◆76・よろしくおねげぇします、親分!
起きてダイニングに行ったら、ナツメさんと見慣れない猫妖精がいた。
ナツメさんの隣にいるのは、通常猫サイズの三毛白さんだ。
なんとなく『せごどん』とか『辰五郎』って名前が似合いそうな親分顔である。
「おはよう、どうしたの?」
「にゃ、おはよう。実はシフに様子を見に行っていた者が帰って来たのでにゃ、報告に来たのだ」
「そうなんだ! ありがとう」
「ではリリアンヌに、はにゃしてやってくれ」
「あい! 承知でにゃんす!」
あれ? 見た目と話し方にちょっとギャップを感じるな。親分顔で、子分ぽい話し方にちょっと面食らってしまったけど、……まぁ、可愛いからいいや。
「実は……」
そうして、親分顔の三毛白猫さんから聞いた話をまとめると、どうやら私を探しているのは、私のお祖父ちゃんらしい。
んで、近くに嫌な魔力臭のする人間がいて、その人間のせいで、私の周りにいた人たちがおかしくなっていた可能性が高いらしい。
その嫌な臭いのする人間には近付けなかったけど、お祖父ちゃんの話を聞いていたところ、どうやら緑髪の娘が、特異なスキル持ちであるらしいと話していたのだとか……。
「うむ……。その緑髪の特異スキル持ちはデイジーのことだろうね」
まぁ、今思えば、みんな常軌を逸してる感じではあったけど、その時のリリアンヌにはそこまで解ってなかったね。
今ならデイジーたちを〈鑑定〉しておけばよかったのかな? とも思うけど、今更戻ってどうこうするつもりもないんだよね。普通に面倒くさい……。
デイジーに関しては、お祖父ちゃんが動いているみたいだし、とりあえずお任せってことで。
でもなぁ……。
「お祖父ちゃんかぁ……」
「あい! すっごい心配しているようでにゃんした!」
「正直、お祖父ちゃんのこと、ほぼ覚えてないんだよね……」
「そうにゃのか?」
「うん、一緒に住んでたわけじゃないからね。まぁ、年に二回くらい会ったかなぁ~って覚えはあるけど、その頃の私は、純粋な幼児だったというか……なんか、ぼんやりとした記憶しかないんだよね」
「にゃるほど。そういえば、来訪者としての記憶が戻ったのは、ここに来るすぐ前とか、そんにゃことを言っていたにゃ……」
「うん」
どうしようかなぁ……。
ぶっちゃけ、あの家に戻る気は全くないんだよね。
今更、貴族の生活とか無理だし。
「せめて、手紙でも書いてみようかな……」
「にゃ? じい様にか?」
「うん、手紙ってどうやって届けられるか知ってる? ギルドとかで頼めばいいのかな?」
「確かギルドに『飛文書』とかいう魔道具が売っているはずだにゃ。それを使えば、あっという間に文が飛んで行くはずだ」
「え? そんな便利なのあるの?」
「ニャツメさま……、あの……」
「にゃ? どうした?」
「すごく言い辛いでにゃんすが……、その魔道具は、最初に魔力登録をしておかないといけないものだったと思うでにゃんす」
「にゃ⁉ そうだったか?」
「あ~、なるほど。登録した魔力を目印に飛ばしてるとか、そんな感じかな」
「ふむ……、にゃらば、じい様の所にはまた、ケット・シー族の者に持って行ってもらうといい。その手紙に、リリアンヌの魔力を登録した飛文書を数枚つけておけば、じい様も喜ぶのではにゃいか?」
「そうだね! でも、その手紙を辿って誰かがここまで来たりしない?」
「目で追えるようにゃものではにゃいから問題にゃいにゃ」
「そっか」
飛文書はギルドに行かないと買えないから…………? あれ?
ふと思いついて、〈交換ショップ〉の「◆文具」コーナーを覗いてみた。
「あった……」
魔道具だけど、一応「文具」扱いのようだ。
一枚、銀貨一枚という文具らしくないお値段だけど……。
一枚、一万円の封筒とか付けて渡したら、お祖父ちゃん、ビックリするんじゃないの? ……いや、お祖父ちゃん、バリバリの貴族だし、そこは驚かないか?
