◇159・竜族ってやっぱり大雑把だよね/side:レイ
リリアンヌたちとゾルジ邸の捜索をし、辿り着いた先であり得ないものを見つけた。
「俺が元の世界に戻るには、完全な異世界人を生贄しなきゃいけないんだよ! ああ、言っとくけど、お前が『完全な人間』って意味じゃねぇから。お前はすぐ勘違いするからな。そもそも……、そうだ! そもそも、お前が俺の前に現れさえしなきゃ、俺の人生が狂うこともなかったんだよ! 全部、お前のせいだ、菊川雛!」
「何……、訳分かんないこと言ってんのよ……」
――キクカワヒナ?
まさか……と思った。
しかし、ケット・シーが悶絶するほどの、劣悪な魔力臭を放つ女……。
元の身体は、あの場で横たわっている赤髪の女だったのだろう。
今は、デイジーの身体の中に入っているようだ。
話の内容からするに、あのゾルジ家の当主が中身を入れ替えたと思われる。
そんなことができるゾルジも捨て置けないが、デイジーの中身が本当に、あの『菊川雛』ならば、もっと捨て置けない。
アルバスによって消滅させられたと思っていたのに……。
「お前が! お前が俺と花の仲を壊したんだろうがっ!」
――は?
あの男、まさか……。
いや……、『絶対ない』とは言えない?
チラとリリアンヌを見遣れば、キョトンとした顔をしている。
『菊川雛』と聞いても、『花』と聞いても、ピンときてない?
そう言えば、リリアンヌは転生前の記憶がちょっと飛んでいるんだっけ……。
「(…………)」
「(……レイ様?)」
「《にゃ?》」
「(レイ?)」
まずは、リリアンヌを連れてこの場を離れる。
とはいっても、ゾルジ家の屋根の上に移動しただけだ。
まぁ、リリアンヌにあの場の会話を、あれ以上聞かせないようにできればそれでいい。
下の様子は、ナツメの目を使って視ることにする。
ケット・シー族の一部の者たちがあちこち出まわっているのは、竜族の目の代わりになるためでもある。
あまり動き回れない竜族が、旅するケット・シー族の目と自分の目を同期することで、外の世界の様子をそのまま見ることができるのだ。
「はな? はなってまさか、梅村花のことじゃないでしょうね!」
「はっ! やっぱ、お前、花のことは覚えてるんだな。やたらと嫉妬して、執着してたもんな!」
「……はぁ? あんな女に嫉妬なんてする訳ないでしょ! それよりアンタ、もしかして耕紀なの!?」
――やっぱりか……。
まさか、あの男までこの世界にいるとは……。
しかも、先ほどの話から察するに、あの男が菊川雛をこの世界に喚んだ。
そして、その召喚に僕と叔父が巻き込まれた訳だ。
あの男がこの世界に来たのは、『来訪者』だから?
いや……、アルバスから得た知識によれば、あの男は『来訪者』ではない。
つまり、あの男も菊川雛も、そして僕と叔父も、皆、『来訪者』ではなく『転移者』だ。
『来訪者』と『転移者』では、そもそも身体の造りが違う。
その違いは竜族にしか分からないものだけれど、今の僕になら分かる。
「だったら何だよ! 俺はもう、お前と話す気なんてないんだ、黙ってろ」
「はっ! アンタ、さっき『花との仲を壊した』とか何とか言ってたけど、壊したのは自分でしょ?」
「煩いっ! 俺は元の世界に戻って、花とやり直すんだよ!」
「はぁ~? あの女、とっくに死んでんじゃん。自分で殺したくせに、何言ってんの?」
「――~~~っ! 煩い、煩い、煩いっ!」
「――がっ!」
喚く男が、デイジーの姿をした菊川雛の腹を踏みつけた。
惨い仕打ちのようにも見えるけれど、正直、助けようとは微塵も思えない。
かと言って、あの男を野放しにするつもりないけれど。
あの男、今はダミアーノ・ゾルジという人間の姿をしているが、恐らく、誰ぞの身体を使っているのだろう。
デイジーの中身を取り換えたように、自分の中身を取り換えていると思われる。
方法は分からないけれど、真っ当な手段ではないことだけは察せられた。
ゾルジという男の中身は、『尾和戸耕紀』という日本人だろう。
僕たちが元いた世界の日本で、同じ会社に勤めていた男。
そして、梅村の元彼であり、梅村を殺した男でもある。
自分が菊川雛と浮気をして梅村と別れたくせに、梅村に「よりを戻そう」としつこく言い寄り、なぜか梅村を殺した理解不能な奴だ。
「はぁ~…………」
腹の底から煮え滾るような思いが込み上げてくるのを、息を吐きながら堪える。
梅村……いや、リリアンヌの記憶が飛んでいて良かったと、心から思う。
そして願わくば、そのまま、あの記憶は戻らないでほしいとも思う――。
さて……。
