◆151・皇都にて
「ああ、何て愛らしい!」
私は現在、ふわっふわのストロベリーブロンドを揺らす、お姫様のようなご令嬢の膝の上である。
なぜ、こんな状況になっているのかと言えば……。
なぜ、こんな状況になっているのだろうね?
まずは、少々、記憶の時間を遡ってみるとしよう――。
レイたちと行った、アルトゥス山。(アルトゥス山)
そこで、何やかんやのすったもんだで、金竜様とご対面。(ご対面)
金竜様の膝の上で黒竜様への愚痴を散々聞かされたあの日、金竜様と一緒に魔石発見用のポニワを大量生産することになりました。(なりました)
その後、ルー兄の今後のことを聞いたり、ロイド様たちとBBQ大会をしたりしつつ、レギドールの大公子様であるエミリオ殿下に会いに行くというロイド様たちと共に、皇都・レギンにやって来た。
一緒にやって来たのは、私、レイ、ルー兄、ナツメさんにトラさん、ロックくんに雪丸さん、それからクロとシロ。ロイド様と側近二人、ロイド様の護衛であるロンダン騎士たちに、赤き竜の面々。
アルベルト兄さんやアルトゥ教聖騎士団・第五部隊の副隊長さんなどは、すでにレギンにあるレギドール騎士団にいるようである。
ロイド様たちが大公子様と話し合いをしている間、私とルー兄、そしてもふもふ組は、宿でお留守番……もしくは、レギンの町を探索しようかと思っていた。
しかしロイド様が、大公子様との話し合いの場に、レイや猫妖精たちも参加してほしいと言ったのだ。
まぁ、百聞は一見に如かず。
金竜様や猫妖精の話をするなら、本人……本ねk……本妖精がいた方がいいということだろう。
ロイド様がわざわざ王城宿泊を断り、とある宿屋を一軒丸々貸し切ったのは、レイたちにこのお願いをするためでもあったのだろう。
レイは私と離れるのが嫌だとぶすくれながら渋っていたけれど、渋々ながらも応諾したようだ。
レイと一緒にロイド様に付いていくのは、金竜様の守番でもある雪丸さん。
それからパドラ大陸・レイヴェルの森の管理者でもあるクロだ。
そしてロイド様は、『金竜様の言葉を伝えてくれる客人を連れて行きたい』と、大公子様に連絡をした。
まぁ、そんな連絡をしたのは、妖精が見えるという『三賢人』を国に抱える、ロンダン帝国の皇子様だ。
実際には、『三賢人』様たちは全く関係ないのだけど、ロイド様の連絡を受けた大公子様は、さぞ驚いたことであろう。
そして、『金竜様の言葉を伝えてくれる』=『金竜様の使者(partⅡ)』だと思った大公子様は、さぞ慌てたのだろう。
『金竜様の使者をお迎えせねば!』と、自分の婚約者と共に、私たちが滞在する宿へとやって来た。
やって来てしまったのである――。
ロイド様が大公子様に連絡を送ったあと、私とルー兄、そして人外組は、今後の食材調達も兼ねて、少々街に繰り出すことにした。
猫妖精たちは、今回は全員、人型を取っている。
自力で人の姿になれないトラさんとロックくんは、今回もナツメさんの魔法によって、人型へと変身した。
ロックくんの人型姿は見たことがあるけれど、トラさんの人型姿を見るのは初めてだ。
茶金に薄くメッシュが入ったような髪に、緑の瞳。
私より少し背が高く、少しだけポッチャリとした6~7歳くらいの少年姿である。ほっぺがもちもちピンクで、とってもかわいい。
そんなトラさんが、ロックくんの手を引く。
「ロック、オイラから離れちゃダメにゃんよ?」
「分かったにゃ~」
――嗚呼、微笑まし過ぎて、花ンヌ、泣きそう。
そう、私が求めているのは、こういう平和的光景だよ。
何が悲しくて、悪行三昧な中年男性のぐるぐる巻きやら、《ぽぉぽぉ》言いながら部屋にミッチミチに犇めく謎の生命体やらを見なくてはならんのだ。