まぁ、いいや。とりあえず、二枚……でもいいかな? 便箋は何でもいいようだ。魔道具なのは封筒の方らしい。ついでに普通の封筒一枚と、便箋とペン、封蝋も交換しておく。
「よし! 早速書いちゃうね」
「にゃ⁉ どこから⁉ スキルか?」
「ああ、うん、スキルで飛文書……飛封筒? も交換できちゃった。まぁ、ちょっとお高かったけど……」
「魔道具まで出せるとは……」
「すごいでにゃんすねぇ」
「う~ん、でも多分、文具扱いだったからだと思うよ? 他の魔道具らしい魔道具とかはないと思う」
「そうか……」
さて、お祖父ちゃんへの手紙になんて書こうか……。
とりあえず、無事に生きてることと……、帰るつもりがないことと……、
「ん~、そもそもどうやって家を出たとか、どうやって生活してるとかどう説明すれば……」
『孫は森の中で妖精をモフモフして、スライムをプルプルして、狩りをして生きてます!』って? え? それ書くの? 書いたところで、ヤバい病気を疑われそうなんだけど……。
「にゃ、普通に妖精と暮らしていると書けばいい」
「え? そんなこと書いて大丈夫?」
「実際に、じい様に手紙を届けるのは妖精だからにゃ。ただ、リリアンヌが妖精と共にいることは、他言無用であることはしっかり書いておくのだぞ。前にも言ったが、妖精が見える者は加護持ちと誤解されたり、そうでにゃくても、その存在自体を狙う者もいるであろうからにゃ。それも書いておくといい。あとで、その手紙のにゃいようがじい様以外には見えにゃいように魔法をかけてやるにゃ」
「わかった! ありがとう!」
「ああ、それから、いくらリリアンヌのじい様といえど、じい様の行動がリリアンヌに危険を及ぼすようにゃことがあれば、吾輩たちは黙ってはいにゃいことも書いておくといい」
「え……、うん、わかった」
そういえば、猫妖精たちは相手が加護持ちであっても『来訪者優先!』な感じだったもんね。ましてや、お祖父ちゃんは加護持ちでもなんでもない普通の人間だろうし……。
妖精のこととか、ナツメさんに言われたことも書いたけど、正直、これを読んだお祖父ちゃんが、私からの手紙だと信じてくれるかどうかは微妙なところである。
「お祖父ちゃん、ホントに私からの手紙だって思ってくれるかな?」
「にゃにか、リリアンヌだと判るような物とかを一緒に入れるか?」
「私だと判る物……。う~ん、家から持って来たのは魔道コンロと野菜くらいだしな……。あ! 髪の毛とか? 髪の毛入ってたら怖いかな?」
「にゃ? 怖くはにゃいだろう? 髪を入れるのはいいと思うぞ」
「わかった、じゃあ……」
髪の毛の束を紐で結んでから、その部分を切り、紙に包んで封筒に入れた。
「よし、返信用の封筒も……これ、どうやって魔力登録するの?」
「にゃ? ここの魔法陣に魔力を流すのだ」
「ここね」
「手紙も書けたにゃら、魔法をかけるぞ?」
「あ、はい、お願いします」
ナツメさんに教わったとおりに魔力登録をした封筒と、お祖父ちゃんにしか読めないように魔法をかけてもらった手紙も一緒に封筒に入れる。
シーリングスタンプは模様のないやつを交換したんだけど、これ、魔法で模様入れられるかな?
「にゃにをしているのだ?」
「ん? これに模様入れたいんだけど、魔法でできるかなって」
「簡単にゃのでいいにゃら、吾輩が今彫ってやるぞ?」
「え? ホント? できれば百合の花にしたいんだけど」
「うむ、いいぞ」
そういって、亜空間からマイ工具を出したナツメさんが、あっという間に模様を彫ってくれた。相変わらずの匠っぷりである――。
「ありがとう」
お礼を言って、封筒に封をしたら、完成である!
「できた~!」
「にゃ、これを届ければよいのだにゃ?」
「うん、お願いします」
「では、アッシが預かるでにゃんす!」
「また行ってくれるの?」
「あい! 任せるでにゃんす!」
「じゃあ、お願いするね! 何かお礼したいんだけど、ほしい物とかある?」
「……いいんでにゃんすか?」
「うん、特殊な物とかでなければ……」
「なら……、アッシにも名前がほしいでにゃんす!」
「え……」
え? どうしよう、もう「せごどん」か「辰五郎」しか浮かばないんだけど。
「じゃあ、辰五郎で……」
「おお! なんかかっこいいでにゃんす!」
「そう? 気に入った?」
「あい! アッシは今からタツゴロウでにゃんす!」
「よかったにゃ!」
「あい! では、張り切って行ってくるでにゃんすよ~!」
せめて名前らしい方をと思って、辰五郎にしちゃったけど……。
まぁ、気に入ったんならいいか。
私は、足取り軽く走り去って行く辰五郎親分の背中を静かに見送った――。
辰五郎のイメージモデル:エキゾチック・ショートヘア