リリアンヌが少し離れた所でジッとしているのを確認し、すでにゾルジ邸内に張られた結界を包み込むようにして、新たな結界を張る。
《アルバス! アルバス!》
《ん? レイか。どうした》
《僕の身体を使っていいから、来てくれる?》
《む?》
《早く!》
個人的には、あの男も、菊川雛も、自分の手で消し去ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
だけど、この世界の法則を無視するかのような存在である二人を、勝手に消す訳にはいかない。
何より、今は厄介な結界がある。
元の姿に戻った僕なら、無理矢理に力押しすれば壊せるかもしれないけれど、辺り一帯を消し飛ばしてしまう可能性がある。
まぁ、アルバスでも辺り一帯を消し飛ばしかねないけれど、僕の力を結界に全力投入すれば、多分、大丈夫だ。……多分。
僕の記憶を読んだアルバスが、僕の身体に移る――。
「《ふむ……、リリアンヌ、息災なようだな》」
「ふぁえ?」
《ちょっと、のんびりしてる場合じゃないでしょ!》
「《……分かっておる。リリアンヌ、あとでな》」
《まぁ、竜族であるアルバスが、来訪者であるリリアンヌを気にする気持ちは分かるけどさ……》
《ふふっ》
《何、その笑い……》
《いや、なに、お前も相変わらず、かわいいと思ってな》
《は?》
状況は分かっているはずなのに、なぜか機嫌がいいアルバス。
しかも、僕がかわいいとか、やめてほしい。
竜族にとっては元人間の僕も、小動物と似たように見えているらしいのは分かっているけれど……。
《さて……》
僕の身体に入ったアルバスは、僕たちが先ほどまでいたゾルジ邸の中へと転移する。
そして、その場に残っていたルーファスを、邸の屋根上へと転移させた。
さすが、アルバス。僕じゃ、来訪者ではないルーファスを転移させるのは困難だ。
金竜様と黒竜様も、そういうのが苦手そうだけど……。
そんなことを考えている間に、アルバスがゾルジ邸に張られていた結界を壊していた。
いや、壊したというより、消した……かな。
「なっ、何だ!?」
――《ドサッ》
結界が消えたことに驚いているゾルジは、次の瞬間には沈黙し、その場に倒れた。
《にゃっ!?》
《ああ、ナツメ、下の部屋にあるものを回収しておくれ》
《にゃ? レイ……?》
《アルバスだ。レイもおるがな》
《白竜様!? いつの間に……》
アルバスがこの場にいることに気付いたナツメが驚きながらも、アルバスに言われたとおりに、下の部屋にあるものを回収している。
資料らしきものが山とある部屋なので、召喚や身体の入れ替えについての資料もあるかもしれない。
そういうものは人の手にあってはならないし、人の手に回収させてもいけないだろう。
それにしても……、あの女まで静かになった……?
《ん? 二つしかないな?》
そう言ったアルバスの手元には、鈍く光る赤と黒の小さな球が入った、水晶玉のようなものがあった。
《アルバス?》
《これは『水晶牢』だ。中にあるのは、下におった二人の魂なのだが……》
そういえば、デイジーの中身が菊川雛だった。
だとしたら、本来のデイジーは?
《む? あっちか?》
《あっち?》
《似た波動の魂が、器から出ている》
アルバスが西側に手を翳したかと思えば、今度は鈍く光る緑色の小さな球が、アルバスの持つ水晶牢の中に現れた。
《それ……》
《これが、あの子供の中身だな》
《じゃあ、それがデイジー?》
《本来の器から長く離れていた故、空いた器に戻してもすぐに剥がれ落ちるだろうて》
《じゃあ、どうするの?》
《魂の色が澄んでいれば、この世界に戻してやっても良かったのだが……》
アルバスが持つ水晶牢の中に囚われた魂は、三つとも濁った色だ。
《……やはりダメだな。こ奴らをこの世界に戻すことは罷りならぬ。子供の方は全てを浄化して、別の世界に。あとの二つは……、これは他の竜族と話し合って処遇を決める》
《そう……》
《赤と黒はそう簡単に終わらせはせぬ。相応の罰は受けてもらわねばな》
《うん》
《ナツメ、上に、リリアンヌの所に行っておきなさい》
《にゃ? 承知!》
《アルバス?》
《あの魔法陣も残しては置けぬからな》
そう言ったアルバスが腕を振るうと、僕が張った結界の中のものが、全て消滅した――。
《え? 全部?》
《む? 間違えたか? まぁ、良かろう》
《………………》
どうやら、力加減を間違えたらしい。
「まぁ、良かろう」って……、全然、良くないと思うんだけど。
とは言っても、もう消えちゃったし、どうしようもないか。
うん、じゃあ、まぁ、いっか――。




