◆68・あのポーズを取るべきか、取らざるべきか、それが問題だ。
「二人がハウゼンさんのお迎え?」
「私は違うわよ。ライマルをここに案内しに来ただけ」
「む……、貴様、『来訪sy……
マッチョ狼兄さんこと『雷丸さん』が、余計な一言を発しかけた瞬間、視界から消えた……。
うん、正確にはナツメさんとクロに、猫パンチで吹っ飛ばされたようだ。
そうだよね、ハウゼンさんのいるところで、私のことを『来訪者』とか呼びかけてたもんね。二人がヤらなかったら、私がヤってたところだ。
「何をする!」
「貴様こそ、にゃにを言おうとした! おい、クロ! にゃんで此奴を連れて来たのだ!」
「私はユキマルがいいって言ったのよ? でもユキマルはすぐに行けないからって、ライマルを連れて来ることになったのよ……。まさか、こんなに早くやらかしそうになるなんて……」
「やらかしそう? すでにほとんど、やらかしてるではにゃいか!」
「お、おい! 何をそんなに怒っているのだ」
「「…………」」
あ~……、雷丸さん、空気読めない系だったか。この人の口から、私のことが漏れまくりそうで超不安なんですけど……。
吹っ飛ばされた雷丸さんは、そのまま二人とオハナシアイをするようである。
うんうん、頼むよ、お二人さん。雷丸さんがハウゼンさんのお迎えなら、ハウゼンさんに余計なことを話しまくらないようにして貰わないと。
――で、結果……
雷丸さんは強制送還された……。
「な……なんだったんだ?」
そうね、なんだったんでしょうね。ハウゼンさんのお迎え要員が消えてしまったけど、私的には助かった気分である。それに、どの道ハウゼンさんはすぐには動けなかったので、しばらくはココにいることになっただろうしね。
クロが言うには、『ユキマル』という別のお迎え要員さんの手が空いたら、改めて案内しに来るとのこと。それまでハウゼンさんはここで待機することになったけど、代わりにハウゼンさんの手紙を騎士団に届けてくれることになったらしい。
とりあえず食事も終わったことだし、ハウゼンさんにはまたお布団に戻ってもらうことにして、私はハウゼンさんたちの滞在環境を整えましょうかね……。
自分の家に上げるほどの信頼関係はないので、おトイレとお風呂場は新たに造ることにした。とは言っても、お風呂場に浴槽はないし、おトイレもこの世界仕様である。どちらも汚水処理にはスライムを使うといいらしいんだけど、自分でテイムした子に頼むのはちょっと……と思っていたら、猫妖精たちが適当に捕まえてきたスライムをハウゼンさんがテイムして、汚水処理をさせることになったらしい。
スライムは、思ったより需要のある魔生物だったらしく、人間の間では、テイムしてごみ処理とかさせるのは一般的だったらしい。
一般常識に疎いリリたんの、世界の常識を聞く相手が猫妖精と人外さんしかいないのは、ちょっと考えものかもしれない……。
スライムのことだけにとどまらず、魔法に関しても、なんかちょっと一般常識とズレた使い方をしてるかもしれない……と、うすうす感じている今日この頃……。
今のところ、ハウゼンさんに魔法を使うところは見せてないし、〈土魔法〉で建てた建物とかは、猫妖精たちが建てたと思っているらしいので、そのまま勘違いしててもらおうと思っている。
その間に、ハウゼンさんが魔法を使うところを見て、この世界での魔法の使い方を覚えようとしたんだけど……。どうも毎回、決まった呪文を詠唱してるっぽい上に、なんか忍者みたいなポーズを取っているのだ。
――無理。
言わなくても使えるのに、覚える気力なんて湧かない。でもアレでしょ……、魔法使う前に『なんか詠唱してますよ~』って感じにブツブツ言ってから、発動すればいいってことだよね。
てかあの、忍者の印(?)みたいな、人差し指と中指を揃えてピンと立てたあのポーズは必須なの? あれしないと魔法発動できないの? それともただのハウゼンさんポーズ?
