◆69・お前もか……。
喋るデカ猫に気を取られていた黒髪くんだけど、すぐに平然としだした。
というのも、昔から自分にしか見えていない生物がいることには気付いていて、大きい猫が喋ったことに少し驚いたものの、「こういうタイプの奴もいるのか」と納得したらしい。
ちなみに私のことも、そういう自分にしか見えてない系の生物だと思って、普通に会話していたのだとか……。
リリたん、人間だってばよ……。何回、人外容疑かけられるんだか。
――とにかく、強制隷属魔法の解けた黒髪くんは、魔法が解けたことに驚きつつも、泣いて感謝してくれた。
そんな黒髪くんこと、『ルー兄』にいろいろ聞いてみた。
ルー兄はサラサラ黒髪ヘアーに赤眼の青少年で、名前に関しては「ルーファスだけど、孤児院にいた頃はチビたちに『ルー兄』って呼ばれてたから、それでいい」とのこと。
名字だと思っていた『ランドリア』は孤児院の名前で、ランドリア孤児院出身の子はみんな、ランドリア姓なんだそうだ。
ルー兄の母親は、とある男爵のお手付きになってルー兄を身籠り、出産した元メイドで、ルー兄が五歳になるまでは、父親である男爵によって囲われていたらしいけど、そのことを知った男爵の正妻さんによって、母親ともども、とある人物に売られたらしい。
……で、その売られた相手が『デルゴリア』という名の大司教で、現在は『枢機卿』となっている人物であり、ルー兄を強制隷属させていた人。恐らく、ハウゼンさんが言っていた『枢機卿』はこの人であり、デルゴリアなる人物は、噂どおり……どころか、噂以上に真っ黒なことをしているようだ。
ルー兄は五歳の時に母親と引き離され、デルゴリアの管理しているランドリア孤児院に入り、孤児として生活していたらしいけど、母親がどこに連れて行かれたかは分からないのだそうだ。母親の行方を聞くと折檻され、それは母親のことを言わなくなるまで何度も続けられたのだとか。
そんな場所で生活する内に、孤児院の管理者たちの前ではほとんど話すことはなくなり、自分にしか見えていない存在のことも、決して口にしないようにしていたらしい。
十二歳になった時にデルゴリアの元に連れて行かれ、強制隷属魔法をかけられたあとは、暗殺者のような仕事をさせられるようになったそうだ。
やりたくないことを嫌でもしなければならず、心が死ぬのはすぐだったと言う。
だから、ここで目覚めた時、捕まったことに安堵し、このまま処罰してほしいと思っていたようだ。
それがまさか、強制隷属魔法の解除がされるとは夢にも思っておらず、思わず泣いてしまったらしい。
感情は自由なままでありながら、それを外には出せないように制限され、身体は強制的に命令されたとおりに勝手に動く、まさに「生きた操り人形」にされていたのだ。それも何年も……。
ルー兄の心情を量ることなんて、私にはできないだろう。
デルゴリアの管理するいくつかの孤児院から連れて来られた孤児たちが、ルー兄と同じく〈強制隷属魔法〉をかけられ、『傀儡人形』と呼ばれる部隊に編制されているようだ。
ルー兄としては、他の孤児の子たちも助けたいみたいだけど、下手をすればまた〈強制隷属魔法〉をかけられるかもしれないと悩んでいた。
ハウゼンさんがクロに託した手紙を見て、聖騎士団がどう動くか分からないけど、デルゴリアの情報はハウゼンさんにも話した方がいいかな……。
ルー兄が知る限りでは、デルゴリアと関係性の深い聖騎士部隊もいれば、対立している聖騎士部隊もあるとかで、それは騎士に限らず、枢機卿や大司教にはそれぞれ派閥があるのが普通だそうだ。
あ~、うん、まぁ、組織ってそんな感じだろうね。同じ宗教を信仰していても、思想にまとまりがないというか……、私から言わせれば『金竜様どうした』なんだけど……。
で、権力を求めて対立したり、悪行に手を染めたり、癒着したり……と。なんで平和にできないのかねぇ……。
