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◆142・お前が深淵を覗く時、深淵もまたお前を見……


 音を辿ってナツメさんの足下に視線を遣れば、地面が数センチほど斜めに浮き上がっていた。どうやら、地面に隠し扉があったらしい。

 スイッチか何かが、ナツメさんの眼前にある板壁のどこかにあったのかもしれない。それをナツメさんが魔法で作動させたのだろう。



「にゃっ!?」

「ん?」



 声を上げたナツメさんを見遣れば、なぜか足元の隠し扉を見ながら、とても驚いた顔をしていた。



 ――何で、そんな表情? 自分で開けたのでは……。



 ナツメさんが何に驚いているのかと思っていれば、隠し扉の方から声が聞こえた。

 


「みんな、こっちにゃの」


 

 十センチほど押し上げられた地面の隙間から、小雪ちゃんとアオくんが見える。

 どうやら、小雪ちゃんは先ほどの穴を通り抜けて、地面下の空間へ先に行っていたらしい。

 


「早く入るにゃにゃ!」

「あ、は~い」

「吾輩の出番……」

「え?」



 アオくんに促されて、隠し通路へ入ろうと動けば、ナツメさんのボソッとした呟きが、やたらと耳に響いて聞こえた……。



 ――え? まさか、この扉開けたの、ナツメさんじゃなかった?



 トボトボと肩を落としながら、隠し通路へと潜り込んでいくナツメさん……。



 ――すっごい、ショゲてる!



 まぁ、キメ顔で『(にゃん)とかしてやろう!』って言ったのに、何もしないまま、勝手に道が開いてしまったからね。しかも、あの納屋に手を翳していたということは、地下通路のことには気付いていなk……ああ、いや、うん、これも気付かなかったことにしておこう。うんうん頷きながら、静かに歩くナツメさんの背を無言でポフポフする。



 ――ナツメさん、私はキメ時にキメられないナツメさんも好きだよ。


 

「にゃ?」



 ナツメさんが私の方を見て、少し不思議そうな顔をしたけれど、何でもないですよ顔をして、前を歩くアオくんと小雪ちゃんを追いかける。



 地面にあった扉の先は、下へと一直線に続いているらしい階段だ。

 さっき見た小さい納屋は、フェイクだったのか……なんて考えながら、そんなに長くない階段を降りきると、五畳ほどの大きさの小部屋に辿り着いた。家具はなく、掘り固めただけの地下貯蔵庫みたいな所である。薄暗い空間の中に、小さな魔法のライトがひとつ浮かんでいる。



 薄ぼんやりとした視界の中で目を凝らせば、アルベルト兄さんと、狭い空間に犇めきあうようにして寝転がっている成人男性が数人見えた。アルベルト兄さん以外の人が寝ているのはなぜかと一瞬だけ思ったけれど、ちょっと得意気な顔を見せているアオくんと小雪ちゃんが並べば、答えは自ずと浮かび上がってくるものである。



 ――『ニャシッ!』ってやったんだな、きっと……。



「リリアンヌ……」

「アルベルト兄さん、怪我はない?」

「ああ、私は何ともないが……」



 そう言ったアルベルト兄さんが、沈痛な面持ちで視線を落とした。

 その視線を追えば、アルベルト兄さんが、すぐ側で寝ている人のお腹を押さえているように見えた。



 魔法のライトを増やし、改めて部屋の中の状況を確認する。

 アルベルト兄さんが、男性のお腹を押さえている姿は、どう見ても止血中……だけど、止まってない?

 慌ててアルベルト兄さんの隣に行き、負傷中の男性に魔法をかける。



「〈クリーン〉〈ハイ・ヒール〉」

「え……」

「アルベルト兄さん、ちょっと、手避けて」

「え? あ……」



 アルベルト兄さんとルー兄が血塗れになってた時も、〈ハイ・ヒール〉で大丈夫だったから、多分、大丈夫だと思うけど……。負傷中の男性のお腹を押さえ続けるアルベルト兄さんの手を動かし、傷の確認をする。



「……うん、傷は閉じてる……ね」

「え……」

「他に怪我してるところは…………」



 見た感じ、顔色以外は大丈夫そうである。

 出血による貧血は魔法じゃ回復できないから、それは仕方ないね。



「この人は、ひとまず大丈夫そ……」



 話しながら、お腹を負傷していた人の隣で横になっている人に視線を遣れば、右腕が無かった。血は止まっているようだけど……。〈ハイ・ヒール〉で、無くなった腕も回復するだろうか? せめて、斬られた腕の部分があれば……と思ったけれど、無さそうだ。とにかく、〈ハイ・ヒール〉を試してみよう。



