◇74・気掛かり/side:ライナス
「鑑定結果が読めない? それはどういうことだ」
「はっ、鑑定自体はできております。ただ、表示された言葉が、見たことのない言語でして……。見えたままの文字をそのまま書き写したものがこちらです」
「うむ……」
デイジーという娘のスキルを鑑定師に鑑定させたところ、鑑定結果が読めないと言われ、見せられた文字は確かに見たことのないものだった。
「この大陸で使われている言葉には、一通り目を通したことがあるが、このような文字は初めて見るな」
あの娘のスキルが判らないままでは困るな。今はあの娘を隔離し、対応する者にはできるだけ魔力量の多い者を選び、スキル抵抗を高める魔道具を持たせた上で、言葉を交わさないようにと申し伝えてあるが……。
精神系スキルの使い手への対応として、スキルの使い手よりも魔力量が多い方が、抵抗力が高いと言われてはいるが、実際のところはハッキリそうだと判っているわけではない。魔道具も全てのスキルに対して有効なわけではないゆえ、せめてスキル内容はきちんと把握したいのだが。
まだ、あの娘のスキルが精神系スキルかどうかは分からぬが、十中八九そうであろうな。場合によっては、国にすら危険が及びかねないと思って動いた方がいいだろう。
まずはこの文字を読める者を探しつつ、ことの次第を陛下にもご報告した方がよいだろうと、頭の中で今後の段取りを組んでいると、鑑定師が再度、声を掛けてきた。
「あの……」
「なんだ?」
「実は、カレッタ王国に解読に長けた冒険者がおりまして……」
「冒険者?」
「はい、冒険者といってもただの冒険者ではなくA級冒険者です。しかも、その者は貴族の出でありますから」
「ふむ、有能な者であれば、出自はさほど気にせぬ。しかし、解読か……。この文字も解読できるであろうか?」
「おそらく」
「ならば、その者に依頼を出すか。カレッタであれば、高速飛文書を使うか」
「そのことなのですが、差し出がましいかとも思ったのですが、その者への依頼が可能かどうか、さきほど私の方から、知り合いのギルド長へ高速飛文書を飛ばしておきました」
「誠か!」
「はい、鐘一つ分も待てば、返事が来るかと」
「それはありがたい! 返事がくれば声を掛けてくれ」
「御意に」
そうして一刻ほど経った頃、カレッタからの高速飛文書が帰ってきた。
「伯爵閣下」
「来たか」
「はい、どうやら商隊の護衛に付いて、各地を回っているようですね」
鑑定師が、文を読みながら状況を伝えてくる。
「A級冒険者が商隊の護衛に付くのか?」
「ターリス商会の巡回商隊に付いているようです」
「なっ……、そうか、帝国の大商会も一目を置くという、カレッタ国随一の商会であれば、それも不思議ではないか」
「そうですね。ですが、巡回商隊であれば、我が国の王都にも来るかもしれません……、あ! どうやら丁度、シフ王国を目指しているようです。カレッタを出た日から考えると、もう数日か、十数日もあれば、シフに入るのではないかと書いてあります。もしかして、七日後から始まる大市に来るのではないですか?」
「可能性は高いな! ならばそれに合わせて、こちらも王都へ向かおう」
「閣下自ら赴かれるのですか?」
「当然だ! 私が出向いた方が早いであろう。それに、他にもできれば依頼したいこともあるしな……」
「ならば私も同行いたします。かの冒険者とはそれなりに付き合いがありますから、私もいた方が話を通しやすいかもしれませんし」
「助かる。報酬は弾むぞ」
「私はそんな……」
「ははは! もらえるものは黙ってもらっておけ!」
「ありがたく頂戴いたします」
気の利く鑑定師を連れて、王都へ向かう準備を進める。王都に行くのであれば、先に陛下への報告に行った方がよいか……。
私は、我が家に紛れ込んだデイジーの異質なスキルと、そのスキルが見たこともない言語で表記されていたこと、そのスキル内容を解読できるかもしれない者がもうすぐこの国にやって来ること、それから、デイジーがポート家の長男であったジュードの娘であることなどを書き記し、王宮に向けて、緊急の高速極秘飛文書を飛ばした。
