◇79・王都にて/side:ライナス
鑑定師のコーディー・ハーパーを連れて、ベルツナー領を出立してから四日後に王都にあるベルツナー邸に入った。
解読ができるという件の冒険者とは、ハーパーを通じてカレッタ王国のギルドを経由した高速飛文書を飛ばし、シフ王国の王都ソフリアにて落ち合うこととなった。
護衛依頼の合間に解読依頼を引き受ける旨の飛文書を受け取り、件の冒険者が滞在している宿へと向かった――。
解読依頼をした冒険者の名はスチュアート・ミルマン。
『赤き竜』という名でパーティーを組み、カレッタ王国を拠点としているA級冒険者だ。
ハーパーの話によれば、ミルマン殿は貴族家出身であり、優れた魔法師であることを生かし、国の名の下に冒険者活動をしているのだとか。
普通、そこは魔法師団などに所属するものではないのかと思ったが、本人が冒険者活動を望み、カレッタ国もミルマン殿の意志を尊重し……というか、多少の自由を与える代わりに、国家の有事には最優先でカレッタの依頼を熟すことを条件付けているようだ。
同じく『赤き竜』に所属する残りの三人は、元は平民だったようだが、パーティーがA級冒険者として認定された時に準男爵に叙されたらしい。
冒険者を下に見る国もあるが、カレッタは柔軟で実力主義を是とする風潮も強い。国が率先して冒険者を使っていることもあり、カレッタ出身の冒険者は質が高い仕事を熟すことでも有名だ――。
「此度は護衛依頼中にも拘わらず、依頼を受けてくれたことに感謝する」
「いえ。本来であればこちらから出向くべきところを、こうして足を運んでいただき、お心遣いに痛み入ります」
「こちらも急いでいるのものでな、出向いた方が早ければそうする。それだけのことだ」
軽く自己紹介を済ませたあとは、早速デイジーのスキル名を書き写したものをミルマン殿に渡す。
「これは……」
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ミルマン殿に会った翌日、私はシフ王国の王城へと足を運んでいた――。
解読結果を含めた諸々の報告をするためだ。
城に着いてそうそうに、特別会議室へと通される。普段は謁見申請をしていても待たされるのは常だが、此度はことがことだけに迅速なのだろう。
この特別会議室は国の有事を話し合う場であり、陛下の許可なく立ち入ることは御法度だ。部屋には無数の魔法がかけられているというが、どのような魔法がかけられているかは機密事項である。
特別会議室に入れば、宰相のキーレン・フィメル侯に、王国騎士団長のアンドリュー・ブラックバーン侯、王国魔法師団長のアシュレー・ソールズベリー伯、そしてポート子爵家の当主ジェイムズ・ポート卿がいた。
勧められた席に着いてしばらくしたところで、陛下と第一王子殿下もやって来た。
陛下と殿下への挨拶もそこそこに、早速デイジーのスキルについての話し合いが始まった。
「して、件の娘のスキル名について解読を依頼したとのことだが……」
宰相のフィメル侯に促され、報告をする。
「はっ! スキル名は『思考誘導』と『思考染色』とのことです」
「思考誘導と思考染色?」
「思考誘導は解るが、思考染色というのは初めて聞くな」
「はい、解読した者も初めて見ると言っておりました。文字の解読は可能であっても、スキルの内容は解読対象外だそうで、その言葉からスキル内容を推測するしかないとも……」
「ふむ……、言葉から察するに洗脳に近しいものではないか?」
「私もそのように思います」
「どちらにしても見過ごすわけにはいかないスキルであることは確かだな」
「はい」
「今はベルツナーにて、監視を付けて隔離しているとのことだが……」
「はい、左様にございます」
「ふむ、とりあえずは王都に移送し、魔法師団の方で調査をするべきかと存じますが、如何いたしましょう、陛下」
「うむ、そうだな。移送は騎士団に任せよう。精神汚染対策に魔法師が必要であれば、必要な人員も共に連れて行け」
「はっ! 承知いたしました」
「魔法師団の方で、精神スキル対応に特化した者を招集しておきます」
話し合いの結果、デイジーのスキルは放置することのできない危険なものであるとの判断により、王都への移送が決定した。
