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◇140・夜の惨事と珍妙人形/side:アルベルト


「アオお兄ちゃま! アルベルト! 起きて……にゃの!」

「んにゃ……にゃ……?」

「……ん?」

「起きてにゃの~」

「にゃにゃ? 小雪? どうしたにゃにゃ?」



 もふっとした小さなものに顔を踏まれる感覚と、微かに聞こえた『起きて』という声に目を覚ます。

 目を開ければ、どうやら小雪が私の顔を踏んでいるようだと気が付いた。

 痛くはないが、この状態で身を起こすのは憚られる。



「……小雪、起きたから、顔から降りてくれないだろうか……」

「にゃう……」



 私の顔から足を降ろした小雪を抱えながら身を起こし、辺りを見回す。

 暗い室内に、ひとつの小さな魔法灯の明かりが揺らめいている。

 早朝任務のために早めに就寝したのだが、就寝してからそれほど時間が経っていないと思われる。

 足下に視線をやれば、なぜか酒瓶を持ったクラウディオとピノが転がっていた。

 


 クラウディオとピノは私と同じ班に所属し、共に行動することが多い仲だ。たまに誰かの部屋で酒盛りをして、寝落ちていることもある。班員は全員で五人。残りの班員であるミカルとリビオは、今日の酒盛りに不参加のようだ。



 クラウディオとピノも早朝任務のはずだが……。

 なぜ、わざわざ私が眠っている部屋に入ってきて呑んだんだと、クラウディオとピノに呆れた目を向けたが、これが小雪に起こされた理由ではないだろう。



「アルベルト、外! お部屋のお外にゃの!」

「ん? 部屋の外?」



 小雪の言葉を聞きながら、ベッドを下りて、ドアの方へと向かう。



「――剣戟!?」



 ドアの外から微かに剣戟の音が聞こえた。

 ここは第五部隊の駐屯地内にある騎士寮だ。

 その寮内で、こんな時間に剣戟の音が聞こえるなど、常ならば有り得ぬ事態だ。



「アルベルト、微かだけど、外から血の臭いがするにゃにゃ」

「……ディオ! ピノ! 起きろ!」

「――っ! ……んぁ?」

「あ~? …………アルベルト? 何だよ、俺、眠……」



 クラウディオとピノを叩き起こしつつ、帯剣する。



「……アルベルト?」

「外から剣戟の音がする。近くはないが、寮内で戦闘が起こっているようだ」

「「――っ!」」

「ディオ、ピノ、剣は?」

「部屋……」

「俺も」



 何もないよりはマシだろうと、私の訓練用の剣とナイフを二人に渡す。



「一度外に出て確認する」

「ああ」

「おう」

「アルベルト、血の臭いがするヤツがこっちに向かって来てるにゃにゃ」

「なんっ……」

「ん? アル?」

「どうした? 行かないのか?」

「……いや、誰かがこちらに向かって来ているようだ」



 アオの言うとおり、誰かがこちらに向かって来ている足音が聞こえてきた。

 腰に下げた剣に手を添えながら、ドアの外の音を注意深く拾う。

 部屋の外から聞こえる足音がこの部屋の近くで止まり、ドアを叩く音がした。



「ピノ、いるか!」

「ミカル?」



 ドアの外から聞こえた声は、同じ班のミカルのものだった。

 慌ててドアを開け、ミカルを呼ぶ。



「ミカル、こっちだ」

「――っ! アルベルト、無事だったか! ピノとクラウディオは……」

「ここだ」

「ミカル……、リビオ!?」



 私の部屋に入ってきたミカルは血塗れの誰かを背負っていて、その者の顔を覗き込めば、同じ班のリビオだと気付く。



「右腕を切り落とされて、意識がない。止血はしたけど、ポーションは手持ちになくて。先生の所に行こうと思ったけど、敵が多くてリビオを背負ったまま抜けられそうになかったから、こっちに来たんだ」

「他の奴らは?」

「分からない。敵は確認しただけで十人。もっといるかもしれない。途中でリビオがやられて……」



 ミカルの話を聞きながらリビオをベッドに寝かせ、灯りを増やす。確かに止血はされているが……。



「顔色が悪過ぎる」

「その場で止血できなくて、止血するまでに大分、血が流れてしまったから……」

「ミカル、お前のせいじゃない。むしろ、よくここまでリビオを連れてきた」

「そうだぞ! お前はケガしてないのか?」

「私は大丈夫」

「でも、これからどうする? 応援を呼ぼうにも、どこに行けばいいんだよ。ここ、聖騎士団だぞ? 一体、何がどうなってんだ……」

「見間違いかもしれないけど……」

「ん?」

「襲ってきたのは、第二部隊の奴らかもしれない……」

「は!? 何で……」



 ミカルの話を聞けば、敵は全員、口布を巻いてフードを被り、顔を隠していたけれど、目元に傷跡のある人物を見たそうだ。その人物の傷跡に見覚えがあり、それが聖騎士団、第二部隊に所属している者のように見えたらしい。



