◇59・抑えきれない怒り/side:ライナス
私の名前は、ライナス・ベルツナー。
シフ王国に属する、ベルツナー伯爵家の当主である。
いずれ当主の座を引き継がせる息子サイラスには、私が領地に居る間は王都での務めを任せ、私が王都に居る間は領地の事を任せるようにしていたのだが、そのような暮らしをしていると、折角出来た孫達と顔を合わせる機会も、めっきり少なくなってしまった。
そして、5年前に下の孫であるリリアンヌが生まれてからは、リリアンヌが5歳になるまでは馬車での長旅は避けたいとの事で、息子家族には暫く王都での務めだけを任せるようにした事で、私が王都に行かない限り、孫達に会えなくなり、益々寂しい思いをする事になったのだ。
今日はようやく、領地へと来れるようになったリリアンヌと、上の孫であるイアンとも会えるのだ。本来ならもう少し早く会えていた筈だが、隣領で起こった魔獣トラブルに関しての呼び出しを受けて、暫く領地を離れなければならなかったのだ。
この数日をどれ程もどかしく思い、この日をどれだけ心待ちにしていた事か!
「今帰った!」
逸る気持ちを抑えながら、息子家族が居るというサロンへと向かい、揃った顔ぶれを見て首を捻る。
「リリアンヌはどうした? それにその娘は何だ?」
会うのを心待ちにしていたリリアンヌの姿が無く、代わりに見知らぬ娘が、息子家族の真ん中に、当然のような顔をして立っていたのだ。
「父上、この子はデイジー。我が家に娘として迎えました!」
「…………。何を言っている。私の許可なくベルツナー家の娘になる事など無いであろうが。それよりリリアンヌはどこだ!」
「リリアンヌは……」
突然、馬鹿な事を言い出した息子に顔を顰めずにはいられなかった。リリアンヌの事を聞いてもはっきり答えを返さない。一体何だと言うのだ……。
「アンジェリア、リリアンヌはどうした?」
「そ……れは……」
「イアン?」
「リリアンヌはデイジーを虐めるので、私が懲らしめてやりました!」
「は?」
サイラスが答えないので、サイラスの妻であるアンジェリアに問うたが、同じくはっきり答えない。ならばと、リリアンヌの兄であるイアンに聞けば、更に不可解な言葉を返してきた。
「リリアンヌを懲らしめたとはどういう事だ。リリアンヌはどこにいる」
「リリアンヌがデイジーを階段から突き落とそうとしたので、私が代わりにリリアンヌを落としてやりました!」
「………………」
あり得ない事を誇らしげに語るイアンもおかしいが、それを咎めず、頷く息子夫婦と使用人達を見て、自分の頭がおかしくなったのかと混乱する。
「それは、リリアンヌを階段から突き落としたという事か?」
「はい!」
「………………」
何故だ? 妹を階段から突き落とした? 何故そんな事をしておきながら、平然と……どころか、意気揚々としていられるのだ。
「リリアンヌはどこだ……」
「父上……、リリアンヌは……」
「リリアンヌはいません! きっと天罰が下り、神様に消されたのではないでしょうか!」
「……いない?」
駄目だ。よもや身内に殺意を抱く日が来ようとは思わなかった。
「サイラス! どういう事だ! リリアンヌはどこだ!」
「それは……」
「答えよ!」
「……いなくなったのです」
「いなくなった? 何故だ? いつからいない?」
「わ……分りません」
「分からない? 分からないだと!? そんな事があるか!」
「で……ですが、突然消えたと……」
「人が突然消える訳がないであろうが! 侍女はどうした! 常に一人は付いていたであろうが!」
「いえ……」
「は? それは何の『いえ』だ」
「その……、暫く侍女は付けないようにしていたようで……」
「は?」
息子の言ってる事が解らない。そもそも、娘がいなくなったと言うなら、何故そんなに平然としていたのだ。こんな状況で、見知らぬ娘を家族の中に置いて、娘として迎えたなどと言うか?
「…………リリアンヌが本当にいなくなったのならば、捜索はしているのだろうな?」
「使用人共に探すように申し伝えてはおります」
「……それだけか? 捜索隊は? 騎士団や自警団には?」
「そこまで大袈裟にする事でもないかと……」
「…………トマス!」
「はっ!」
「今すぐ、リリアンヌの捜索隊を用意させろ。それから鑑定師を呼べ。バリー! 全ての使用人にリリアンヌの事を含め、ここ暫くの聞き取りをさせろ」
息子家族の異常さは明白だ。今のサイラスには何も任せられないと判断し、私に付いている人間を中心に動かす事にする。息子家族に付けていた使用人も、今は調査対象だ。
「それで? その娘はどこから連れてきた」
どう考えても、一番の違和感はサイラスの連れている緑髪の娘だ。
「デイジーは、ジュードの娘でして……。その……、ジュードが流行り病で妻と共に亡くなり、幼い娘が一人残されたにもかかわらず、ポート家では引き取らないと聞いたものですから。見て下さい! こんなに愛らしく、幼い子が、身を寄せる場も無く、孤児院に入れられるのはあまりに酷い話でしょう? 父上はジュードには良い感情はないかもしれませんが、デイジーに罪はありません。ですから、我が家の娘として迎えたのです!」
「おじいさま! デイジーです。どうしてそんなに、こわいかおをしているの? おとうさまにどならないであげて」
「…………。お前は私の孫ではない。それにサイラスもお前の父ではない。サイラスがお前の父になる事もない。サイラスを『おとうさま』と呼ぶ事も許さぬ。ジュードの娘であれば、お前は平民だ。此度だけは特別に許すが、本来は許可なく貴族に話しかける事などあってはならぬ事だ。弁えよ」
「え? おじいさま?」
「父上⁉ 何を言うのです!」
「サイラス、お前も暫し黙っておれ。トマス!」
「はっ!」
先程申し付けた事の手配が終わったトマスの姿が見えたので、息子家族とデイジーとか言う娘を引き離して、どちらも監視付きで別室に拘束させておくように指示を出した。娘の方の監視に付く者には、距離を取って、言葉を交わさぬようにも申し付ける。
――ジュードの娘だと!? 我が娘シャノンの婚約者であったジュードが突然姿を消し、市井で平民の娘と一緒になっていたと聞いた時は我が耳を疑ったものだ。あまりにも突然で、あまりにも不誠実だったジュードを決して許すまいと思ったのだ。
ジュードの生家であるポート子爵家も、ジュードの不義理を許さず勘当したのだ。そんなジュードの娘をポート家も引き取る訳がない。そんな娘を連れてくるなど……。
こうなっては、あの娘だけでなく、母親の方も疑わしくなって来たな。スキルは遺伝する事が多い。母親も死んだようだが、可能な限り全てを調べさせるべきだな。