◆72・大体、金竜様のせい。
ハウゼンさんとルー兄が現れてから、五日が経った。今日はとうとう、ハウゼンさんお待ちかねの『ユキマルさん』の登場である。ユキマルさんは、ライマルさんと似た銀色の髪に、澄んだ水色の瞳だ。
ユキマルさんと一緒にクロも来たけど、この大陸のケット・シー族の長に用があると言って、すぐに森の中に消えていってしまった。
「初めまして。パドラ大陸にて、金竜様の守番を務めさせていただいているフェンリル族の『雪丸』と申します。以後、お見知りおきを」
「金……竜様……の……」
「……守……番?」
ユキマルさんの挨拶を受けて、ハウゼンさんとルー兄が、ぽかんとした顔で固まっている。
あ~、そういえば、二人の国では金竜様は崇拝対象なんだっけ? その金竜様の『守番』とかいう人が現れたら、「え? コイツ何言ってんの? それとも聞き間違い?」ってなっても不思議じゃないか。
私としては『フェンリル族』っていう方が気になってるけどね。後、ライマルさんもそうだったけど、ユキマルさんも「和名」だよね。もしかして、シンタロウさんが付けたりしたんだろうか? ちょっと名付けの単純っぽさにシンパシーを感じていたりする。
「それから、リリアンヌ様」
「ふぅぇっ!?」
突然の「様」呼びにビックリして、声が裏返っちゃったよ……。
「こちらの雷丸が、大変なことを仕出かしかけたようで……、誠に申し訳ございません。雷丸には、よくよく言って聞かせておきましたので、どうぞご安心くださいませ」
「はぁ……」
多分、ライマルさんがハウゼンさんのいる所で、私を『来訪者』と呼ぼうとしたことの件だろう。結果的には未遂で終わったからいいんだけど。
ユキマルさんは物腰が柔らかそうで、真面目な常識人(狼?)っぽい感じではあるんだけど、なんとなく『絶対怒らせたらダメな人』オーラが漂いまくってるんだよね。ちょっとソウさんと似てるかもしれないけど、多分、ユキマルさんの方が怒ったらヤベー人な気がする。
そんなユキマルさんに「よくよく言って聞かされた」ライマルさんがどうなったのか、ちょっと知りたいような……、知りたくないような……。
「今後、気を付けてもらえれば、それでいいです」
「はい、金竜様にもよくよく申し伝えておきますので」
「え? 金竜様にですか?」
「我が主、金竜様は……その……、少々、雷丸と似た気質と言いますか……なんと言いますか……、ちょっと、少し……、割と……雑な性格でございまして……。ライマルの情報把握が甘かったのも、その辺りに原因がないとも言えず……」
「……そうですか」
視線を少し逸らして、かなり言い淀みながら金竜様のことを話すユキマルさんを見て、いろいろ察してしまった……。多分、金竜様は少し前に予想していたとおりの体育会系というか、『脳筋タイプ』なんじゃないだろうか。
私のことも、軽い感じで「言うなよ!」くらいしか言わなかったとか、そんな感じがする……。ちょっと遠い目をしながら、未だ見ぬ金竜様の脳筋イメージを膨らませてしまった――。
「ところで、私と共にパドラ大陸に帰るのはアルベルトだけですか?」
「あ、いや……」
「あの! 俺も一緒に行きます!」
「君は?」
「ルーファスです。俺もハウゼン様と一緒にここに来て、帰り方が分からないので……」
「ん? 一緒に来た?」
「ルー兄、ルーファスお兄さんは、ハウゼンさんと一緒に飛んで来たんですよ」
「なんと……。アルベルトはともかく、よく無事でしたね」
「二人共血塗れでしたよ。なので、まだ本調子じゃないです」
「血塗れ……。やはり人間には向いていなかったということですね……」
「ん?」
今、『人間には向いていなかった』って言った?
「あの、『人間には向いていなかった』って何ですか?」
「ああ……、二人が飛ばされた原因となった転移陣のことです」
「それは、原因の転移陣のことを知ってるってことですか?」
「…………はい」
「それって、誰がその転移陣を用意したかも分かってるってことですか?」
「…………はい」
「はい」と言いながら、あからさまに視線を逸らすユキマルさんを見て、なんかちょっと想像できてしまったかもしれない……。
「ユキマルさん?」
「…………金竜様です」
ものすごい小声の早口で呟かれたけど、リリたんイアーは聞き逃さなかったぞ!
「それって、金竜様が二人を飛ばしたってことですか?」
「いえ、二人が使った転移陣は、そもそも人間用の転移陣ではなかったのです。クロたちから、ここでの話を聞いたパドラ大陸のケット・シーたちが、『自分たちも行ってみたい』と言い出し、それを聞いた金竜様が、自分で転移出来ない妖精たちに用意した転移陣だったのです」
「それでなんで、ハウゼンさんたちが飛んできたんです?」
「それはですね、金竜様が『いつかアルベルトも遊びに行かせてやりたいな』とおっしゃり、それを聞いていたピクシー族が、それを叶えようと勝手に転移陣をアルベルトのところに持って行ってしまったんです」
「ん!? 私?」
「はぁ……、それで人間用の転移陣じゃないのに人間が使っちゃったから、血塗れになってしまったと……」
「そうですね、生きていたことは僥倖です。特にルーファス……ですか? 彼は下手をすれば、命を落としていた可能性もあったでしょうから……」
「え……」
「君も珍しく、妖精が見えているようですから、魔力量が多いのでしょう。それゆえに助かったのかもしれないですね」
「助かって良かったよ……」
話を聞いちゃったハウゼンさんとルー兄の顔から、血の気が失せちゃってるんですけど。貧血なのに、悪化させないでほしい。
「先ほど聞きそびれたのだが、金竜様が『私を遊びに行かせてやりたい』とおっしゃっていたような話があったのだが……、どういうことだろうか? 金竜様が私のことを知っている……ということなのか?」
「ん? もちろん、金竜様はアルベルトを知っていますよ? アルベルトは金竜様の寵児ですからね。」
「ちょうじ?」
ああ、そういえば、ハウゼンさんは自分が金竜様の寵児で加護持ちって、気付いてないみたいだったもんね。
「ええ、貴方は金竜様の寵児、『愛し子』とも言いますかね。金竜様の加護も付いているはずですが」
「かご……? ――っ! もしかして、妖精たちが言っていた「かごもち」というのは!」
「おや、もしかしてまだ気付いていなかったですか? 突然、魔力量が増えたと思うのですが」
「――っ! ああ、そうだ、そう! 突然、魔力が増えて……それで……」
「ええ、貴方に金竜様の加護が与えられたからですね」
「金竜様の加護……、なぜ……私に……」
「それは私には分かりかねますが、単純に貴方を気に入ったからでしょうかね。パドラ大陸に帰れば、アルベルトも金竜様と会う機会はあるでしょうし、気になるなら自分で聞いてください」
「会う? 金竜様に? ……信じられない。私に……、金竜様が……。金竜様が、私を知っている……」
あ、なんかハウゼンさん、ウルウルしちゃってるね。ルー兄は、ハウゼンさんの話を聞いて、ぽか~んってしちゃってるよ。
ルー兄が金竜様に会うことはないかもしれないけど、ハウゼンさんは金竜様に会ったら、どんな反応するんだろうねぇ。
私は、『ロボベルト・ハウゼン』を期待しているぞ!
ロボ仲間が増えそうだ――。