◆135・静かなる決意
あっちにもふもふ、こっちにもふもふ。
もふに囲まれた至福空間を堪能していると、一部の猫妖精たちが円陣を組んでいるのが目に入った。何の猫会議だろうか。
《ぽぉ~~~……》
《ぽぉ~~~……》
《ぱぁ~~~……》
「……………………」
何か聴こえるな……。
若干、ハモりにアレンジを加えているヤツがいた気がしないでもない。
私は、本当に何を生みだしてしまったのだろうか……。
円陣を組んだ猫妖精たちの中央に鎮座するポニワたちを見遣りながら、自分の精神状態との関連性の有無について思考していると、腕に抱いたお子狐様にポフポフと肉球タッチされた。
《キュン、キュキュキュン、キャンキュン!》
私に向かってキュンキュンと鳴くお子狐様。
何かを訴えられている気配がビッシンバッシンと伝わってくる。
だがしかし、お子狐様がかわいいってこと以外、全く分からんですたい。
「えっと……」
「森狐のちっさいの! それはいい考えにゃぶ!」
「ふみゃみゃ! ワイもそれがいいと思うみゃ」
「賛成にゃ~」
「楽しそうにゃん」
「にゃふ、にゃふ!」
「にゃにゃ、にゃにゃ」
《キュキュン! キュキュッキャン!》
どうやらお子狐様と猫妖精たちの間で、何かの意見がまとまったようである。
だがしかし、私には何がまとまったのか、さっぱり分からんですたい。
どうしたもんかと思っていると、雪丸さんが通訳をしてくれた。
「あのリリアンヌが生み出した歌う植物をもっと出してほしいと。それらに歌を仕込み、合唱団を作りたいそうです」
「……え」
――それはつまり、ポニワの量産をしろということで?
少々困惑しつつ、猫妖精たちの方を見遣ると、とてつもなくキラキラとした期待の目を向けられた。もはや、圧を感じる勢いである。
――まぁ、いいか……。
という訳で、お子狐様と猫妖精たちに言われるがままにポニワを出しまくる。
《ぽぉ~~~……》
《ぽぉ~~~……》
《ぷぁ~~~……》
私がポニワを量産していると、猫妖精たちが土魔法で鉢植えを作り始めた。
どうやら、マイポニワハウスを用意しているらしい。
次第に鉢植えを持った猫妖精たちが、列を作って順番待ちをし始めた。
――え? 何この、配給スタイル……。
何だか釈然としないものの、給食当番になった気持ちで、ポニワを作っては鉢植えに……、ポニワを作っては鉢植えに……を繰り返す。
《ぽぉ~~~……》
《ぽぉ~~~……》
《ぽぅ~~~……》
「この植物の声を聴いていると、不思議と活力が湧いてくる気がしますね」
「…………え?」
ポニワ配給の列を眺めながら呟いた雪丸さんの言葉に『?』を飛ばす。
――かつりょく?
渇緑? 滑力? カツリョク?
「リリアンヌの魔力の塊みたいなものだもの。言わば、リリアンヌの小さな分身体とも言えるわね。だから、近くにあるだけで心地好いのよ」
「ああ、なるほど、それで……」
「え………………」
クロの衝撃的な言葉に戦慄を覚える。
――分身体?
これ、マンドラゴラ……じゃなくて、パンドラゴラだよ?
声を聞いてダメージを受けないようにと作ってはいても、元モデルは声を聞いたら死んじゃう植物だよ? それが、私の分身体?
手の中にある、生みだしたばかりのポニワを見遣る。
「ぶん……しん……たい…………」
あまりの衝撃に、しばし呆然としていると、目の前に白い物体が飛んできた。
「うぉっ……」
じぃじと手紙の飛ばし合いをしているので、そろそろこの飛文書の飛んでくる仕様に慣れてもいいはずなのに、どうにも、毎回ビックリしてしてしまう。まぁ、今のはビックリしても仕様がないよね。
みんなはビックリしないんだろうか……。
絶対、声漏れると思うんだけど。
飛んできた手紙に手を伸ばしながら、封筒の裏表を確認する。
じぃじからの手紙かと思えば、字が違う。
宛名は『リリアンヌ』で、差出人名は『R』を意味する一文字。
封蝋にはドラゴンらしきものが象られた紋章。いや、ワイバーンかな?
