◇133・王城にて/side:ロイド
レギドールに入り、シュラメンの街でリリアンヌたちと別れたあと、皇都レギンにある王城へとやってきた。赤き竜の面々には、皇都の宿屋で待機してもらっている。
大公閣下と挨拶を交わしたあとは、大公の子息であるエミリオ殿下が対応者となるようだ。
母国のロンダンからも事前に書簡が届いているだろうし、大まかなことは把握しているだろうが、エミリオ殿下に案内された部屋で今回の入国目的を話す。
大きな目的は、アーメイア大陸から連れ去られたとされる特異スキル保持者の捜索。それだけならば、『監視付きで良ければどうぞご勝手に』と言われそうなところではあるが、事の次第はそう単純なものではない。
ロンダンにて起こったことや、捕えた者たちからの情報をまとめると、事の起こりはアーメイア大陸のシフ王国から。
シフ王国のベルツナー伯爵家に現れた五歳の少女・デイジー。
デイジーの父の名はジュード・ポート。
シフ王国のポート子爵家の長男であったが、婚約者がいるにも関わらず無断で家を出、市井の女と一緒になったことでポート家から除籍されている。後に、実父はジュードではない可能性が出てきたようだが、今は置いておこう。
そして、ジュードが一緒になったという女性がサマンサ。
彼女がデイジーの実母だと思われるが、名前以外の詳細は調査中とのこと。
デイジーは、デイジーの両親が流行り病で死去したあと、デイジーの父の友人であったというベルツナー家の次期当主サイラスによって、ベルツナー家に連れて来られたと言う。
デイジーはそこで、スキルを使った洗脳事件を起こす。
ベルツナー家の者たちが、ベルツナー家の正当な息女であるリリアンヌを事ある毎に責め、デイジーを擁護し、挙句の果てにはリリアンヌに危害を加えるまでに至ったのだとか。
その後、伯爵家を留守にしていた当主ライナスが戻り、ベルツナー家の異変に気付いたことで、デイジーの隔離措置が取られた。
当時のデイジーは、自身のスキルを把握していたかどうかは定かではないが、デイジーの意思で、ベルツナー家の人間にリリアンヌへの迫害を誘導していたのは確かなようである。
デイジーが特異スキル保持者であり、そのスキルが極めて危険ということで、デイジーをシフ王国の王都に移送することが決まったようだが、騎士団・魔法師団の者たちと共にデイジーを移送する道中で、謎の集団による襲撃事件が起こる。
デイジーは謎の集団によって略取され、行方が分からなくなったが、その後、ロンダン帝国にて起こった魔獣騒動に関与していることが発覚。
シフ王国の者たちと共に、ロンダンにいるであろうデイジーを追ったものの、またしてもデイジーの行方が途切れることとなる。
そして、最後にデイジーと共に馬車に乗っていたという情報があった男。この男が、レギドール神皇国のアルトゥ教教会に所属する大司祭であったことが判明している。
「我が国の大司祭ですか?」
「ええ。名はマッテオ・マランゴーニ。馬車の中から遺体となって発見されました」
「……遺体? 死亡したのですか?」
「はい。調べによると、毒殺されたようです」
「毒殺……。犯人は分かっているのでしょうか?」
「いいえ。ですが、同じ馬車に乗っていたらしいデイジーの姿がなく、マランゴーニを毒殺した者が連れ去ったと思われます」
「それは理解しましたが、それでなぜ、我が国で捜索を? ロンダンの者が犯人である可能性もあるはずです」
大司祭と言えば、教皇、枢機卿に次ぐ権力者だ。
そんな重鎮が他国で毒殺されたとあっては大問題。
責任をロンダンに追求しようするのは、当然と言えば当然ではあるが……。
「最初にデイジーを拉致したのは、マギリアの者でした。そして、その後、デイジーはマランゴーニの下にいた。捕えたマギリアの者たちから取った証言によれば、デイジー略取の依頼主はレギドール神皇国の枢機卿、ズーク・デルゴリア……だとか」
「――なっ……」
マッテオ・マランゴーニがズーク・デルゴリアの腰巾着のような存在だったことは判っている。マランゴーニが殺されたことで、デイジーがデルゴリアの下に連れ去られた可能性は低くなってしまったが、ゼロではないだろう。
他の可能性としては、デルゴリアに対抗する者。
単にデイジーのスキルが狙いの者ということもあるだろうが、どちらにしても、レギドール内の捜索は必須だ。
更に、問題はデイジーのことだけではない。ロンダン帝国で起こった魔獣騒動に、マッテオ・マランゴーニも関わっていたと思われる。この件についても追及させてもらわねばな。
