◆73・竜族の集い
「金竜様」
「む? おまえか! どうした」
辺りには何もない真っ白い空間。ここは竜族のみが知る特別な領域。念話で繋がり、精神を具現化できる特別な領域であるため、世界中のどこにいようと会話することが可能となる。
「どうしたですって? どうもこうも、僕はこの前、貴方に対して懇切丁寧にお願いしたはずなんですがね」
「お願い? 何の話だ」
「リリアンヌが『来訪者』であることは、決して人間に漏らさないって話ですよ」
「ん? ああ、それなら聞いたぞ」
「……そうですね。どうやら聞いただけで終わらせたようですが」
「ん? 何か怒ってるのか?」
「ええ、そうですね。貴方のところの雷丸が、人間のいる前でリリアンヌを『来訪者』と呼ぼうとしたんですよ」
「そうなのか? ……だが、雷丸が迎えに行った相手は俺の寵児だろう? だったら問題ないではないっ……なっ、なんだその笑顔は……」
とてつもなくイイ笑顔でありながら、目の奥でダークマターを生成しそうなくらいに目が笑っていない白竜が、更に笑みを深める。
「貴方の寵児だろうがなんだろうが、それが情報を漏らしていい理由にはなりませんから。アレは貴方の寵児であって、僕の寵児でもアルバスの寵児でもないですからね。大体、他にも人間がいる前で『来訪者』という言葉を使うこと自体が問題なんです!」
「それは、俺に言われてもだな……」
「金竜様。僕、そろそろ元に戻ろうかと思うんですよ」
「…………戻……る? そ、それはアルバスを起こすってことか!?」
「起こすも何も、少し前から普通に起きて、ちょくちょく僕と入れ替わってますけどね」
「…………は?」
「大体、僕だって元は『来訪者』なのに、扱いの差が酷過ぎません?」
《お前は正規の『来訪者』ではないだろう。それに、死にかけのお前を救けてやったではないか》
「それを言ったら、慎太郎叔父さんだって正規の来訪者じゃないからね。それに『救けてやった』って、そもそも僕が死にかけたの、アルバスのせいでしょ……」
《……あれは、あの愚物が悪い》
「あ~、まぁ、気持ちは解るよ? 僕もあの女だけは許せないし、今も許してないからさ。暴れた君に身体を吹っ飛ばされた挙句に、半竜人になっちゃったけど……。まぁ、おかげでもう一度あの人に会えたから、今は感謝してるよ」
傍目には白竜が独り言を言っているようにしか見えない状態だが、同じ身体から違う声が聞こえてくることに、金竜は別の意味で驚いていた。
「アルバス……、お前、本当に起きてたのか!?」
《我が起きていて、何か問題でもあるか? アウルム》
「大陸を消し飛ばしかけた挙句に、不貞腐れて200年近く寝てたヤツが何言ってやがる! 普段、のほほんとしてるくせに、キレたらとことんまで振り切れるのホント、やめろよな!」
《我を怒らせる奴が悪いのだ。今のお前とかな……》
「は?」
《こ奴が言っていただろう? リリアンヌのことを、人間に漏らすなと》
「いや、俺は漏らしてないし、来訪者の話は人間にはするなと言っておいた……はずだ。だから……」
《ほう……》
白竜の瞳の瞳孔が縦に細長くなり、爬虫類を想起させるような目で、金竜を眇めるように見る。
「俺は言ってないし……」
《守役の躾くらい、きちんとしておけ》
「わ、わかったから、本気で殺気を向けるな! (『白竜は温厚』なんて話が広まってるが、誰が言ったんだ……。竜族の中で一番ヤベーのはアルバスだってぇの……)」
《次はないぞ。此度の『来訪者』は我も気に入っている。何かあれば今回は容赦せぬぞ》
「ヤメロ! 今回は容赦しないって、前回も容赦してなかっただろうが!」
《前回は、途中で止まってやったではないか》
「そいつとシンタロウに止められたからだろうが……」
金竜が何だか納得できない顔をしていると、新たな声が割り込んで来た。
「おい! アルバス! お前起きたのか!」
《アーテル、少し前にな……》
「やっと、ふて寝をやめやがったか」
《……まぁな。お前は相変わらず暴れているのか?》
「ははっ! お前ほどじゃねぇよ! 俺は俺の領域を守ってるだけだってぇの」
「お前の領域って……、大陸の半分を占領しといて何言ってるんだ……」
「あ? 人間に持ち上げられて燥いでるヤツに、とやかく言われたくねぇんだよ!」
金竜が、新たに現れた黒竜と言い争いを始めようとした時に、また新たな影が二つ現れた。