「まずは〈クリーン〉、そして……〈ハイ・ヒール〉!」



 いつも以上に、丁寧なイメージを思い浮かべながら、魔法を発動する。

 無くなった腕の先に両手を翳せば、緑色の光の粒が寄り集まり、徐々に肌色へと変化していく。

 


「――なっ……」



 何だか、今まで感じたことのない、身体から何かが抜けていくような感覚がする。ふと、『これが魔力消費の感覚?』という考えが頭を過ったけれど、今は〈ハイ・ヒール〉に集中だ。少し時間がかかっているけれど、あと少し……。



「――っし! できた~! ふぃ~…………」



 珍しく本当に汗を拭いながら、一息つく。

 しかし、見た目には腕が元通りになっているように見えるけれど、ちゃんと動くか、ちょっと不安だ。

 生えた腕部分を持ち上げて、少し動かしてみる。手の平をツンツンとしてみれば、指先がピクピクと動いた。



「動いた! 良かった~……」



 ご本人の意識はまだ戻っていないみたいだけど、指先に反応はあったので、大丈夫だろう。とは言え、恐らく、この人も貧血状態だとは思うけど……。



「他の人は……」



 周りで横たわっている人たちも順番に見て回ったけれど、他の人たちに傷はなさそうである。

 アルベルト兄さんの話を聞けば、お腹を負傷していた人と、その人を運んできたであろう人以外は、小雪ちゃんが持っていたポニワの治癒魔法で、傷は塞がっていたらしい。



 お腹を負傷していた人は、ギドさん。ギドさんをここに運んできたであろう人がファビーノさんで、第五の副隊長さんらしい。二人は、アルベルト兄さんたちがここに来る前に、ここに来ていたのだとか。


 

 副隊長さんに怪我はなかったけれど、アルベルト兄さんたちがここに来た時には、副隊長さんは眠っていたという。状況から察するに、ギドさんを運んでいる途中で、敵が発生させたと思われる靄の煙を、少し吸ってしまったのではないかと。



 ん~、もしかして、さっき、敵が言っていた『魔法師から渡された魔道具』が原因だろうか?

 念のために、ここにいる人たちをこっそり鑑定してみれば、副隊長さんには『魔道具の効果により、睡眠中』と表示された。毒などの状態異常ではなさそうで、一安心である。



 ギドさんと、リビオさん。リビオさんは、右腕が無かった人だ。

 二人には貧血状態の表示が出ていたけれど、他の異常はなさそうである。

 他の人にも異常はないようだ。まぁ、何人かは、もふもふな何者かに強制睡眠させられたようだけど、それは問題なかろうて……。

 ひとまずの状態確認をしたあと、全員にクリーン魔法をかけておく。

 衛生、大事。



 その後、アルベルト兄さんに、ここに来る前に見たことを話す。

 放置してきた人たちの周りには、一応、結界も作っておいたけれど、もっとちゃんと、見えないようにしておいた方が良かったかな? まぁ、急いでいたし、仕方ないか。

 


 とりあえず、ここで眠っている人たちは、アオくんと小雪ちゃんに見ていてもらって、アルベルト兄さんには、諸々の確認のために一緒に来てもらお……、お?



 次の行動について話しあっていると、アルベルト兄さんの背後で眠っていた人と目が合った。相手は、魔道具の影響で眠っていたはずの副隊長さんだ。身体は横になったままだけど、静かに目を開けて、こちらをじっと見ている。



「……………………」

「……………………」



 目は合っているが、お互いに無言で見つめ合う時間が過ぎる――。

 ん? 目が合っている? 私、認識遮断魔法をかけてきた……よね?



「…………猫と子供?」

「――っ!?」



 しばらく無言だった副隊長さんが、とうとう漏らした言葉に、アルベルト兄さんが跳ねるように反応し、振り返った。



「副隊長?」

「……おう、アルベルト。俺は……、死んだのか?」

「……いえ、生きてます」

「ここは、どこだ?」

「駐屯地内の隠し地下……ですね」

「だよな? 何でか、猫と子供の幻が見えるんだが……」

「……………………」



 ――うん、幻。私、まぼろし~!

 

 

 焦りながらも、もう一度副隊長さんを鑑定してみる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ◆ヴィンセント・ファビーノ(30)

 

 [種族]人族

 [MP]6,600/6,600

[スキル]真眼


 備考:6/9生まれ・ヘビースモーカー

    レギドール神皇国アルトゥ教聖騎士団第五部隊副隊長


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――真眼! お前か、真眼~!



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