そういえば、前にミルマン兄さんたちが魔法を使ってた時、あんなポーズしてた? ……わかんないな。あんまりちゃんと見てなかったかも。え~……どうしよう。今度、他の人が魔法使うところを見て確認しよう……。
魔法のことはそれでいいとして、生活環境改善の続きをしようかね。
まぁ、ハウゼンさんは滞在すると言っても、そんなに長くいるわけではなさそうなので、そんなにアレコレ用意しなくてもいいと思うんだけど、問題は黒髪くんである。
もしも、自分の意思を無視して強制隷属されてるのだとしたら、強制隷属魔法を解除したところで、元の場所に戻りたがるとは思えないんだよね……。まぁ、そのあと、ここにいるかどうかはともかくとして。
それに、ハウゼンさんの言ってた枢機卿とやらの噂が事実だった場合、黒髪くんと同じように強制隷属させられてる子が他にもいたら、助けに戻ろうとする可能性もなきにしもあらず……だよね。
なんにしても、黒髪くんと話をしないことにはどうにもできないなぁ……と、もう一度黒髪くんのところを覗きに行ってみた。
――あら、起きてる。
起きてると言っても、横になったまま目を開けてるだけだけど。お布団は敷いたけど、お腹周りの拘束はまだ解いてないしね。
「起きました? 具合どうです?」
黒髪くんは、部屋の入り口から声を掛けた私の方にゆっくりと視線を向けてきた。
顔は『無』である。……怖い。
「ここはどこだ? 俺は……捕まったのか?」
「ここは、アーメイア大陸にあるカレッタという国の森の中ですね。貴方と一緒に来たと思われる人の話から察するに、貴方はレギドールという国の人ですか?」
「……俺と一緒に来た?」
「ここに来る前に、金髪の聖騎士さんと一緒にいませんでしたか?」
「…………」
あ、うん、やっぱハウゼンさんを襲ったのはこの少年かな……。
「いろいろ聞きたいことがありますが、まずはあなたの強制隷属魔法について聞かせてもらえます?」
「……っ、なんで……」
うん、わかりやすく表情変わったね。五歳相手に普通に会話してくれてるから、ハウゼンさんよりは話がすぐ進みそうだけど……。
「えっと……、その辺りの説明は今は飛ばすとして、その魔法を受けたのは自分の意思ですか?」
「ちがっ……」
「今も誰かの命令を受けている状態だったりしますか?」
「…………」
「もしかして、強制隷属魔法や命令に関して、自分から言えないようになってたりします?」
「……っ」
うん、なんとなく予想はしてたけど、やっぱりなにかしらの制限とかもありそうだ。いろいろ聞きたいなら、先に強制隷属魔法を解除した方がいいかもしれない。
セキさんたちには、強制隷属魔法を解除するのは慎重に決めろって言われたけど、よくよく考えたら、強制隷属魔法を解いたところで、脅威度が上がるとは思えないんだよね。むしろ、どんな命令を受けているか判らない状態のままにしておく方が怖いと思うんだけど。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言ってナツメさんたちのところに向かった私は、黒髪くんにかけられた強制隷属魔法を解きたいことと、解除方法を聞いて、もう一度黒髪君のところに戻った。
戻った私に付いて来たナツメさんとセキさんを見て、黒髪くんは目を見開いたまま絶句していたけど、そういえばこの人も、魔力多かったよね。妖精が見える魔力量の基準は判らないけど、黒髪くんは見えてるようだ。
それより、話を進めちゃおう。
「あなたのその強制隷属魔法、解除していいですか?」
「………………は?」
「解除しないと話せないこともいっぱいありますよね? いろいろ聞きたいんで、解除したら答えてくださいね」
「できるわけ……」
「できるなら、解除しちゃっていいってことですか?」
「…………」
「やっちゃいますね」
私はナツメさんたちに聞いたとおり、強制隷属魔法を消滅させるイメージを込めた魔力球を、疑わしい目を向けながらもどこか期待しているような黒髪くんに向かって、ベシャっと投げつけた。
「な…………」
「できたかな?」
「にゃ、こやつから変にゃ魔力の気配が消えたにゃ」
「みゃ」
「しゃべっ……」
ああ、うん、お猫様が喋ってることに驚くのは分かるけど、強制隷属魔法の方を気にしてほしい………。