◆26・お腹イッパイです
むぐむぐとトーストを頬張り、うまうま堪能していると、頭上の猫妖精たちの影が動いた気がして、ふと見上げてみた。
――…………。
見なきゃ良かった……。いや、今ならまだ間に合う。見なかった事にしよう。
結界にへばりつくようにしながら、目をギラギラらんらんとさせて、何故かこちらを凝視している猫妖精たちなど私は見ていない。
私は素知らぬ顔をして、食事を再開した。
なんだかんだで、食事の為に〈交換ショップ〉で細々と交換してしまっている。生活品も何もない状態から揃えようとすると、お金はどんどん減るだろう。今日はこの拠点を生活しやすいようにイジるとしても、明日からは狩りか採集をした方がいいな。
もっと、転々としながら拠点を見つけるつもりだったけど、早々に決まったもんねぇ。これなら、寝袋じゃなくてお布団買えば良かったかも。まぁ、その内、ここから遠出する事があれば使おう。
そんな事をつらつらと考えていると、上から声が降ってきた。
「うみゃいのか? それはうみゃいのか?」
「…………」
え? まさか、パン狙ってる? てか妖精だから『ビスケットとクッキーと牛乳』しか興味ないんじゃないの? 私の貴重な食料を、食べなくても問題ない種族に渡すつもりはない!
聞こえない。聞こえな~い。
「ミャー! 一口! 一口でいいんだ! それを味見してみたい!」
別に一口くらいならいいけど……と、私がパンを齧りながらチラリと視線を向けると、ちょっと丸くてデッカい灰猫さんが猛アピールしてくる。
「…………」
あなた……あなたは一口で良くても、周りにいる同じ表情したちびこい猫妖精たちはどうすんのさ……。みんなに一口ずつあげたら、確実になくなるんですけど?
「…………」
「ミャ……、ひ、一口だけ……」
「はぁ……。起きたと思ったら、何をそんな、幼子の食事に集ろうとしているのですか」
私が無言の抵抗を続けようか迷っていると『お猫様その2』改め『ソウ』さんが会話に入ってきた。いいぞ! もっと言ってやっておくんなまし! なまし!
「ミャ!? 我は集っている訳では……」
「はいはい、説得力ゼロです。それより貴方、そこの幼子リリアンヌから名を頂きましたよ。貴方には『セキ』の名を。私は『ソウ』の名を頂きました」
「ミャ!?」
「吾輩は『ニャツメ』だ!」
いつの間にかナツメさんも混じっているが、私は『ニャツメではなくナツメ』だと説明する事もなく、今の内にせっせとパンをもぐる事にした。
もぐもぐ……。
「ミャ! 我に名を⁉ 我は『セキ』!?」
「そうですよ。私たちは人の営みを見る事はあっても、会話をする事は稀ですからね。ましてや名付けなど、そうそうに頼めるモノでもないですし」
「よい機会だったにゃ」
「ええ、自分達で考えるのは何だか味気ないですしね」
もぐもぐ……。なんか割とサラッと名付けを頼まれた気がするし、『味気ない』とかいう理由で頼まれたのか……。もぐもぐ……。
「いいですか! リリアンヌ!」
聞き耳を立てながらも、パンに集中していた私にソウさんが、クワッ!と話しかけてきた。
「え?」
「私たち妖精族は基本的に、こちらが意図して姿を見せるか、そういう変化をしていない限り、人には見えない種族なのです」
え? そうなの!? と驚いていると、ナツメさんもセキさんも前と上でうんうん言っている。
「あ……、じゃあ、今は意図して姿を見せてもらってるという事ですか?」
「いいえ」
え? 違うの!?
「極稀に元々見える人もいるのです」
「にゃ! リリアンヌみたいに魔力が凄く多いか、後は加護持ちとかだにゃ」
「加護……」
「ええ、加護持ちは生まれ持った者と、後天的に加護を与えられる者とがいますが、加護を他者に与えられる存在自体が少ないですから、後天的に加護を授かる者は中でも特に稀ですね」
「ほぇぇ……加護を与えられる存在とかいるんですね」
「あの山の上にもいるにゃ」
そう言って、ナツメさんがティングレー山脈の中でも一番標高が高い山を指差した。まぁ、指らしい指が見えないモフ猫手だけど。
「え……割と近くにいるんですね。やっぱり目に見えない神様的なナニカがいらっしゃるとかですか?」
「んにゃ、にゃにを言ってる」
「妖精族ではないですから、普通に誰にでも見えますよ」
「みゃあ、あそこみゃで行けたらの話だけどな」
「え? そうなんですか? それってどんな人? ……者? 様?」
「白竜様です」
「ドラゴンとも言うにゃ」
「みゃ!」
「………は?」
――……は? ドラゴン? いやいや、もう、そういうのお腹イッパイなんで! お鹿様とお猫様だけで充分『異世界ファンタジー』を堪能しておりますから、もうそういうのイラナイんですけど? え? てゆうか私が最初に目指してたの、お竜様の棲み処だったって事? ひぃぃ~~~。白目剥くわ。
「会いたければ今度、一緒に会いに行くにゃ!」
――行くかぁぁぁぁぁ!
「いえ、ご遠慮致したく……」
「遠慮しにゃくていいにゃ! にゃんにゃら、吾輩の背に乗せてやってもいい!」
「いえ、ホントに結構です……」
「子供はもっと甘えていいのだぞ!」
「…………」
「まぁ、白竜様に会いに行くかどうかはともかく、妖精を見れる稀人は、人の世では一般的に『加護持ち』だと思われる事が多いのですよ」
「…………。それは、加護持ちではなく、私のような魔力が多い事で妖精が見えている場合でも……と言う事ですか?」
「そうです。だからリリアンヌは、私達妖精が見えている事を安易に漏らさないようにした方がいいでしょうね」
「わかりました。しばらくは森の中にいるつもりですけど気をつけます」
「ええ、過去には愚かにも『加護持ち』を巡って戦が起こった事もありますからね」
そんなちょっぴり物騒な話を聞きつつ、いつか町とかに行く時はホントに気を付けようと改めて思ったのだった――。