◆134・もふチャージ
アルベルト兄さんと一緒にクラウディオさんを寝かせた簡易小屋へと戻った私は、アオくんと小雪ちゃんからの報告を聞いた。
一度目覚めそうになったらしいクラウディオさんは、小雪ちゃんが「『ニャシッ!』ってやったにゃの!」……だそうだ。
小雪ちゃんの意識刈り猫チョップについては、「速くて凄かったにゃにゃ!」と、アオくんがちょっと興奮気味に話してくれた。
『一仕事終えました』という風情でキラキラしいオーラを放つアオくんと小雪ちゃんを、微笑ましい目で見ていていいのかはちょっと疑問ではあるけれど、まぁ、かわいいから良しである。
その後、アルベルト兄さんは気絶したままのクラウディオさんを抱え、第五部隊の駐屯地に戻っていった。アオくんと小雪ちゃんもアルベルト兄さんの方に付いていき、連絡があれば、また小雪ちゃんが手紙を運んでくれるようである。
アルベルト兄さんを見送り、ルー兄と合流しようと移動し始めたところで、地下の魔法陣を処理していたナツメさんが後ろからやってきた。
そのままポイッとナツメさんの背に乗せられ、ナツメさんの背に揺られていれば、あっという間に目的の簡易小屋に着く。
「あ、リリアンヌ来たにゃ~!」
「リリアンヌ~!」
簡易小屋の入口で、ロックくんとトラさんに出迎えられながら、中へと入った。
傀儡人形部隊の人たちは、まだ気絶したままのようである。
元々、私の姿を見せるつもりはなかったし、このまま眠っていてもらうことにしよう。
「強制隷属魔法、もう解いちゃって大丈夫かな? もっと離れた場所に移動した方がいい?」
「ここも、あの拠点からそれなりに離れた所だし、魔法を解除したことに魔法師が気付いたとしても、どこで解除されたかなんて分からないだろうから、ここでも大丈夫だよ」
「今はリリアンヌの結界もあるしにゃ」
「そっか。じゃあ、解いちゃうね。この人たちへの説明とかはルー兄にお任せしていいんだよね?」
「うん、任せて」
という訳で、傀儡人形部隊の人たちにかけられた強制隷属魔法を解除した。
「よしっ!」
「リリィ、ありがとう」
「他の人たちも早く見つけないとね」
「うん」
「あ、他の人たちも、ここに連れてくる?」
「そうだね、ここを仮拠点にするつもり」
「あ~……」
ここは、『簡易小屋』と呼んではいるものの、『簡易小屋』と呼ぶのもおこがましいほどの、ただの四角い箱である。外は植物が盛り盛りだけど、中は何もない。
私はこのあと、一度ここを離れて、妖精の宿邸に戻る予定なのだ。
なのでその前に、机と椅子、寝転べる場所を造っておこう。
何人来るか分からないので、ベッドはいらないよね……と考えながら、眠っている傀儡人形部隊の人たちに視線を遣った。
「あれ? 女の子……?」
「ああ、うん、二人は女だよ」
髪は長いけれど、一番大きい人以外は、みんな髪が長いのだ。
ちょっとダボついた服だし、ズボン履いてるしで、全然気づかなかったよ……。
あの地下では性別関係なく一緒の部屋で生活していたみたいだけど、壁一枚追加しておこう。
床より少し高い台を広めに作り、毛布を数枚置いておく。
食べ物もあった方がいいよね。
あからさまな地球料理はやめておこう。
何かあったかなとアイテムボックスを漁るも、調理済みのやつは大体、地球産のナニカを使ったものである。
「………………。私ってヤツァ……」
――シチューなら大丈夫かな……。
「何かイイ匂いがするにゃ~!」
「シチューの匂いにゃん」
「にゃ……」
――うわ、見てる。
鍋に入ったシチューをリュックから出すフリをしつつ、アイテムボックスから出した瞬間、三匹の食いしん坊にロックオンされた憐れな寸胴・鍋子。
――ハイエナの目つき、ヤメテ。
「これは、ここにいる人たち用だよ。ナツメさんたちには、別のをあげるから……」
「丁度、何かつまみたいと思っていたのだ」
「何をくれるにゃ~か?」
「オイラ、甘いのがいいにゃん!」
「え? 甘いの?」
とりあえず、トラさんにはクッキーとパウンドケーキを渡す。
ナツメさんとロックくんには、唐揚げ棒とイカ焼きを渡しておこう。
「これ、好きにゃん!」
「お! カラアゲだにゃ!」
「イカ焼きにゃ~! これ美味しいにゃ~!」
――これで鍋子の安全は守られた。……はずである。
「レイも何かいる?」
「ううん、僕はいい」
「ルー兄は?」
「俺は……カラアゲがいいかな……」
「はい」
「ありがとう」
リュックのポッケに入っていた珠青と望湖にも、野菜盛りをあげておく。
猫妖精たちが大人しくもぐもぐタイムをしている隙に、机の上にシチューとパン、食器とカトラリーを置いておいた。
ルー兄は簡単な火魔法や水魔法、クリーン魔法も使えるようになったので、温めやら何やらは任せて大丈夫だろう。何かあった時用に、飛文書用の封筒と筆記用具も渡しておく。
「じゃあ、一度あの邸に戻っておくね」
「うん、気を付けて」
「ルー兄も!」
あの拠点の地下で見たものは私の心を重くさせたけれど、いつも通りな猫妖精たちに少しホッとしつつ、妖精の宿邸へと戻った――。
「――もっふ‼」
妖精の宿邸に入った私は、その目に飛び込んできた光景に目を見開いた。
そこにあったのは、もふの海、もふの山だったのである!