この極秘飛文書は、王宮から高位貴族の当主にのみ支給されるもので、秘匿性がかなり高い上に、偽造は不可能とされる高位魔道具だ。この飛文書の優先度は高く、最速で陛下の元まで運ばれるだろう。
杞憂であればそれでいいのだ。だが、息子たちの様子を見ていると、自分の言動のおかしさにすら気付いていないのだ。あれがあの娘のスキルによるもので、もしも己の意のままに人を操れるようなものであれば、あまりにも危険。魅了なのか、洗脳なのか……、はたまたもっと別のものか……。
「やっかいな……」
デイジーという娘を捨て置けぬことに変わりはないが、それよりも気掛かりなのはリリアンヌだ。
家族や使用人たちに、リリアンヌについて可能な限りの話をさせたが、どうにも要領を得ないままだ。サイラスに預けていた使用人たちも、デイジーとやらのスキルの影響を受けたのか、皆どこかおかしかったのだ。
現状ではおかしくなった者たちを元に戻す術がない。デイジーにならできるのかもしれないが、話が通じるとも思えないし、アレに近付くのは危険だ。
今はおかしくなった者たちも隔離しておくくらいしかできないが、要領を得ないものの、リリアンヌが消えたと思われる日、あるいはそれに近しい日に、リリアンヌがいたという使用人部屋の近くで、窃盗騒動があったという話は聞けた。
もしや、その窃盗犯に攫われてしまったのだろうか……。
「はぁ……、リリアンヌ、どこにいるのだ……」
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◇ベルツナーからの報せ/side:リチャード・シフ・グローヴァー
「陛下、ベルツナーから緊急飛文書が届きましてございます」
「緊急飛文書だと!?」
「はっ!」
緊急極秘飛文書は国家の有事にのみ使うことを許している魔道具の一種だ。
それを使ってくるとは、一体、何ごとか!?
「父上、席を外した方がよいでしょうか?」
「……いや、お前ももうすぐ立太子する身だ。残りなさい。後の者は下がり、宰相のフィメルを呼んで来てくれ」
「「「はっ!」」」
十五になった息子、ウィリアムの立太子の儀の打ち合わせをしているところに飛び込んで来た案件は一体いかなるものか……。
宰相を任せているフィメル侯爵家の当主キーレンが来るまでに、ベルツナーより届けられた飛文書に目を通す。
書かれている内容は、特異なスキル持ちが現れたかもしれないこと、状況から察するに危険度の高い精神系スキルの持ち主と思われる……か。
「ふむ……」
「父う……陛下?」
「お前も目を通しなさい。すでに被害の出ているベルツナーには悪いが、まだ最悪の状況というわけではなさそうだ。その娘の存在に、今の段階で気付けたことは僥倖であったやもしれぬ」
「……自分がおかしいことに気付けないまま、異常行動を取る……ですか。これがスキルによるものであれば魔力を使うことはないですから、洗脳魔法や隷属魔法とは違って、際限なく術中に堕ちる者が増えるのでは……」
「ああ、使い方次第では国すら容易に落ちるであろうな」
「しかし、ポート家の血筋には精神系のスキル持ちはいなかったように思いますが……」
「母方の遺伝なのであろう。その母親についても調査をすると書いてあるが、こちらでも調べた方がよいな」
しかし、ポート家の元長男といえば、婚約者のいる身でありながら平民と駆け落ちしたことで、ポート家から廃嫡されたのだったか? しかもその者の婚約者は確か……ベルツナーの娘ではなかったか? なのに、その者の娘がなぜベルツナーに現れるのだ……。
ベルツナーからの文には、解読者と会うために王都へ向かうとあった。近いうちに、ここへも来るだろう。ベルツナーには、その時に詳しく話を聞くとして、ポート家の者にも話を聞いておくか――。
ごめんね、おじいちゃん。その窃盗犯、森の中でもふもふウハウハしとります。