◇153・ライナスの迷い/side:ライナス
「父上!」
「何だ、騒々しい声を出して」
現在、謹慎中の息子、サイラスの様子を見に来てみれば、早々に声を張り上げながら呼び掛けてきた。何とも落ち着きのないことである。
「ヒースにベルツナー家を継がせるつもりだというのは本当ですか?」
「ヒースはあくまでも中継ぎだ。それにこの話は、私にもしものことがあった場合に備えてだ。私が健在な内は、私が当主を続ける」
「ですが! 私もイアンも健在です。だと言うのに、わざわざクレイン家の者を後継にするなど、正気を失われましたか!」
「お前もイアンも、デイジーのスキルの影響を受けた。今はその影響は消えたように思われるが、お前はデイジーだけではなく、デイジーの母親によるスキルの影響も受けていると言われたであろう。正気を疑われるのはお前の方だ。そんな者にベルツナー家を任せることはできない。そもそも、お前もイアンも謹慎中であろう。当主である私の決定に口を挟むでない」
「スキルの影響を受けてしまったのは私のせいでは……。それに、かけられたスキルを解除できる者が存在するとも聞きます。その者を見つければ!」
ベルツナー領のことをしばし、妻のシャリアと家令のバリーに任せ、ロンダン帝国に行っていたが、ベルツナー領へと戻ってから数日後のこと。
デイジーによるスキルの影響を受けていた者たちが、正気に戻ったようだという報告が入った。
報告を受けて様子を見に行ってみれば、サイラスの妻であるアンジェリアや、サイラスの息子であるイアン、従者や侍女たちも、『なぜ、あんなことをしてしまったのか』と嘆いていた。
ただ、そんな中で、私の息子であり、リリアンヌの父でもあるサイラスだけは、今までとあまり変わらない……つまり、未だにデイジーのスキルの影響下にあるように見えたのである。
そのことを踏まえて国に報告をすれば、鑑定師を送ってくれるという。
以前にも一度、サイラスやベルツナー家の者たちを鑑定してくれた者であろう。
国から派遣される鑑定師は、鑑定対象者の現在の状態を鑑定できる者である。
我が家が贔屓にしているコーディー・ハーパー鑑定師は、鑑定対象者の所持スキルを知ることができる鑑定師であり、それ以外の鑑定はできない。
しかし、そもそも、〈鑑定魔法〉は上級魔法。鑑定できる内容によっては、特級魔法とされる。上級魔法や特級魔法と言われる〈鑑定魔法〉が使えるだけでも稀な者であるため、〈鑑定魔法〉を使える者自体が極端に少ないのである。
そんな貴重な人材とも言える鑑定師を国から派遣してもらい、サイラスたちの再鑑定を行ってもらった。
その結果……。
サイラス以外の者たちには何の状態異常も認められず、デイジーによるスキルの影響が消失していると確認された。
だがしかし、サイラスだけは、『思考誘導中』という鑑定結果が出たのである。
初めは、デイジーの意志によってサイラス以外の者たちの『思考誘導、思考染色』が解かれたのかとも思われたのだが、サイラスにかけられていた『思考誘導、思考染色』の内、『思考染色』の方は解かれていた。
『思考染色』のスキルだけを解き、『思考誘導』だけを残す意味が分からないことと、『思考誘導中』の状態であるのがサイラスだけであることを考えると、サイラスにかけられていたスキルは、デイジーのものだけではなかったのではないか……という結論に至った。
そうなるとやはり、可能性が最も高いのは、デイジーの母親にスキルをかけられていたということである。
サイラスがデイジーの母親によるスキルの影響を受けていたと考えると、辻褄が合うことも出てくる。
そもそもサイラスは、デイジーの両親であるジュードと、サマンサと言う名の母親がまだ息災であったころから、何度も私たちの目を盗んで、市井にあるジュード家へと足を運んでいたという。
その頃から、少し分別のない行動が目に付くこともあり、そのことに不安を感じたがゆえに、伯爵家を継がせる時期を考え直したほどである。
あの時にもっと、サイラスの様子に気を配っておくべきだったのであろうが、それはもう、今更後悔してもどうにもならぬことである。
しかし、恐らくその頃からサイラスは、サマンサの『思考誘導』のスキルの影響を受けていたのだろう。
そして何より、デイジーの父親とされていたジュードも……。
結果が分かったのはごく最近のことではあるのだが、デイジー移送の前に採取されたデイジーの血液を血液鑑定師が鑑定した結果、デイジーはポート家の血を引いていないということが分かったらしい。
つまり、ポート家の長男であったジュードの娘ではなかったということだ。
デイジーがジュードの娘ではないことは、デイジーの母親であるサマンサは分かっていたはずであるが、デイジーの本当の父親ではなく、ジュードをデイジーの父親としていたことに、どんな意味があったのか……。
そして、デイジーの本当の父親が誰で、その者が現在どこでどうしているのか。
サマンサについて分かっていることも少ない。
サマンサは、マギリアからやって来たのではないかということ。
マギリアの者がデイジーを攫ったことから、サマンサの子であることが関係していたのではないかということ。
マギリアとサマンサの関係については、現在調査中だ。
ロンダン帝国で起こった魔獣騒動の際に捕えたというマギリアの魔塔の者たちにも、サマンサやデイジーについての聴取がされるという。
そちらについては、いずれ報告が来るであろう。
それらのことはともかく、サイラスには未だサマンサによるスキルの影響が残っていると思われる。
