◆155・そうとは気付かぬ邂逅
渡したスカーフを、ナツメさんと同じ巻き方にしようとするルー兄をそっと止め、私たちは宿を出発した。
黒いほっかむりをしたナツメさんはご機嫌で、ルー兄を背中に乗せているにも拘わらず、走る足取りは軽やかである。
ルー兄の案内で、踊るように走るナツメさんを追いかけ、飛ぶこと数分。
ご機嫌にルンルン走行をしていたナツメさんが、突然、とあるお邸の屋根上でもんどりを打ち、ルー兄がナツメさんの背中から飛び降りた。
「にゃ゛ぶっ!? く、くさっ……くさ……」
「ナツメさん!?」
鼻を押さえながら、涙目になっているナツメさん。
私は慌てて、臭いを遮断する〈結界〉を張った。
「にゃふぅ……、助かった……」
「だ、大丈夫?」
「突然来たにゃ……。かにゃり臭かったぞ」
「やっぱりデイジーがいるのかな?」
「前にロンダンで感じた臭いとは、少々違う気もするが……。しかし、臭いが強過ぎて、何とも言えにゃいにゃ……」
「ルー兄、ここがゾルジ家?」
「ううん、ここは二つ隣。ゾルジ家は、あの黒い屋根の邸だよ」
どうやら、目的地の手前だったようだ。
となると、目的地ではもっと魔力臭が強いと思われる。
「ナツメさん、ここで待ってる?」
「いや、大丈夫だ。不意をつかれて驚いただけだからにゃ」
「でも……」
「臭いの元凶を確かめねばにゃるまい」
「……分かった。でも、ちょっと待って」
魔法で、臭いを遮断できるマスクのようなものを作れないだろうかと考える。
こう……、ヘルメット的な。
結界は動かせないというイメージを持っていたけれど、地面や空間に固定されていないと考えればいいのだ。
動くナツメさんに、ヘルメット型の結界を被せる……。
遮断するのは臭いだけ……。空気は通してもらわないとね。
「むむむ……、〈結界・ヘルメッッットゥー〉!」
「にゃ?」
「……うっし!」
ナツメさんの顔周りに、透明な結界のヘルメットが出現した。
形はフルフェイス型(猫耳付き)で、開閉可。
臭いの元を確認する時だけ、ヘルメットを開ければいい。
「《お? いいではにゃいか! これにゃら、確認の時だけ我慢すればいいにゃ》」
どうやら、ちゃんと成功したようである。
少々、声が籠っているけれど、普通に聞こえるので問題ない。
では、改めて出発するとしよう――。
とは言っても、目的地はすぐそこだ。
スキルの〈MAP〉も開いておこうかな。
「うむ、侯爵家なだけあって、大きいですな」
「にゃ゛ぼっ……、《辺り一帯に臭いが充満しているが、あっちの方が臭いがキツイ気がするにゃ》」
「あっち……」
ナツメさんが「あっち」と言った、お邸の西側へと向かう。
まずは私が屋根上から宙を行き、建物内を覗k……内部確認するとしよう。
どれどれ……。
「――ふぉふっ!?」
宙を行き、窓から中をよく見てみようとしたところで、微かな風を感じ、ふと視線を上げれば、頭上にルー兄がいた。
屋根の端っこから逆さま状態になり、窓から部屋の中を見ているようだ。
落ちそうになっていのるかと思って、びっくりした……。
というか、屋根には引っかかれるような、突起らしい突起もない。
なのに、何かに繋がれているように身を逆さにして、平然としているルー兄。
――それ、どーなってんの?!
腕? 腕で支えてる?
部屋の中より、ルー兄の体幹と身体能力の方が気になるんですけど!?
まぁ、気を取り直して……と。
レースのカーテンが掛かってはいるけれど、近付けば透けて見える。
地球には中が見えないレースのミラーカーテンもあったけれど、この世界にはなさそうだ。
魔法があるんだから、作ろうと思えば作れそうだけど、今はその話はおいておくとしよう。
どうやら、最初に覗いた部屋に人影はなさそうである。
臭い魔力臭の元は、ここではないのだろうか?
少し移動して、他の部屋や周辺を見回してみる。
――何か、人の気配が殆どない?
ゾルジ家のタウンハウスは、辺りのお邸と比べても中々に大きいお邸だ。
これだけ大きいお邸ならば、使用人やら何やらの人たちが、それなりにいてもおかしくないだろうに。
今のところ、ここから見える人影は、門番らしき人が二人。庭に一人。
どちらもお邸の外だ。お邸の中は静かなものである。
お出かけ中?
