◆157・え?
浮遊しながら、ゾルジ家のお邸を東側に向かって進む。
私のお腹ポッケにレイ、獣人型になったナツメさん、そしてルー兄も一緒だ。
辺りを見回しながらしばらく進むも、今のところ、人っ子一人見当たらない。
貴族のお邸、しかも侯爵家にしては、人がいなさ過ぎでは?
「(ねぇ、門と庭に三人いただけで、他に人影がないっておかしくない?)」
「(そうだねぇ……)」
「(とりあえず、もう少し見てみよう)」
「(うん)」
「《にゃっ! リリアンヌ! 人ならあそこにいるぞ》」
「(ん?)」
ナツメさんに言われて、ナツメさんが指差す方を見遣れば、とある一階の一室に人影が見えた。
浮遊しながらその部屋の窓に近付いて中を窺えば、若い男性が一人、ソファに横たわるようにして寝ているのが見えた。
「(寝てる?)」
「(寝てるというか、倒れてない?)」
そう言われれば、そう見えなくもない……。
一応、〈鑑定〉しよう。
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◆イメリオ・アクラーリ(20)
[種族]人族
[MP]0/2,400
[スキル]―
状態:薬物による昏睡
備考:12/28生まれ
―――――――――――――――――
――薬物による昏睡?
てか、昏睡って、状態的にちょっとヤバいのでは?
魔力がゼロなのも気になるけど……。
う~ん……、どうしよ。とりあえず、〈ヒール〉とかかけた方がいいかな?
「(ねぇ、あの人、薬物による昏睡状態らしいんだけど、ちょっと回復させた方がいいかな?)」
「(う~ん……、回復させても、しばらく起きないようにした方がいいかも)」
「(あ、そうだね)」
あの人が、なぜあんな状態になったのかとか、あの人がどんな人かとかも分からないしね。
てか、何か……、『アクラーリ』って、どっかで聞いたような、ないような?
ん~? レギドールの人の名前とか、さほど聞いた覚えもないはずなんだけど。
そう思いながら、最近出会った人の名前と顔を浮かべるも、それらしい人は思い浮かばない。
じゃあ、気のせい……、――あっ!?
「………………」
「…………?」
ふと、反射的にルー兄の方をチラリと見てしまった。
慌てて視線を元に戻しながら、倒れている男性のすぐ側に睡眠効果を出せる植物を用意する。
私の記憶が確かならば、この男性は恐らくルー兄の異母兄だ。
この人の両親はともかく、この人がルー兄に何かをしたかどうかは分からない。
この人がルー兄を知っているのかも、ルー兄がこの人を知っているのかも分からない。
まぁ、レギドール貴族のあれこれを把握しているルー兄なら、この人が異母兄であることは知っていそうだけど……。
そもそも、私が『アクラーリ』を知ったのは、デルゴリラの所の地下施設にあった資料によるものだ。
今ここで、「この人、ルー兄の異母兄さんだよ」と言う必要なんてないだろう。
顔に腕がかかっていて顔も見えないし、私たちは窓の外から部屋の中を見ている状態だ。
ここから鑑定でもしない限り、彼が『イメリオ・アクラーリ』だと気付くこともないはずである。
とりあえず、この人の[昏睡状態]だけを回復させて、その後はしばらく、私の植物魔法で眠っていてもらうことにしよう。
魔法を発動したあと、再度〈鑑定〉をし、状態を確認すれば、[薬物による昏睡]から、[魔法による睡眠]へと変化していた。
これでひとまず、死ぬようなことはないだろう。
その後、外から見える場所を一通り見たところ、さっきの男性以外の人影はなかった。ならば……と、今度は外から見えない部屋の中を、こっそり見て回ることにした。
完全な不法侵入だけれど、今更か~と思っていれば、ルー兄の案内で屋根裏ルートへと突入した。
壮大でスパイなBGMが、私の脳内を駆け巡る。
シリアスで凛々しい顔付きを心がけながら、ルー兄の後を追い、屋根裏を這い進む。
まぁ、正確にはちょっぴり浮遊しながら進んでいるので、いもm……いや、空中遊泳ドルフィンだ。
――ににににに~んに~んに、に~んにんに、に~んに~ん♪
……あれ? これ、ヒゲダn……。てか、スパイどこいった。
…………さ、気を取り直しまして。
屋根裏側から天井部分に小さく穴を空け、お邸内の部屋を順番に見ていく。
まぁ、穴を空けてくれるのはルー兄だ。手際がプロである。
そんなルー兄の先導で進んでいけば、とある部屋で使用人と思われる人たちが、先ほどの男性のように倒れているのを発見した。
倒れている人をひとりひとり〈鑑定〉すると、やはり先ほどの男性と同じく、[薬物による昏睡]と表示された。
――どういうこと?