魔法とは違い、天恵のようなスキルを封じ込める術はない。危険なスキルの持ち主は、どの国も隔離管理するしかないのが現状ではあるが、この状況において、デイジーの幼さなど考慮されはしない。
本人に自覚があろうがなかろうが、すでに被害が出ており、幼さゆえの無知として許されることもないのだ。
すでに精神汚染されてしまった者への処置や、対策も考慮せねばならない。そのためには、デイジーのスキルの解明も必須ということだろう。
「して……、件の娘はポート家の嫡男であったジュードの娘であるとの報告もあるが、それは事実であるか? ポート卿」
「誠に遺憾ながら、それが事実かどうかは私には判断できかねます。ジュードが突然、市井の者と一緒になるとだけ言いおいて姿を消した時に、私は即座にジュードを廃嫡といたしました。婚約者がいる身でありながら筋を通すこともなく、無責任な行動を取ったジュードを許すことはできず、ジュードは死んだ者として、その後の行方を捜すこともいたしませんでした。それゆえ、ジュードの市井での相手のことも、その者がジュードの子を産んだかどうかも、把握はしておりませんでした。今思えば、断種はさせておくべきであったかもしれません。」
「ふむ……、ジュードの娘であることはベルツナー卿からの情報であったか?」
「左様にございます。我が息子サイラスがそのように申しておりました。現在、サイラスも精神汚染状態であるため、発言の信憑性に欠けるかもしれませぬが……。サイラスはジュードが病死する前にも市井で会っていたようで、件の娘の母親とも面識があったようでございます」
「母親ともか……。その母親の情報ももっと欲しいところではあるな。ポート家に精神系スキルの持ち主がいないことからも、その母親からの遺伝スキルである可能性が高い。ジュードも精神系スキルは所持していなかったのであろう?」
「はい、それに関しては間違いございません。ジュードの所持スキルは『算術』のみでございました」
「だとすると、これは……」
「ええ、ジュードがその女に精神汚染を受けていた可能性も出てきましたね」
「うむ、サイラス卿もその者と面識があったのであれば、その時点から精神汚染を受けていた可能性もあるな……」
「ジュードが……、精神汚染……」
ああ、ポート卿の気持ちも分からないでもないな……。本来であれば、ジュードは私の義理の息子になっていたはずなのだ。
当時は、ジュードが我が娘にした侮辱としか思えない行為を許すつもりは毛頭なかったが、精神汚染を受けていたのだとしたら、なんともやるせない気持ちが込み上げてくる。
それが事実かどうかを調べようにも、本人たちはすでにこの世を去っているのだ。娘を蔑ろにしたことを許せない思いと、ジュードも被害者であったかもしれないことに気付けなかった後悔とが入り交じり、ぶつけようのない怒りと悔しさが渦巻いている。
その女が自覚してスキルを使っていたならば、尚、許し難い。そして今度はその娘が、我が家を荒らしたのだ。
「ベルツナー卿、魔力が荒れていますよ」
「っ! ああ、これは失礼した」
「ベルツナー卿は現在もお身内に被害を受けておられますし、お気持ちはお察ししますよ」
「なんとも厄介な者たちがいたものだと……そう思ってしまってな」
「ええ、それはこの場にいる皆様も同様の思いではないでしょうか」
「ああ、アシュレーの言うとおりだな。精神系スキルの使い手に悪意がある場合は、とてつもなく厄介だ」
「だからこそ、迅速に対応せねば」
「うむ」
「そういえば……、ベルツナー卿はそのデイジーという娘と会ったのですよね?」
「ああ、会ったぞ」
「その……、ジュードに似ておりましたでしょうか?」
「………………そう言われれば、どうであろうか? 娘の母親を知らぬから何とも言えぬが……、ジュードには似ていない……ような……」
「え?」
「それは誠か? ベルツナー卿」
「ジュードは茶色の髪に緑の瞳だったが、私が会った娘は緑の髪に黄色い瞳であった。母親の色を継いでいるのかと思っていたのだが……、顔にもジュードを感じるところはなかった……か……?」
ポート卿に問われて初めて、あの娘がジュードの娘ではない可能性もあると考えたが、それはこの場にいる皆も同じであったようだ。
「血の鑑定も必要ですね」
「ああ、ポート卿にはそちらの調査に協力していただく」
「もちろんでございます」
ああ、あの厄介な娘は一体何者であるというのだろうか――。