「もしかして、ロイド様かな?」
中を見ると、やはりロイド様からであった。
デイジーの捜索に関しては、レギドールの騎士団が協力してくれるとのこと。
レギドールの騎士団は、アルベルト兄さんが所属している聖騎士団とは別物だ。
アルトゥ教所属が『アルトゥ教聖騎士団』で、レギドールの王城所属が『レギドール騎士団』らしい。
それはさておき、デイジーの行方を知っている可能性があるデルゴリア枢機卿への尋問許可を取ったのだとか。そのために、ロイド様たちもアルトゥ教教会本部があるリビエスの街にやってくるらしい。
ロイド様たちが来たら、会って話し合いをしよう――。
「デルゴリア……」
私は部外者と言えば部外者だし、何の権限もない。
だけど……。
ルー兄はデルゴリアの近くに行かない方がいい。
絶対防御魔法や認識遮断魔法をかけていったとしても、何が起こるか分からないのだ。死んだと思われているなら、わざわざ近付くリスクを冒す必要もない。
「リリアンヌ」
「――!」
これからのことを考えていると、レイの小さな肉球で眉間をポフッとされた。
「……手紙、クシャッてなっちゃってるよ」
「あ……」
「誰からの手紙?」
「ロイド様だよ」
「何て?」
「デイジーの捜索はレギドール騎士団も協力してくれるって。あと、ロイド様たちがデルゴリアに会いに行くって」
「そう……」
「うん」
「……で、リリアンヌも行くつもり?」
「うん」
ロイド様たちは、デイジーのことを聞きに行くつもりのようだけど、デルゴリアに聞きたいことはたくさんある。強制隷属魔法のこと、孤児たちを監禁していること、何より、あの魔法陣のこと。
あの地下室で見た資料の中にはデルゴリアの名前などはなく、関わりがあったという証拠は今はない。だけど、きっとどこかにあるはずだ。なくても、自白してもらえばいい。
「(自白剤的なものってあるのかな……)」
「リリアンヌ、ボソッと怖いこと言わないで」
「え?」
「ああ、無意識に口から漏れちゃったんだね……」
「……声に出てた?」
「うん、出てた。自白剤のようなポーションはあるけれど、普通には売っていないし、一般人が使うと犯罪扱いになるからね?」
「……そうなんだ」
「まぁ、安易に使っていい類のものではないから」
「そうだよね……」
「リリアンヌ、そういうことは大人にお任せておけばいいんだよ」
「大人に……?」
「君は、人よりいろいろとできてしまうことの方が多い。君がいたから、あの地下の魔法陣は見つけられたし、子供たちも見つけられた。ルーファスたちにかけられた強制隷属魔法も解かれたし、ロンダンでの騒動も被害を抑えられた。だけど、この世界での君は紛うことなく子供だ。君に異世界で成人した記憶があったとしてもね」
「………………」
「リリアンヌ、僕もただ、のほほんと君に付いてきた訳ではないよ」
「それはどういう……」
《キュンキュン!》
「わっ……」
《キュキュッキャン、キュン?》
「え?」
レイに話の続きを聞こうとしたものの、少し離れていたお子狐様が何かを訴えるようにして戻ってきた。ただ……、やっぱり何を言っているのか、分からんですたい。
「リリアンヌが美味しいものをくれるって、ロックから聞いたんだって。私も食べたいってさ」
「……この子、女の子だったんだ」
「え、そこ?」
《キュキャン?》
「ん?」
「…………『ネズミ肉、ある?』だって……」
――ああ、君、思った以上に『狐』だね……。
「えっと……、ネズミ肉はないけど、ウサギ肉なら……」
《キャキャ、キュ~ン♪》
「ウサギ肉も好きだって、喜んでる」
「……うん」
「リリアンヌ! 僕も! 僕も食べたいにゃ~!」
「オイラも~!」
「ん、シロも……」
「あ、ズルいぞ! 吾輩も!」
「ワイも! ワイたちも食べたいみゃ~!」
「ああ、じゃあ、少し早いけど、晩ご飯の準備するよ」
「やったにゃ~!」
「まずは、先に手紙の返事を書くからちょっと待ってて」
ポニワ生産も途中だったけれど、それは食後に続きをやることにした。
騒がしくご飯をねだり始めたもふもふたちを横目に、ロイド様への返事を書く。
レイは大人に任せればいいと言ったし、確かに今の私の身体は子供だ。
だから、姿を見られないようにして付いていくしかない。
それでも私が行くつもりだと、レイも分かっているんだろう。
だから、行く。
デルゴリアを絶対に逃がさない――。