◆61・新たな日々と妖精の報せ
ルースの泉前で暮らし始めて数週間が経った。
最初の頃は、ホーム周りに張った結界内には私しか入れないようにしていたけど、今では顔見知りの猫妖精たちやら、白竜様ご一行やら、新たに知り合ったピクシー族やらも結界内に入れるようになっている。
……というのも、ある日起きたら、目の前に眩しい人がいたのだ。言わずもがな、白竜様である。
その時はまだ、私しか結界内に入れないようになっていたハズなのに、普通に入ってきてた上に、ベッドサイドに椅子を作って、私が起きるのを待っていたらしい。
……で、そんな白竜様曰く、「僕はいつでも出入りできるけど、ずっと此処にいるわけじゃないし、リリアンヌしか入れない場所でリリアンヌに何かあると困るから、せめて妖精たちくらいは入れるようにしておいてほしいな」と。
そう言って、私が頷いたことを確認した白竜様が、私の作った結界をサクッと設定変更しちゃったのである。
――あ~、ね、うん、そうね、お竜様だもんね。多分、私が許可とかしなくても勝手に変更とかできちゃったんだろうね。一応、聞いてくれただけ、配慮してくれたんだろう。……多分。
まぁ、そんなこんなで、家の庭扱いしていたスペースでも猫妖精たちがゴロニャンゴロニャンするようになったのだ。一応、家の中には勝手に入らないようにしてくれているらしいので、庭では好き勝手してくれていいと思っている。
スライムの珠青と望湖にも、結界内は自由に動き回っていいとして、スライム用の水場も少し増やしたのだ。前に作った睡蓮鉢のようなものを庭のあちこちに置いて、ついでに猫妖精たちが遊べるように、キャットタワー的なものも作ってみたりもした。猫妖精たちは完全に猫扱いだけど、普通に喜んでいるので、多分、扱い方は間違っていない。
そうして、庭周りを少しずつ改造していく日々を送っていたところ、いつの間にか背中に羽の生えた小さい人間が、猫妖精たちと共に現れるようになったのだ。妖精と聞けば大体はこんな感じをイメージするだろうなって感じの姿をしている。
ナツメさん曰く『ピクシー族』という妖精で、二百年前に現れた来訪者に酷い目に合わされたそうで、同じく『来訪者』である私を警戒して、今までは様子見をしながら姿を隠していたらしい。
だけど、私がケット・シー族と仲良くしているのを見て、姿を見せても大丈夫だと思って出てきたんだとか。今では、猫妖精たちに交じって、たくさんのピクシー族も出入りしている。
そして、我が家の出入りメンバーに増えたのはピクシー族だけではない。
「にゃ! ラヴァ、メイズ、ヴェルデ! 今日もタマオやモチコと存分に戯れてくるが良い!」
そう、このラヴァとメイズとヴェルデ。ナツメさんがテイムしてきたスライム三兄弟で、ラヴァが赤色で、メイズが黄色、ヴェルデが緑と、見事な信号色トリオである。
どうやら、私が赤いスライムをテイムしなかったので、自分でテイムしてきて、私の庭に放つことにしたらしい。「なぜそこまで……」とちょっと思ったが、特に害もないし、可愛いのは可愛いので、好きにしてもらっている。
家の前を行き交うピクシー族に、猫にしか見えないゴロニャン族……いや、ケット・シー族。ぽよぽよ戯れるスライムたちに、時々現れるお鹿様こと、フォレスト・ホーンディア。ふらっと現れるガルーダ族に、しれっと現れるお竜様。
――うむ、我が家の庭はファンタジーで溢れている。
未だにちょっと現実味がないけど、平和な光景だなぁ……としみじみ感じていると、ピクシー族に声をかけられた。
「ねぇねぇ、リリアンヌ!」
「ん? 何?」
「なんかねぇ、リリアンヌの絵を持った人がいっぱいいる所があるんだって」
「……んぇ? 私の絵?」
ピクシー族の説明はいつもこんな感じで、時々よく解らない。でも嘘は言わないので、言われたことから連想したりして答えを探すんだけど……。
え~? リリたんの絵を持った人がいっぱい? 推し活……じゃないな。もしかして私、ウォンテッドされてる? 今、平和を感じていたところだったのに……。
「ねぇ、その私の絵を持った人がいっぱいいるのってどの辺りかとか分かる?」
「ん~? 海がある方だって」
「この近くにはいない?」
「近くにはいな~い! 海のある方だけ!」
「そっか、教えてくれてありがとう」
「ふふふ、い~よ~」
うん、海のある方って多分、シフ王国の方だよね。だとしたら、ベルツナー家が探してる? まぁ、それしか心当たりはないけど、ベルツナー家が私のこと、そんなに探すと思わなかったんだけどな……。
え? まさか魔道コンロとかを〈アイテムボックス〉という名のポッケにナイナイしたのが原因……じゃないよね?
なんにせよ、捜索されてるのはシフ国内だけっぽい? 普段はずっと森の中だし、冒険者ギルドには登録したあとに数回しか行っていない。しかも、何故か私はソウさんと親子だと思われてるみたいで、私が他国からの家出娘だとは誰も思っていないだろう。
三回目にギルドに行った時に、「優しいお父さんねぇ」とか言われて、何が優しいのかと思えば、どうやら、私が冒険者ごっこをしたくてギルド登録し、それに付き合う優しいソウお父さん的な構図になっているらしい。
まぁ、ギルド登録したものの、毎日行くわけでもないので、そう思われてても不思議ではない。
ギルド登録した時に「親子じゃないですよ」的な話をしたお姉さんは、この前行った時は見当たらなかったし、私とソウさんの親子説は特に否定する必要もないとそのままにしておくことになったのだ。
だからこの国まで捜索の手が伸びても、すぐに怪しまれることとかはなさそうだけど、絵を持ってるっていうのがねぇ……。
今からでも髪切ったり、染めたりして、あの冒険者ギルドに行くのは止める? う~ん……と唸っていると、ナツメさんがどうしたのか聞いてきたので、実家の人間に探されてるかもしれないことと、街に行く時に変装するかどうかを考えていたことを話した。
「それにゃら一度、ケット・シー族に様子を見てきてもらうのが良いにゃ。その方が詳しい状況が分かるからにゃ」
家出して来たことは話したけど、シフ王国から来たことなどを改めて話すと、その方面を中心に色々探ってきてくれることになった。
「ありがとう」
「にゃ、リリアンヌは自分のいたい所にいれば良い。そのための協力くらいはいくらでもするぞ!」
普段はちょっと頼りないのに、いざって時には心強いのがナツメさんである。
「それより、報告が届くまで暫くかかるだろうし、もう少しスライムの数を増やさにゃいか?」
「…………」
前言撤回しようかな……。
キメたと思ったら、途端に小学生みたいになるのがナツメクオリティである。