◇44・アンジェリアの憂鬱/side:アンジェリア
「リリアンヌがいないですって?」
私は、アンジェリア・ベルツナー。
ベルツナー家の次期当主であるサイラス様の良き妻であり、2児の母である私の最近の悩みは娘の事……。
貴族の子女として生まれたならば、父と夫となる旦那様の言は絶対。家を導く旦那様の言う事ひとつ聞けない等、あってはならない事ですわ。
――だと言うのに……。
少し前に旦那様が、ご友人であった方の忘れ形見である娘、デイジーを我が家に引き取られました。これが、よもや旦那様の愛人の子等であったならば、流石の私も、少々取り乱してしまったかもしれませんが、たとえそうであったとしても受け入れたでしょう。
ですが、旦那様はそのような事をなさる方ではなく、私の事を愛してくださっておりますわ。そんな優しき旦那様との間には、息子1人と娘1人を授かり、大事に大事に育てて参りました。
その内の1人である娘のリリアンヌが、旦那様が引き取り、「家族として仲良くするように」とおっしゃったデイジーに対して、嫌がらせをしているのです。
我が家に迎えたデイジーは、半分平民の血が混じっているようですが、旦那様のご友人の子であり、優しくすべき子。それに、デイジーは両親を亡くしたにもかかわらず、笑顔を見せ、とても従順な可愛い子ですわ。
そんなデイジーに、我が子であるリリアンヌが嫌がらせをしていると聞いた時には、恥ずかしさの余り、倒れてしまいそうな気分になりましたわ。旦那様の言いつけを守れないどころか、注意をしても「そんな事はしておりません」とシラを切り、口答えをする始末。嗚呼、何という事でしょう……。
そんな悩みを抱えるようになって数か月、シーズンが終わり、王都から領地に戻ってすぐの数日前にリリアンヌがとうとう、デイジーを階段から突き落とそうとまでしたらしいのです。幸い、既のところでデイジーには何事もなかったようですが、いよいよリリアンヌには厳しい躾を徹底しなくてはいけません。
デイジーに対して行なった愚行に対し、イアンがつい手を出し、リリアンヌを階段から突き落としてしまった事には、少々肝を冷やしましたが、リリアンヌは怪我をしただけで済みました。
リリアンヌが怪我を負ったのは自業自得ですから、自らの愚行を認識させるためにも、治癒魔法やポーションを使う事を禁じさせ、しばらくは使用人棟にでも放り込んでおくように命じたのですが……。
そのリリアンヌの姿が見当たらないとの報告を、たった今、受けたのです。
「いないとはどういう事? しばらく自力では動けないって話だったでしょう? ちゃんとよく見たの?」
暫くリリアンヌの世話は最低限に留めて、手助けもしないように、使用人たちには通達してあったハズよ。自力で動けないなら、誰かが移動させたとしか考えられないけど……大体、リリアンヌを移動させてどうすると言うのよ。
まさか、誰かがリリアンヌの世話を? ベルツナー家のモノでありながら、私の言に逆らったとでも言うの?
「探しなさい! リリアンヌの世話をしている者がいたら、その者も一緒に私の前に連れてきなさい!」
こうなったら、その不届きモノには厳罰を処さなければ。
リリアンヌの事だけでも憂鬱だと言うのに……。これ以上、私を煩わせないでほしいわ。