◆78・出発
「リ、リリアンヌ、にゃにをしているのだ?」
「何って、今からお出かけです」
「まさか、リリアンヌも一緒に行くつもりですか?」
「うん、まぁ、帰りは一人でも帰って来れると思うし……」
〈MAP〉見ながら、〈浮遊魔法〉使えば帰って来れるからね。
「しかし、君を連れて行くのは……」
「別に私が行かなくても、できる人がいれば問題ないと思うんですけどね。でも、隷属魔法を解除できる人って、いっぱいいます?」
「隷属魔法の解除……?」
「かけた本人ならともかく、第三者がリスクなく解除できるかと言われれば、それができるのは世界でも限られた者だけだろうね。数人いればいい方かな」
レイさんの言葉から察するに、やっぱりそう簡単にできる魔法ではなかったようだ。割とアッサリできちゃうことが多いし、周りにいるファンタジー人外さんたちを基準にしちゃってると、自分の魔法が結構な規格外だってことに気付かなかったけど、ハウゼンさんたちと話してるうちに、「あれ?」って思うことがめっちゃあったんだよね……。
「まさか、そのために同行を?」
「まぁ、ルー兄の話からすると、隷属魔法を掛けられてる人、いっぱいいそうだから……」
「かけた本人に解かせればいいんだけどね」
「でも、その魔法使いをすぐに見つけられるかも分かりませんし、見つけたとしても、すぐに捕まえられるかどうかも分かりませんから」
「……君って結構、世話焼きだよね」
「そうですかね? 基本的には面倒くさがりですから、避けられる面倒は全力で避けますよ!」
「そこ、そんなに力説しなくても……」
いや、だって、実家のことはお祖父ちゃんに丸投げだしな。やらなくていい面倒ごとはやらない派だ。
「にゃ……、しかし、それではリリアンヌがそういう魔法を使えると人に知れてしまうじゃにゃいか……」
「そこは影からこっそりとか、〈認識阻害〉かけてからするとか、堂々とするつもりはないからさ」
「にゃ……、それにゃら……」
「『それにゃら……』じゃないでしょ、全く」
「にゃ?」
「レイさん?」
「レ・イ!」
分かった! 分かったから、笑顔で圧掛けるのヤメテ……。
「リリアンヌには他の竜族からのお誘いもあるし、近い内に一緒に出掛けようと思ってたんだけどねぇ……」
「え?」
いやいや、何の話ですか? なんか聞きたくないパワーワードが聞こえた気がするけど、気のせいかな?
「よりにもよって、後回しにしようと思ってたパドラ大陸に最初に行くことになるとは思わなかったけど……まぁ、いいか。リリアンヌはこの世界の知識がまだ少ないし、僕も一緒に行くね」
「え?」
「僕も一緒に行くね!」
いや、聞こえてました。
聞こえなくて「え?」って言ったわけじゃないです……。
「あの、でも……」
「はぁ……。レイ、さすがにお前が人里に下りるのは目立つだろうて」
――はっ! アルバス様! そうです! そうなんですよ!
この人が街に行ったら『女神降臨!』みたいな騒ぎになっちゃいますよ!
「アルバス、だって……」
なんだか、レイがアルバス様に目で何かを訴えているようだ……。
「はぁ~~~。せめて別の姿を取れ……」
ん?
「わかった!」
え? アルバス様?
「リリアンヌ、こ奴も連れて行ってやれ」
アルバス様ぁぁぁ~? 折れるの早過ぎじゃなぁぁぁ~い?
アルバス様の鶴の一声で、レイの同行も決定した瞬間である――。
そうして、「これなら問題ないでしょ?」とレイの声で言ったのは、白い長めのもふぁ毛が麗しい、超絶キュートな子猫であった。耳の先と尻尾、手足の中央部が薄い金色で、顔にも薄い金色でトラ柄っぽい模様が入っている。よく見ると瞳は青色だ。
「かわっ……」
え~! かわいい!
子猫なところがあざとかわいいけど、かわいいから、かわいい!