いや、それにしたって、静かだ。
今いる西側ではなく、東側に偏っているのだろうか。
まぁ、人がいないならいないで、調べやすいかもしれないけれど。
ちょっと中に入ってみる……?
「――んふぇ!?」
中に入ってみるか否かを迷っていれば、部屋の中にルー兄が見えた。
早い……。
ルー兄、あんた、間違いなくスーパーエージェントだよ。
――てか、鍵どうした!? 開いてた? 開けた?
「《リリアンヌ、こっちだ》」
「はい……」
ナツメさんも中にいた――。
ルー兄とナツメさんの行動力に少々度肝を抜かれながら、私を呼ぶナツメさんの方へと向かう。
ほっかむり姿のナツメさんが、普通に泥棒にしか見えないのはさておき、『みっしょんいっぽしぼぉ~組』としては、躊躇している場合ではないだろう。
このままでは、エーなジェントとしての名折れである。
「(ナツメさん、何かあった?)」
「《コレ! コレだ! コレがとてつもにゃく臭い》」
「(『コレ』……って、人形? ってか……、ん~……?)」
「(リリィ、どうかした?)」
「(何か……、見覚えがある? ……ような? いや、でも……)」
ナツメさんが指差したのは、部屋の隅にある机の上にあったお人形だ。
この世界の女の子に人気そうな、ビスクドールっぽいヤツである。
リリたんがベルツナー家にいた時に、『ロンダン製のお人形』だと言われてもらったものに似ている。
私が持っていたものは、デイジーに盗られ……。
まぁ、『ぬい』ならともかく、こういうお人形は見慣れていないからか、あんまり見分けがつかない。
これが、『デイジーの持っていたもの』であると判断するには……。
「(おやぁ~?)」
「(リリアンヌ?)」
お人形の着ているドレスに、『L・B』という刺繍が入っている。
――うむ。
「(これ、私のだね。デイジーが持っていたから、デイジーのとも言えるけど……)」
「(え?)」
「《そうにゃのか?》」
「(ほら、ここ、私のイニシャルが入ってる。どうりで見覚えがあると思ったよ……)」
見分けがつけにくいと言っても、さすがにイニシャルの刺繍まで一緒のものはないだろう。
デイジーがこの刺繍を見て、『この刺繍、どうにかしてよ!』と騒いでいたしね。
いろいろどうにかしてほしかったのは、リリたんの方だと思うんだけれども、それはさておこう。
これがここにあるということは、ここにデイジーがいるということかもしれないのだ。
「(このお邸のどこかに、デイジーがいるかも)」
「《ふむ……、しかし、臭いの元はこの人形のようにゃのだが……》」
「(う~ん? このお人形に、デイジーの魔力が籠もっているとか?)」
「《う~む……、ずっと持っていたなら、魔力が染みていてもおかしくはにゃい……か……》」
「(とりあえず、他の場所も捜してみよう?)」
「《そうだにゃ、屋敷内を移動したかもしれにゃいからにゃ》」
「(スキル封じの魔道具か何かを使っている可能性もあるしね)」
「《確かに、今、魔道具を使っていれば、臭いが軽減されているかもしれぬ》」
一応、〈MAP〉でお邸の間取りを確認しておく。
今いる部屋や、この部屋の周辺には、隠し部屋なども見当たらない。
という訳で、一度外に出て、今度は東側へと向けて、浮遊していくことにする。
ルー兄たちも、外か屋根上を経由して、東側へと向かうようだ。
こちら側に人が少なかったこともあり、東側に大勢の人たちがいる可能性もある。
〈認識遮断〉の魔法を使っているとはいえ、気を引き締めていくとしよう――。
「(リリアンヌ、その人形、どうする?)」
「(ん? どうするって?)」
「(それ、リリアンヌのなんでしょう? 持って行かないの?)」
「(え、うん。特に思い入れもないし、いらないかな)」
「(そう)」
うん、だって、あんまり『自分のもの』って感じもしないしね。
それに、持って帰ってどうする……って感じだし。
これはこれで、かわいい……、うん、まぁ、かわいいと言えばかわいいけれど、家に飾るなら、自作の土人形か、ぬいがいい。
猫妖精たちが作ってくれた土人形もあるしね。
という訳で……。
お人形さん、おさらばバイバイ、さようなら――。