 しかもリビオを背負って移動している途中、第五部隊に所属しているポール・バロンケッリが、敵と同じフード姿の人物と話している姿が見えたとも言う。



「ポールが?」

「それって、ポールが敵と通じてるってことじゃ……」

「ポールのことも、第二部隊のことも確かめる必要はあるが、まずは今の状況をどうにかするのが先だ」



 できれば敵を倒し、捕縛したいが、そうする余裕はない。

 他の班の状態も気ななるし、どうにかしたいが、まずはリビオを救けなければ……。



「…………小雪、首に下げてるヤツが少し光ってるにゃにゃ」

「にゃう?」

《ぽぉぉぉ~……》



 アオの言葉が耳に入り、何となくそちらに目を向ければ、アオの言うとおり、小雪が首に下げている人形が薄っすらと淡い緑色の光を発しているように見えた。そして、その淡い緑色の光が小さな光の粒になって拡散し、ミカルとリビオたちに降り注いだ。その光景に驚きつつ皆を見たが、どうやら私以外の人間には見えていない様子だ。



「――!? 何か……、急に痛みが取れて……、ん? 傷が塞がった……? え?」

「え?」



 ミカルの呟きに反応して、皆がミカルの方を見る。

 確かにミカルの顔と手の甲にあった切り傷が、塞がっているいるように見えた。

 


 慌てて、リビオの方にも視線を遣る。

 さすがに切り落とされた腕が元に戻ったりはしていないが、リビオの身体にあった他の切り傷は塞がっているようだった。



「一体、どうなって……」



 この場にいる皆も、突然起こった不思議な現象に言葉を失っている。

 だが、私は思わず小雪の方を見た。



 ミカルたちの傷が塞がったのは、明らかにあの緑の光が原因だ。

 小雪が首に下げている珍妙な人形……、人形か? 顔があるから人形かと思っていたが、よく見れば植物? 野菜? まぁ、とにかく、あの謎のナニカから治癒効果のある光が放出されたと思われる。



 なぜこんな珍妙なものを首に下げているのかとずっと思っていたが、ケット・シー族の特別な魔植物か何かだろうか?



「小雪、その植物、治癒魔法が使えるにゃにゃか?」

「にゃう……? 分からないにゃの」

「傷を塞ぐくらいの軽い治癒はできるみたいにゃにゃ」

「すごいにゃの」

「そうにゃにゃにゃ。俺もリリアンヌにもらうにゃにゃ」



 ――ん? リリアンヌ?



 アオと小雪の会話から、あの珍妙な物体はリリアンヌからもらったものだと分かった。他にも気になることはあるが、今はここでアオたちに話しかけられないし、現状はそこまで変わっていない。



 ミカルとリビオの傷が塞がったのはありがたいが、リビオは意識がないままだ。

 できればあまり動かしたくないが、ずっとこの場にいる訳にもいかないと考えていると、ピノとリビオの前に黄色い光の球が飛んできた。



「文球か?」

「ああ、副隊長かも」



 リビオは意識がないのでそちらの文球の確認はできないが、ピノが確認した文球は予想通り、第五部隊副隊長からのものであった。



『ポール・バロンケッリ班を敵と認識。ミカル班は寮内から脱出せよ』



 副隊長からの指示が少ないのは、私たちが味方かどうかの判断を付けられなかったからだろう。ポール・バロンケッリという裏切者が出たことで、身内に疑いの目を向けなければいけない状況になったのだ。致し方ない。



「やっぱりポールは敵なのかよ! しかも班ごと……」

「見間違いじゃなかったのか……」



 ピノやミカルの呟きには、悲壮の色が滲んでいた。

 クラウディオは言葉も出ないと言った様子だ。



「ポールたちに言いたいことも、疑問もあるが、まずは脱出経路を確保しよう」

「ああ」

「リビオは俺が背負うよ。俺とピノの武器はアルに借りた訓練用の剣とナイフだしな……。アル、戦闘になったら頼むぞ」

「分かった。ピノは魔法での補助を。ミカルはできるだけ体力回復、温存だ」

「「了解」」



 こうして私たちは部屋を出たが、寮内に(もや)が立ち込め始めていた。あの靄が何かは分からないが、きっと吸い込むとまずい類のものだろう。ならばと、靄を避けるために窓から飛び降りて外に出たが、いざ外に出てみれば、先には進めない状況に陥った。



「何だよ、これ……」

「風の……障壁?」



 寮の周りはぐるりと風の壁のようなものに囲まれていた。

 よく見ると、風で舞った木の葉が風の壁付近で切り刻まれている。

 近付けば、私たちも切れ刻まれるということか……。



「特殊な魔道具によるものにゃにゃか? これは俺にも消せないにゃにゃ……」



 どうやら、魔法が得意なケット・シー族のアオでも、この風の障壁はどうにもできないらしい。



「出られない……にゃの……」

《ぽぉぉぉ~……》

「…………小雪、ソレ、また光ってるにゃにゃよ?」

「にゃう?」



 小雪の方を見れば、確かに首から下げたあの珍妙人形がまた薄っすらと光っていた。先ほどは緑の光が粒になって散ったが、今度は白緑の光が小雪を包み込み始めている。そして、小雪が近付いた風の障壁部分に、小雪が通れるほどの穴が開いた。



「小雪! 小雪なら風の壁を通り抜けらるにゃにゃ!」

「にゃう!」

「クロ様やリリアンヌたちに状況を伝えてきてほしいにゃにゃ!」

「分かったにゃの! 任せるにゃの~!」

《ぽぉぉぉ~……》



 またしても、あの珍妙人形の不思議に驚きながら、風の障壁を通り抜けて走り去って行く小雪を見送る。リリアンヌには助けられてばかりだし、妖精たちの助けを借りることには気が引けるが、どの道、前にも後ろにも進めない状況だ。身を隠しながら、小雪の帰りを待つのが賢明か……。



 さて、クラウディオたちに何と説明しようか――。



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