「リリアンヌ、抱っこしてくれる?」
「はい! よろこんで!」
「リリアンヌ、僕がこの姿になってる時は同時に使える魔法に制限がかかるから、ずっと離さずに抱っこしててほしいんだけど」
「はい! よろこんで!」
ふぁあ~! 今のリリたんボディでは成猫サイズの猫を抱っこするのはちょっと厳しいけど、この子はジャストサイズで抱っこできちゃうなぁ。
「あ奴……」
私の後ろでアルバス様が子猫姿のレイに白い眼を向けていたことには気付かず、ふわふわなもっふぁもふぁ毛を撫でる。
「目の色、青でしたっけ? さっきまで金色じゃなかったです?」
「猫に変化すると何故かこうなるんだ。猫だけは、この色と種で固定されてるみたいなんだよね」
「そうなんですか? でもなんで猫? 竜じゃないんですか?」
「ん? これは〈変化魔法〉だから他の姿にもなれるけど、竜だと小さくても目立つでしょ。それに僕は半竜人状態だけど、竜族ではないからね」
「あ、そうなんですね。そういえば竜族は世界に五体だけとか聞いたような……」
「うん、そうだね。その内、リリアンヌも会うことになると思うけど」
「え?」
「元々、今日はその話をしようと思って来たんだけどね」
「そうなんですか?」
「黒竜様を筆頭に、竜族のみんながリリアンヌに会いたいから連れてこいって言っててね。でも、できれば金竜様の所は避けるか後回しにしたかったんだけど、仕方ないね」
「え……」
なぜお竜様たちが私に……。てか、レイは金竜様が苦手なのかな?
「金竜様は絡みが面倒くさいんだよね。会話するだけで精神力を摩耗するんだよ」
「まもー……」
「レイ、ハッキリ言い過ぎだ」
「否定しない時点でアルバスも同罪だよ」
「…………そのうち慣れる」
「アルバスの『慣れる』は、ほぼほぼ聞き流すことに……でしょ」
あ、アルバス様があからさまに目を逸らした……。わかりやすい。
「まぁ、その話は置いておいて、そろそろ行こうか」
「あ、はい」
「では、森を抜けるまでは私に乗ってください」
そう言って、雪丸さんが超デッカイいn……狼姿になった――。
え? 雪丸さんに乗るの? 私の予定では、森の中だけでも私がみんなを〈浮遊魔法〉で飛ばせば早く進めるかもって思ってたんだけど、必要なかった感じ?
「乗っていいのか?」
「み、みんなで乗るんですか?」
「ええ、皆さんを乗せたら魔法で固定しますから、振り落としたりはしませんよ」
「リリィは真ん中の方がいいかな?」
「リリィ……?」
「私のことだよ、レイ」
「それは分かってるけど……」
「あ、街では『リリィ』って名乗ってるんで、森を抜けたらみんなもそう呼んでくださいね」
「わかった」
「わかりました」
「……とりあえずは『リリィ』って呼ぶよ」
「ん? とりあえず?」
「ああ、私のことも街中では『アルベルト』と呼んでくれ」
「あ、は~い」
「わかりました」
さあ、旅立ちの時である!
ナツメさんやアルバス様たちに見送られながら、一番前にルー兄、真ん中にレイ子猫を抱っこした私、その後ろにハウゼンさんを乗せた雪丸さんが、ティントルの森の東に向けて走り出した――。
「いってきま~す!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
マギリア王国・とある魔塔にて――。
「カースリー様! カースリー様!」
「騒がしいぞ。何用か?」
髭を蓄え、濃紺に金糸での刺繍がふんだんに施された豪奢なローブを纏った壮年の男に、同じく濃紺のローブに銀糸での刺繍がそれなりにされたローブを纏う同じ年頃の男が、意気揚々と話す。
「とうとうお探しのモノが見つかったやもしれませぬ!」
「誠かっ!」
「はい、カレッタのギルドに潜伏させている者より、有益な情報が届きましてございます!」
「詳しく申せ!」
「はい! カレッタのA級冒険者の下に、『どこの国の言葉かも解らぬスキル名の解読依頼』が出されたようです。あいにくとその冒険者たちは移動中のため、所在はまだ掴めていないそうですが、依頼者はシフ王国の者のようです」
「シフか! あの女……、小国家群を避けてロンダンに向かったかと思っておったのに、反対に逃げ込んでいたとは。小癪な」
「はい、ですがようやく! ようやくでございますよ!」
「ああ。しかし、ここでしくじるわけにはいかぬ。確実にあの女を確保せよ!」
「はい! すでに精鋭部隊に召集をかけております。揃い次第、シフへ送り出す手筈は調っておりますれば!」
「手際が良いな、ミゲル」
レイ子猫のイメージモデル:バーマン