もしかして、この邸にいる人たち全員、誰かにこの状態にされたってこと?
いや、でも『薬物』ってことは、何かしらの集団中毒の可能性もある?
原因が分からないけれど、新たに見つけた人たちも先ほどの男性のように、[昏睡状態]を回復させ、[睡眠状態]にしておく。
そして、また別の部屋へと進めば、また同じ状況に遭遇し、同じ処置を施していく。
そうして、あちこち回っていれば、声が聞こえた――。
「何よ、これ!」
ルー兄たちと顔を見合わせ、声のした方へと進む。
しかし……。
――《ゴチッ》
「痛っ!」
「《にゃ?》」
――え? 何?
「(どうしたの?)」
「(それが……)」
柱や壁にぶつかった訳じゃない。でも、何かにぶつかった。
おでこをさすりながら、そ~っと手を伸ばしてみる。
――《ペタッ》
「………………」
「(ん?)」
――《コンコンッ》《ペタッ》《コンコンッ》
「(何か、透明の壁がある)」
「(ホントだね)」
「《にゃ? 結界か?》」
「(魔法かな?)」
「《う~む……、ただの魔法であれば、すぐに分かるのだが……》」
「(え? じゃあ、魔法じゃない?)」
「(スキルかな?)」
「《リリアンヌの結界は別としても、他の者の結界であれば吾輩でも壊せるはず……にゃのだが、……恐らく、これは壊せにゃいにゃ……》」
「(リリィだったら壊せる?)」
「(う~ん? 〈バッキンガム!〉)」
「(うん?)」
――《コンコンッ》
「(無理だた)」
「(今の……、まぁいいか。それより、これ、僕も壊せないかも)」
「(レイが無理なら、みんな無理では?)」
「(アルバスなら……)」
「(それ、結界以外もいろいろ壊れない?)」
「(…………)」
確か竜族って、この世界の魔力の根源みたいな存在で、魔力濃度が高いから下手に動き回れないんだよね?
だから、ケット・シー族の管理する森の側にいるとか、何とか……。
大体、竜族がこんな住宅街に来る訳もなく……。
つまり今のところ、この結界を壊せるのはこの結界を作った人だけだろう。
「(そもそも、これ、何のための結界? 誰が作ったのかな?)」
「(……う~ん? まぁ、単純に考えてゾルジ家の人間がやったんだと思うけど。それにしても、こんな結界が張れるなんて……)」
「(もしかして、この結界を張った人、妖精が見えたり……)」
「(どうかな。スキルで作った結界なら、魔力量は関係ないけど……)」
この結界を作った人が私たちの敵だった場合、ちょっとヤバいのでは?
竜族以外が壊せそうにない結界の中に籠られたら、どうにもできないと思うんだけど。
しかも、できることが〈結界〉だけとは思えないし……。
「ちょっと! どういうことよ!」
――あ、そういえば、人がいるんだった。
結界のせいで前に進めず、声のする人物がいるであろう部屋が窺えない。
どうにか、別の場所から見えないかと、結界に沿って移動する。
「はぁ……、そんなに大きな声を出さずとも聞こえますよ……」
「はぁ!? アンタ! 何よ、その態度!」
聞こえるのは女の人の声がひとつに、男の人の声がひとつ。
部屋にいるのは二人だろうか?
てか、女の人……って言うより、女の子の声っぽいというか……。
聞こえてくる声に耳を澄ましながら、もぞもぞと移動した結果、どうにか人がいる部屋が覗ける場所を見つけた。ルー兄が。
部屋のかなり端の方の天井部分だけど、どうにか部屋の中は見えそうである。
またしてもルー兄に空けてもらった小さな穴から、目を凝らすようにして部屋の中を見た――。
――え?