問題の責任を問われるのは、ロンダン側ではなく、レギドール側だ――。
その後もエミリオ殿下と話し合い、ズーク・デルゴリアに対する尋問許可をもぎ取った。『枢機卿は教会の所属で、管理しているのは教皇だから』と、大分渋られはしたが……。
この件については、あとでリリアンヌにも報せておいた方がいいだろう。
念のためにと、お互い、飛文書の封筒に魔力登録しておいて正解だったな。
彼女たちもデルゴリアとその周辺を調査するつもりだと言っていたし、向こう側にも進展があればいいが……。
「ロイド殿下、特異スキル保持者の捜索には人手が必要でしょう。良ければ、城に所属する騎士たちをお使いください」
「それはありがたい」
枢機卿のことはともかく、デイジーの捜索に関しては協力的なようだ。
まあ、デイジーのスキルを知れば、その危険性は嫌でも分かる。
国を預かる立場の者であれば尚更だろう。
騎士団棟まで案内してくれるというエミリオ殿下と歩いていると、通路脇の庭園側から赤い塊が近付いてくる気配を感じ、そちらに目を遣った。
「まぁ、エミリオ殿下! ごきげんよう」
「…………やあ、ゾルジ嬢。今日も庭園見学かい?」
「ええ。それより、ヒナと呼んでくさいましと何度も申し上げておりますのに。いつになったらそう呼んでくださるのです?」
「君を愛称で呼ぶことはないと言ったはずだけど?」
「……まあ、残念。ところで、そちらの方にご挨拶しても?」
エミリオ殿下に話しかけてきた赤の塊、もとい、赤い髪に赤い瞳、更には赤いドレスの女がこちらに視線を向けてきた。その視線に何とも言えぬものを感じて、思わず紳士らしからぬ言葉が漏れ出そうになったが、何とかぐっと堪える。
「いや、私たちは急いでいるから、もう失礼するよ。殿下、行きましょう」
「えっ……、あっ、お待ちください。私、ウルヒナ・ゾルジと……」
紹介する気はないと示されているにも関わらず、勝手に名乗りを上げ始めた令嬢を横目に、急かすようにその場を離れようとするエミリオ殿下に付いていく。
しばらく無言で足早に歩き、背中に感じるあの令嬢の視線の気配が消えた辺りで、エミリオ殿下の歩みがすこし緩やかになった。
「はぁ……。ロイド殿下、急かすような真似をしてしまいして……」
「いえ、あの場から早く離れたかったのは私も同じですよ」
「そうですか」
「あの令嬢の前で私の名前を出さずにいてくださって、助かりましたよ」
「ええ、少々厄介なご令嬢で。侯爵家の令嬢ということになっているので、度々王城の庭園に『見学』と言って入ってきているのです」
「……侯爵家の令嬢ということになっている?」
「ああ、はい。ゾルジ侯爵家の邸に身を置いていて、『ゾルジ』を名乗ることも許可されているようですが、実際にはゾルジ侯爵の遠縁の娘だそうです」
「なるほど」
確かエミリオ殿下には侯爵家令嬢の婚約者がいたはずだ。
アルベルトに聞いた話では、エミリオ殿下と婚約者の仲は良好。
中には、自家の娘を王子妃にしたいがために反対している者もいるらしいが、概ね二人の仲に好意的……だったか。
先ほどの赤い令嬢はエミリオ殿下に秋波を送っているように見えたが、侯爵家の者でないなら、エミリオ殿下と婚約者の仲に割って入る隙もないだろう。
しかし、先ほどの様子を見るに、身を引くという選択肢を持っていなさそうだな……。
エミリオ殿下に少々の同情を感じながら、騎士団棟への道を歩いた――。
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「ああ、成功しましたね」
目をあけると、くろいかみのおとこのひとが見えた。
……なんだか大きい?
《………………?》
おとこのひとに話しかけようとしたのに、声がでない。
あれ? 体もうごかない?
「幼くても、あの者の性質をそのまま引き継いでいるような貴女には、遠慮する必要がなくて助かりました。ですが、私にも良心というものがありますからね、さすがに……を消滅させるのは忍びないと思いまして。貴方が持ち歩いていた人形は、お気に入りなのでしょう?」
わたしを見ながら話してるみたいだけど、なにをいってるのかわからない。
「まあ、人形のドレスには『L・B』という刺繡が入っていますから、貴女のものではないのでしょうが……」
にんぎょう?
もしかして、あのお人形のこと?
あのお人形は、わたしのよ!
ししゅうだって、わたしの名前のにかえてほしかったのに、まだおねがいできてなかったのよね。はやく、だれかにやってもらわなきゃ!
「持ち主に返してあげるのも一興……ですかねぇ……」