まぁ、その辺りのことはさておき、ハウゼンさんの所属する『聖騎士団・第五部隊』は、どこの派閥とも中立の立場を取ってはいるけど、騎士団の中ではかなり地位が低いことで有名なんだとか。
なんでも、第五部隊は平民や孤児院出身の者が多く、貴族家出身の者がいても、低位貴族の三男とか四男とか、爵位を継ぐことのできない者がほとんどだそうで、生まれの身分の低さから、ぞんざいな扱いを受けている部隊なんだそうだ。
ホント、宗教どうしたよ……。『金竜様の教え』とやらはどうした。あ、そもそも、その『金竜様の教え』とやらが分かんないや。
ということで、ルー兄に『金竜様の教え』について聞いてみたところ、ざっくり言うと『人が愛のために争うことは許され、憎しみのために争うことは許されない。だが、争い自体憎むべきことだ』みたいな感じらしい。
要は『争うな』ってことかね……。ホント、君らアルトゥ教なら、教え守りなよ。その辺りをツッコんだら、『これは愛のための争いなのだ』とか言ったりしそうだ……。
まぁ、その話もさておき、第五部隊なら孤児たちのために動いてくれる可能性は高いが、地位の低さゆえにうやむやにされたり、なかったことにされたりする可能性も高いそうだ。
「………………」
おぉ~い、期待できないぞ、第五部隊……。
もうさ、「金竜様にどうにかしてもらえないの?」……なんて、ちょっと投げやりな思考になりながら、実際のところ、金竜様がこの『アルトゥ教』に関してどう思っているのかとか、何か知らないかとナツメさんたちに聞いたところ……
「信仰されてること自体は喜んでおられるようだが、人間のする細かいことには頓着されていにゃいにゃ」とのこと。
なるほど。まぁ、そうだよね。この世界の人外さんは、人間観察はするけど、特に思い入れはないって感じだもんね。人間が勝手に作った宗教の内情なんて、どうでもいいだろうね。
やはり人間のやらかしは、人間がどうにかするべきだね……。
ルー兄から聞いた話を、ハウゼンさんにも話しておくことになった。
ルー兄は強制隷属させられていたとはいえ、ハウゼンさんを襲ってしまったことを謝りたいと言うので、ハウゼンさんにも許可を取り、二人が対面することになったんだけど、二人共まだまともに動けないので、二人の部屋の間にある壁を、一時的に消すことにした。
「君がルーファスくんか」
「はい、あの……、あなたを襲ってしまって、本当にすみませんでした。許してもらおうとは思っていないです。どんな処罰も受けるつもりです」
「君に〈強制隷属魔法〉がかけられていたことは聞いた。嘘をつかない妖精がそのことを否定しなかったということは、それは事実なんだろう。処罰されるべきは君ではなく、デルゴリア枢機卿だ」
「妖精……」
「ああ……、そうか、普通は見えないのだったな……。どう説明すべきか……」
「説明もにゃにも、どちらも吾輩たちが見えているだろうに……」
「え?」
「……妖精? 猫じゃなくて?」
「吾輩たちは『ケット・シー族』だ。 猫ではにゃく妖精にゃのだ!」
獣人姿ならともかく、今は完全に猫型だからさ……。ルー兄の戸惑いも解るよ。ハウゼンさんも最初は困惑してたもんね。私はもう、猫だと思ってるよ。口に出して言わないけどね……。
「君も妖精が見えているのか?」
「え……、あ、はい、そこにいる猫……妖精とか、翅の生えた小さい人間とかなら……」
「そうか。私以外に見える者に初めて会ったよ」
え? 私も見えてますけど?
「え……、リリィも見えてる……よね? ねk……妖精と話してたし……」
「うん」
「……リリィ? リリアンヌのことか? 彼女は自分を人間だと思っているようだが、妖精だろう? 私が言っているのは、妖精の見える人間に初めて会ったという話だ」
黙れ、小童。誰が自分を人間だと思い込んでる妖精だ……。
「え? あれ? やっぱり人間じゃなかったの?」
お前もか、小僧。ブルー兄って呼ぶぞ、コラ。