まぁ、その光景の九……いや、八割くらいは、私が原因かもしれないけど……。
とにかく、目の前の微笑ましい光景を目に焼き付けながら、私たちは買い物へと出たのである。
街を軽くブラブラし、ちょこちょこと食材を買う。
そして人外組は、お約束の如く、屋台へと走って行った。
まぁ、私も行くけど♪
「にゃ! 今日は『肉』の気分だにゃ。肉にしよう」
「僕もお肉がいいにゃ~!」
「リリィはどうしますか?」
「じゃあ、私も同じので」
「あ、僕はあのガレットがいい」
「俺は、肉とガレットにしようかな」
「オイラもガレットがいいにゃ~!」
「ん……。シロはいっぱい買う」
「あっ、ちょっと、シロ! アナタ、お金持ってないでしょう!」
そんなこんなでドタバタしながら、私たちは肉串やらガレットやらを片手に、宿へと戻った――。
「あら? こちらのお宿は今、貸し切り中ですわよ?」
宿屋の前で、ふわっふわなミントグリーンのドレスを揺らすご令嬢に声をかけられた。たった今、宿屋の前に停められた馬車から出てきたご令嬢である。
「お嬢様! 直接、声をお掛けになられては……」
「あら、この宿に泊まる気であったなら、身分は保証されていると思うわ」
「しかし……」
お嬢様と侍女……と言った風情の二人が話しているのを、私たちはポカンとしながら眺めていた。
それぞれの手に、屋台飯を携えて――。
すると、馬車の奥から声が聞こえた。
「アリーチェ?」
「あら、殿下、ごめんなさい」
「いや、何かあったかい?」
「いえ、こちらの方々が、このお宿に入ろうとしていたものですから、『ここは今、貸し切り中ですわよ』とお伝えしていただけですわ」
「そう」
そんなやり取りをしながら馬車から出てきたのは、見知った人だった。
うん、一方的に。
『アリーチェ』と呼ばれたご令嬢が「殿下」と言った時点で、お察しである。
馬車の奥から出てきたのは、少し前に一方的に見たことのある、エミリオ大公子様であった。
こちらは知っているが、あちらはこちらを知らない。
何と言うべきか……と思っていると、救世主が現れた。
「リリィ嬢、おかえりなさい。中に入らないのですか?」
「ハインリヒさん、あの……」
現れたのは、ロイド様の側近、ハインリヒさんだ。
宿の中から出てきたハインリヒさんは、宿の前で棒立ちする私たちを見て、不思議に思ったのだろう。
とりあえず、ハインリヒさんに、「お客様ですよ」と伝える。
「おや、もうお着きに……」
どうやら、ハインリヒさんは大公子様たちを出迎えるために出てきたのだろう。
私たちは一度、少し下がり、大公子様たちが宿に入ったあとにでも入ることにしよう。そう思った時、ロイド様も出てきた。
「ああ、ロイド殿下、慌ただしく押しかけてしまいまして……」
「いえ」
「しかし、『金竜様の使者』がいらっしゃるのであれば、私共がお迎えせねばと思いまして」
――金竜様の使者……。
聞こえてしまった話の内容を反芻しながら、チラリとレイを見る。
私に抱えられながら、仔猫の大きさに対しては大き過ぎるガレットを抱え、ニッコニコだ。
対比的に、もはや『抱き枕』にしか見えない。
恐らく、このスーパープリティな仔猫さんが、大公子様の言う『金竜様の使者』である。
視線を感じてそちらに目を遣れば、ロイド様もレイを見ていた。
若干、目が泳いでいるのは、レイが抱えるガレットの大きさ故か、それとも、プライベート丸出しでご機嫌なレイの時間を、前触れもなく奪うことになってしまうが故か……。
まぁ、大公子様が来てしまったのは、ロイド様のせいではないだろう。……多分?