「はぁ……、また言い争いか? 騒がしい、やめよ……」
「アルギュロス、この二人には言っても無駄よ。その内、またケンカするわ」
《アルギュロス、アズール、お前たちも来たのか》
「お前の気配がしたからだ」
「久しぶりね、アルバス」
「ははっ! 引きこもり二人も来たのかよ!」
「私は引きこもりではないが……」
「私だって、自分の管理領域にいるだけよ」
「二人共、空の上か、海の底でずっと寝てるだけじゃねぇか」
不可解なことを言われたような顔をする銀竜と青竜に、呆れた目を向けた黒竜だが、銀龍に同じような目を向け返される。
「私はお前のように暴れる趣味がないだけだ、アーテル」
「俺は趣味で暴れてるわけじゃねぇ!」
《アーテルは人間嫌いだからな》
「まだまだ子供なんだよ! アーテルは」
「うっせぇ、生きてる年月はほとんど一緒だろうが! 感覚だけで喋ってんじゃねぇぞ、金ピカ野郎! ワガママ放題のお前にだけは言われたくねぇ!」
「俺のどこがワガママだ!」
「ワガママだろうが! 森しか見えねぇ山は嫌だとか言って管理大陸を交換させたり、自分のところにも来訪者が来てほしいからって、シンタロウを連れて行ったり、かなりヒドイからな、お前は! アルバス! お前もそろそろ、コイツにはマジでキレてもいいと思うぞ!」
「なっ……、それは! 棲み処を代わったのなんて、数千年くらい前のことだろ!」
《我は場所など、どこでも構わんからな》
「またか……」
「だから言ったじゃない。この二人はケンカしなきゃ会話できないのよ。病気よ、病気!」
「「誰が病気だ!」」
《こういうところは息が合うんだがな》
「「合ってねぇ!」」
「やだ……、息が合い過ぎてて気持ち悪いわ」
「「気持ち悪いだと!?」」
「「…………」」
《ここまで言葉が揃うことがあるのだな……》
「「…………」」
言い争いながらも、息の揃った返事をする金竜と黒竜に、白竜たちは揃って生温い視線を向けていたが、自分が「引きこもり」と呼ばれたことに納得出来ない銀龍が、口を開いた。
「そもそも、一番引きこもっていたのはアルバスだろうに……」
「「「確かに」」」
《少し寝ていただけではないか……。まぁ、いい。ここに皆が集った機会に、今一度言っておく。新たな来訪者であるリリアンヌのことは、決して人間側に知られぬようにしてほしい。頼むぞ》
そう言って、特に金竜への視線を鋭くした白竜に皆が答える。
「わかったって! そんな睨むなよ!」
「アウルムは適当なところがあるからな……、気を付けよ」
「俺はそもそも人間とは仲が良くねぇからな、絶対に漏らしたりしねぇよ、安心しな!」
「私も人間と会う機会なんてないけれど、貴方がそれほど気にかけているのですもの、ちゃんと守るわ」
「うむ、アルバスがそこまで気に入るのも珍しいな」
《確かに我も気に入っているが、どちらかと言えば、こ奴の方がご執心だ》
「あら? そうなの?」
「ちょっと、余計なこと言わないでよ、アルバス」
《くくっ、いいではないか。まぁ、リリアンヌは中々に変わった娘で面白いぞ》
「変わってるのか?」
白竜の言葉に、興味をそそられた竜たちが少し前のめりになった。
《ああ、清廉潔白でもなければ、正義感に溢れているわけでもない。無欲なわけでもなく、むしろ人間としての欲はしっかりと持っているような、とにかく、とてつもなく人間臭い娘だ。なのに、魔力性質に全く濁りがないのだ。不思議だろう?》
「欲があるのに、魔力性質に濁りがない!?」
「そんなことってあんのかよ……」
《ああ、魔力に敏感なケット・シー族があれほど懐いているのがいい証拠だ》
「私、リリアンヌって子に、ちょっと会ってみたいわ」
「俺もそいつには会ってみてぇ。アルバスが起きたなら、お前が代理をする必要もなくなっただろ? リリアンヌ連れて、一緒に遊びに来いよ!」
「それは……、一応リリアンヌに聞いておきます」
「おう!」
「俺の! 俺のところにも連れてくるといい!」
「金竜様のところはちょっと……」
「なっ、なぜだ!」
「お前の周りに人間がチョロチョロしてるからだろうが!」
「む!? 直接、我の領域に連れて来ればいいではないか」
「一応、リリアンヌに聞いておきます。一応……」
ここに集うは五体の竜。この世界の根幹を担う者たちである――。