――何ということでしょう!
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……」
「リリアンヌ?」
「――はっ!」
部屋を埋め尽くす勢いの猫妖精軍団に、脳がトリップしていたらしい。
パドラ大陸の猫妖精たちがここに来るとは聞いていたけれど、ここまでとは……。
《キュン!》
「……ん?」
何か、猫の鳴き声ではない声が聞こえた気が……。
まぁ、猫妖精たちも『にゃ~』とは鳴かないけど。
《キュキュン!》
どことなく小型犬っぽい感じの声が聞こえた方に目を遣る。
あ、雪丸さんも獣型に戻ってる……。
「リリアンヌ、おかえりなさい」
「ただいま」
くつろぐ雪丸さんを見ていると、雪丸さんのお腹辺りから、小さなもふもふの塊が飛んできた。
「わっ……」
《キュ~ン!》
私の胸元に飛び込んできたのは、白銀の毛並みを持つ子狐だった。
耳の先、尻尾の先が金色の毛並みで、首元に金の葉のようなものが混じっている。
「こっ、この感じは……」
白っぽい毛並みに、金の葉っぱっぽいものが混じっている生き物は、ティントルの森のお鹿様と同類だと思われる。それ、すなわち、霊獣!
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◆フォレスト・フォックス
森の管理者の庇護下にある狐型霊獣。好奇心旺盛な気質。
森の魔素濃度を一定に保つ役割を持つ。食べちゃダメ。
備考:パドラ大陸・レイヴェルの森に生息
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――あ、こっちも備考欄、増えてる。
鑑定内容に「ああ、やっぱり」と納得しつつ、増えた備考欄に、〈鑑定〉スキルの成長を確かめる。〈言語理解〉スキルも成長してくれていいんだよ……。
いつか、私も霊獣たちとお話しできると信じているからね!
効果があるのかは知らないけれど、心の中でスキルの成長を願っておいた。
それはさておき、今は目の前の『もふ』である。
私の周りをうろつきながら擦り寄ってくる猫妖精、腕の中の子狐、お腹ポッケの……、あれ? いつの間にか、お腹ポッケのレイがいない。
辺りを見回すと、レイがナツメさんと話しているのが見えた。
でっかい猫とちっさい猫の会話風景も目の保養である。
とりあえず私は、この溺れるようなもふを堪能することにしよう――。
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レイとナツメは、リリアンヌがもふに埋もれている姿を目にして、少しホッとしていた。
ルーファスの母親に関する資料を目にしたあとから、しばらくリリアンヌは、話しかければ返事はするが、心ここにあらずといった感じであった。その後は、いつも通りの様子を見せていたようにも思うが、目は沈んだままに見えたのだ。
今しばらく、もふもふに気を取られていてほしいと思う――。
「ナツメ、あの魔法陣……、君たちが少し前にティントルの森で見つけた魔法陣と基礎が似ていたように思うけど」
「にゃ、吾輩もそう思う。あちらは魔獣を贄にして何かを召喚するもののようであったし、不完全品ではあったが……」
「ロンダンにいたマギリアの者もレギドールの者と繋がっていたようだし、出元はこっちだろうね」
「にゃふっ、レイヴェルの森のすぐそばにこんな魔法陣があったというのに、クロたちの目は節穴だにゃ!」
「まぁまぁ、あの魔法陣があった部屋、魔力感知されにくい造りになっていたし、気付けなくても仕方ないと思うよ? 君だって、あれだけ近くにいても部屋に入るまでは、魔法陣があるとは思わなかったでしょ」
「にゃ……、それは、まぁ……」
「何にせよ、金竜様の御膝元で、金竜様を崇めているという者が、随分なことをしてくれたものだよね」
「にゃ! あの魔法陣は、二百年前に使われた忌まわしき魔法陣に通ずるものがあったのだ。捨て置く訳にはいかぬ……」