を覚えた方がいいね」

「本来の魔法の使い方……ですか?」

「呪文があることで発動する魔法のイメージは掴み易いのかもしれないけど、威力は落ちるし、効率も悪いんだよね。呪文魔法が広まってるのは、マギリアから得た間違った情報を一部の人間が都合よく使おうとした結果だろうしね」

「間違った情報……ですか?」

「うん、まぁ、その辺は今は置いておくとして、本来は魔法に呪文なんて必要ないってこと。今はリリィがアルベルトに〈認識阻害〉かけてるから、あとで人けのないところでやってみるといいよ」

「はい」



 ふむ、呪文を使うのは本来の魔法とは違うのか。なら、覚えなくても問題なかったね。覚える気はなかったけどさ。ただ、ずっと気になっているのは……



「ねえ、アルベルト兄さんのさ、あの魔法を発動する時のポーズって必須なの?」

「アルベルト兄さん……」

「ああ、あのなんだか手をこう……こんな感じにしてるやつですね」

「そうそう! あれって魔法の発動に必要なポーズなのかなって」

「あれは、魔力が増えた時に聖騎士団の魔法部隊の知り合いに教わったんだ。こうすると魔力を集中させやすくなると」

「……そうなんだ」



 じゃあ、あのポーズを取る人はアルベルト兄さん以外にもいるってことか……。



「それも呪文と同じで、そうした方が魔力を集中させやすいという思い込みだね」

「思い込み……」

「必須のポーズじゃないならいいんだ。もしも人前で魔法を使うことがあった時のための参考にしたかっただけだから」

「そう……か……」

「俺も魔法覚えたいな……」

「ん? そういえばルー兄が魔法使ってるの見たことないかも」

「使い方がわからないからね」

「え? そうなの? ルー兄の魔力量で魔法使わないとか勿体ないよ? 覚えよう!」

「どう覚えればいいかわからないんだけど」

「どうもこうも、使いたい魔法を思い浮かべて発動するだけだよ?」

「え……」

「リリィは無意識に魔力を魔法に変質させてるからね……。普通はそんな簡単に魔法に変換できないよ」

「え……」

「まぁ、ルーファスもあとでアルベルトと一緒に練習すればいいよ」

「はい」


 

 とにもかくにも、二人の魔法に関してはレイにお任せすることにして、本日はこの『トーラの街』に一泊することとなる。



「ああ、そういえば、ルーファスもアルベルトも手持ちの身分証はないのですよね? この街でギルド証を作った方がこの先の移動が円滑に進むでしょうし、ついでにギルドでおススメの宿を聞きましょう」



 雪丸さんのその言葉で、食事を終えた私たちはトーラの街の冒険者ギルドへと向かったのである――。


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