「貴方たち! まだいたのですか? 早くお帰りなさいな。ここは今、貴方たちがいるべき場所ではありませんよ」
宿の前からロイド様たちを見ていたからだろうか、先ほどのご令嬢の側にいた、侍女らしき人に注意をされた。ロイド様がこちらを見ていたので、私たちの存在を不快に感じているのでは……と思ったのかもしれない。
「んっ、んん……! その者たちは、私の連れだ」
「……え⁉」
「リリィ、中に入っていなさい」
「あ、は~い」
――真の救世主は、ロイド様であったか。
ロイド様は、私の『心の友』になったり、『救世主』になったり、忙しいやね。
とりあえず、ロイド様の指示に従って、宿の中に入ることにした。
「ロイド殿下? ロイド殿下の『連れ』ということは……」
「ああ、いや、この子は知り合いの孫でして……」
「そうでしたか、ご紹介いただいても?」
「えっと……」
「………………」
ロイド様が、私のことを誤魔化そうとしてくれている気配はバッシンバシンに感じた。
だけどここは、私が助け舟を出す番であろう。
冒険者スタイルなのは、ご容赦いただこう。
「ロイド様、ご挨拶させていただいても良いですか?」
「――っ! あ、ああ。エミリオ殿下、こちらは『リリアンヌ』。お忍びなので、家名はご容赦いただきたい」
そうして私は肉串とレイを一旦雪丸さんに預け、大公子様と、大公子様と一緒にいたご令嬢にご挨拶をした。
大公子様と一緒にいたのは、大公子様の婚約者。
名を『アリーチェ・ビアンケット』という、侯爵家のご令嬢らしい。
そこからは何が起こったのか、私もよく分からない。
いや、分かってはいるけれど、脳が理解を拒否したのかもしれない。
ロイド様が『お忍び』だと言ったことから、私が冒険者な恰好をして、肉串を持っていたのは、そういう『ごっこ遊び』をしていたと思われたらしい。
勘違いをして宿から追い返そうとしたことは、侍女さんと共に謝罪された。
まぁ、こんな格好で高級宿の前にいた私たちも悪かったのだ。
そんな感じで、お互い謝りあったのだけど……。
そこでアリーチェ嬢は、「こんなにかわいいのに、もったいない!」と言いだし、暴走した。
貴方たち、金竜様の使者を迎えに来たのでは?
そうは思ったものの、アリーチェ嬢曰く、「リリアンヌちゃんも、おめかしして金竜様の使者を迎えましょうね!」……だそうで。
しかし、金竜様の使者だと思われているレイはすでにいるし、一緒に行く予定であった霊獣の雪丸さんと、ケット・シー族のクロもいる。
私にかまけている場合ではありませんよ!
そんな思いも虚しく、アリーチェ嬢による、私の着せ替え人形劇が始まった――。
ロイド様が宿屋の一室を『着せ替えルーム』とし、アリーチェ嬢が近くのブティックから持って来させたらしき、子供用ドレスや装飾品の数々が並べられる。
言われるがままに、フリッフリのドレスを着、ヒラッヒラのドレスを着、フワッフワのドレスを着る。
私もいつかは、『リリたんにカワイイ服を着せるんだいっ』とは思っていた。
思ってはいたけれど、ここまでフリッフリでヒラッヒラのドレスを着る予定はなかったなぁ……と。
しかし、「もう少し落ち着いた感じの……」と言った私の意見は、全員に完全スルーされた。
そこからはただひたすら、私の返事は「はい」か「YES」のみである。
レイやルー兄、ロイド様もアリーチェ嬢を止めてはくれなかった。
ナツメさんにトラさん、ロックくんとシロは、別室で屋台の戦利品に夢中だったし、着せ替えルームに残ったクロはノリノリで、雪丸さんも「次はこちらを……」とか言う始末。
クロと雪丸さんも金竜様の使者であることを知った大公子様は驚き、慌てふためいていたが、そんな二人がノリノリでアリーチェ嬢と一緒に私の着せ替えを楽しんでいるので、大公子様も便乗することにしたらしい。
結局、持ち込まれたほとんどのドレスを試着させられ……。
そして、冒頭に戻る――。
私の着せ替えを思う存分に堪能した様子のアリーチェ嬢は、ご満悦のニコニコ顔。
そんなアリーチェ嬢の膝に乗せられ、死魚の目を晒しながら、虚無の心を召喚する私。
一周回って最早、『菩薩顔』をしていることであろう。
――嗚呼、なんて日だ!