スキルは、術者本人の死亡により解けることもあるが、スキルが解けずにその影響を残したままの状態になってしまうことがある。
そして今回、サイラスは後者の状態に陥ってしまった。
術者であるサマンサが死亡しているため、サマンサによるスキルの解除は不可能だ。
そうなると、かけられたスキルを強制的に解除できる効果を持つというアーティファクトを探しだすか、他人にかけられたスキルをも解除できるという、特殊魔法師を探さねばならない。
アーティファクトは数自体が少なく、どんな効果を持つものが、どこにあるかなど分からない……というより、国によって秘匿されていることが殆どだ。
運よくアーティファクトを手に入れられたとしても、効果内容によっては国に渡さなければならないし、国から所持許可が出ても、莫大な金銭が必要となる。
ゆえに、アーティファクトを手に入れるのは、非現実的な方法であると言えよう。
そうなると、サイラスの言うとおり、『特殊魔法師』を探すしかなくなるのだが、その特殊魔法師を探しだすのも、相当な困難を極めるであろう。
そしてそちらも、アーティファクトほどではないにしても、それなりの金銭が必要となる。
結局、どちらも非現実的な方法なのだ。
まぁ、最近、その『特殊魔法師』を見つけてしまった気はするが……。
その『特殊魔法師』とは、言わずもがな、我が愛孫、リリアンヌである――。
ロンダン帝国で、デイジーによるスキルの影響を受けた者たちの状態異常を解除して回っていた我が孫を見た時は、しばし思考が停止してしまったが、そもそも、妖精が見え、妖精と共に行動し、妖精と共に生活していると聞いた時点で、一生分の驚きを感じたようなものなのだ。
そんな愛孫が『特殊魔法師』であったことなど、さほど驚くことでもないような気がした。
むしろ、『さすがリリアンヌ!』と褒め称えてやりたいものである。
それはさておき、今後のベルツナー家のことを考えれば、サイラスにかけられたスキルをリリアンヌに解いてもらう方が良いのだろうとも思うが、リリアンヌはベルツナーに戻りたくないと言うし、私も嫌がるリリアンヌをサイラスに会わせたいとも思わぬ。
サイラスは我が息子であり、サイラスに対して愛情がない訳ではないが……。
そもそもの発端は、貴族でありながら魔法やスキルに対する対策が不十分な状態で、サマンサにスキルをかけられるような状況を作ってしまった、ジュードとサイラスにも落ち度はあったのだろう。
結果、思考誘導され、利用され、挙句にデイジーという邪な者をベルツナー家に入れてしまった。
そして、その最大の被害を受けたのがリリアンヌなのだ。
それらを鑑みた時、どうしたってリリアンヌの意見の方を優先させたい、と思ってしまうのが爺心というものである。
そう考えれば、自身に落ち度らしい落ち度があった訳ではないイアンを後継にすることも考えたのだが……。
デイジーによるスキルの影響が消えた今のイアンは、呆然自失状態になってしまっている。
いずれ、心が健康になるのであれば、再度後継問題を考え直すこともできよう。
だが、それがいつになるやら分からない状態では、『イアンを後継に』とは言えぬと判断した。
そうして悩んだ結果、ベルツナー家は、我が娘シャノンの夫であるヒース・クレインを中継ぎとし、シャノンとヒースの息子であるリース・クレインを、将来のベルツナー伯爵とすることにした。
だが、まだ『リースを将来のベルツナー伯爵に』とまでは明言していない。
リースはまだ二歳だ。
リースが成長する前までに、イアンが後継になる可能性も出てくるかもしれぬ。
それは今しばらくの様子見が必要であろう――。
イアンがリリアンヌにしてしまったこと、特に階段から突き落としたことは、危うくリリアンヌを死なせてしまう可能性があった。
その行為はデイジーによるスキルの影響が原因ではあったが、イアンは自分がしたことを覚えていた。
頭の中では、『どうしてそんなことを……』という思いもありながら、『やってしまえ! 落としてしまえ! デイジーを喜ばせるんだ!』という思いが強くなり、『頭の中がぐちゃぐちゃになっていた』らしい。
自分の思考ではないのに、自分の思考のように感じ、結果、自分の思いとは無関係な行動をしてしまったことは、イアンのせいではなく、イアンもデイジーの被害者であったと言えるだろう。
しかし、デイジーによるスキルの影響が解けたイアンは、ひどく自分を責めた。
リリアンヌがベルツナー家から姿を消したままであることも、その一因なのであろう。
今も呆然としていたかと思えば、頭を抱えて起きたまま魘されるように呻くことがある。
さすがにイアンのことは、リリアンヌにも事情を話し、いつか許してもらえないだろうかと言いたいところではあるのだが……。
しかし、リリアンヌもまだ幼い。
ロンダン帝国で会ったリリアンヌは、とても賢く、しっかりした娘ではあったが、未だ五歳であることに変わりはないのだ。
デイジーのスキルのせいであったとは言え、自分を階段から突き落とした兄を許してやってほしいと言われて、どう思うであろうか……。
せめてイアンには、リリアンヌが無事であることだけは伝えるか否か……。
多くの迷いを抱えながら、文机に向かう。
とりあえず、リリアンヌにはイアンやサイラスのことを詳細に伝えるのは控え、『デイジーのスキルの影響下にあった者たちの状態異常が解けた』という手紙を出しておくするか――。
「にゃ~」
「ん?」




